第159話 共有

 決闘が終わったあと、ジュディは屋敷に運びこまれた。


 外傷はないけど、目を覚ますまで様子を見るらしい。


 ロウヒーも屋敷に招かれた。


 ジュディの付き添いだったけど、久しぶりに再会したこともあって、リーゼがいろいろと話したかったようだ。


 ちょうど日も落ちかけていたので、いっしょに食事をすることになった。


 リーゼは、ディモステニス、サタナ、ファータも誘ったけど、友達だけのほうが今日はいいだろうということで、別の場所で食事をするらしい。


 それなら、俺たちもどうしようかと思っていると、


「アンタたちはいっしょに来なさい。

 今までの旅のこととか、ひとりでしゃべると大変なんだから」


 リーゼにそうお願いされたので、いっしょにいることにした。


 そうして、ちょうど料理が出来上がったころ、ジュディが目を覚ます。


『グレイスウインド』のパーティメンバーと、ジュディとロウヒーを交えた夕食会が始まった。


 ──のだけど、


「何なんですの、あの方は!?」


 食事の席で、おいしそうに肉を頬張るアイーダを指差して、ジュディが叫んだ。


「うるさいやつね……

 食事中は大声を出して食べるってのが、ガブラス家の作法なの?」


「これが黙っていられるものですか!

 わたくしの魔法が全部効かなかったのですよ!

 このガブラス家の次期当主である、このわたくしの魔法が……!

 ありえませんわ!」


「だってよ、チビ竜。

 アンタのこと、ほめてくれているみたい」


「ふっふっふ、どうやらこの街でも、竜神アイーダ様の強さが知られてしまったようなのだ!」


 アイーダはわざとらしく目を閉じて格好つけていた。


 しかし、口の周りにはべっとりと肉汁がついているので、まったく格好よくない。


「りゅう、じん……?

 何を言ってますの、この子は?

 あなたはリザードマンか何かではなくて?」


「トカゲ人間といっしょにするでないのだ!

 我は正真正銘の竜神なのだ!!」


 そう宣言しているアイーダは、やはり口の周りに肉汁がついたままで、竜神としての威厳も何もなかった。


 見かねたマイアが隣からそっとアイーダの口元を拭ってあげていた。


「まぁ信じられないのもわかるけど、正真正銘の竜神らしいわよ。

 あとで本物の姿を見せてもらったら?」


「そ、そんな……おとぎ話の存在がこんなところに……

 しかしそれなら確かに、わたくしの魔法が効かないでしょうけど……」


 ジュディはぶつぶつとつぶやきつつ、アイーダをじっと見ていた。


 そして、首を傾げている。


 アイーダの人の姿は、リーゼよりも幼いからな。


 今だって、キレイにしてもらった口元を、またすぐに肉汁を汚してしまっているし。


 おとぎ話に出てくるような伝説の存在と言われて、戸惑うのも無理はないだろう。


「むぅ……いいでしょう。

 この場では、リーゼさんの言葉がすべて真実だと思うことにしてあげますわ」


「それはどうも」


 リーゼはスティック状にカットされたキュウリをかじってから、ニヤっとした笑みをジュディに向けた。


「じゃあ、決闘はあたしの勝ちってことでいいわね?」


「…………!

 ま、待ってください、リーゼさん……

 決闘はやはり家の者同士が、直接戦うことで成立するものだと思いますわ!」


「なに言ってのよ。

 アンタだって代理に合意してたでしょ。

 それとも、ガブラス家の人間は決闘のように、大事なときにも嘘をつくの?」


「お相手が竜神なら許可しませんでしたわ!!」


 そりゃあそうだ。


 ジュディの言い分はわかる。


 ちょっと強い人間が、竜神に勝てる道理はないからな。


 だけど、決闘の勝敗を覆すのは難しいだろう。


 今回の決闘は、証人もいるからね。


「なんてことをジュディは言っているけど、ロウヒーはどう思う?」


「へ……?」


 急に話を振られて、スープを掬っていたロウヒーの手が止まる。


「メルクーリ家のご令嬢を、見届け人として連れてきたのは、ジュディでしょ。

 まだ言い訳する気?」


「うぅぅ……キィィィィ……!!」


 ジュディは苦虫をかみつぶしたような顔をして呻いていた。


 貴族の誇りを持っているキャラクターなので、何も言い返せないようだった。


「……わかり、ました。

 わたくしの、負けを……

 認めますわ……!」


 ジュディはがっくりと肩を落として、『負け』という言葉を吐き出していた。


 そのジュディを見て、リーゼはいい笑みを浮かべている。


 故郷に帰ってきてからいきなり決闘を申し込まれて、モヤモヤしていたものがすっきりしたのだろう。


「ありがと。

 じゃあ、ここからは決闘とかなしで、聞きたいことあるんだけどいいかしら?」


「聞きたいこと?」


「チャントマーって商人なんだけど、何か知らない?」


 リーゼは、街に戻ってきたときに、俺たちを罠にはめようとしてきた商人のことを尋ねていた。


「あー……あの太鼓腹の商人ですか。

 家に来たこともありますが……特に取引はしていませんわね」


「そう。

 ロウヒーはどう?

 ヤツは、メルクーリと取引してるみたいなことも言ってたけど」


「え、えっと……お父さんが、何個か魔道具を買ったって言ってたような……」


 急に話を振られたロウヒーがおどおどした様子で言葉を絞り出していた。


「ふむふむ。

 そのくらいか」


「リーゼさん、なぜあんな商人のことを?」


「あたしが街に戻ってきたときにちょっとね。

 アンタが昨日来たホテル、あそこでいろいろあって大変だったのよ」


「ほぅ……初めて聞きましたわ

 三貴族に手を出した、ということですわね」


「ええ。

 この街はあたしたちの家が管理しているから、今まであんなのがのし上がってくることはなかった。

 誰かが裏で手を回している可能性があるわ」


「なるほど……そういうことでしたら、わたくしからもお父様たちにお伝えしておきますわ。

 ロウヒーさんもよろしいですね?」


「え……あ、は、はい……!」


 リーゼはチャントマーの件から、イズン全体の調査をしたかったようだ。


「さて、あとは食事を楽しみながら、聞かせてもらうわ。

 イズンで何があったのか」


「リーゼさんも旅の思い出など、聞かせてくださいね」


「た、楽しみ……」


 それから三貴族の娘たちを中心に、歓談が始まったのだった。

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