第158話 ジュディとの勝負

 俺たちが屋敷の外に出ると、塀の前に停まっていた馬車から金髪縦ロールの少女が降りて来た。


「リーゼさぁぁぁんっ!!」


 ジュディが肩で風を切って、こちらに向かってくる。


 お嬢様らしからぬ荒れた振る舞いだ。


 リーゼに決闘をすっぽかされたのが、よほど頭に来ているらしい。


「リーゼさんは、三貴族の誇りをなんだと思っているのですか!?

 あなたが決闘に遅れれば、ペルサキス家の品格が落ちていくのですよ!」


「はあ?

 何が品格よ。

 あたしは決闘に合意したわけでもないんだけど……

 それとも、ガブラス家はそう言って、他家の品格を貶める家なのかしら?」


 おおっと、リーゼもいつも以上に荒れている。


 寝起きなのに家まで乗り込まれたからかな。


「なっ!?

 なっ……なぁぁっ!!?」


 ジュディの顔がフレッシュトマトのようになっていく。


「あら?

 図星を突かれのたがそんなに悔しいの?」


「もう許しません!

 修行に出ていたのに、ちんちくりんのままのくせに!!」


「誰がちんちくりんよっ!!!」


 リーゼまで顔を真っ赤にして怒鳴り返していた。


『ヴレイヴワールド』に『煽り耐性』なんてステータスはないけど、もしもあったらジュディもリーゼもきっとゼロなんだろうな……


「あ、あの……」


 そのとき、ジュディの乗っていた馬車から杖を持った少女が、暗めのおさげ髪を弾ませながら駆け寄ってきた。


「おふたりとも、落ち着いて、ください……」


 ジュディの隣から恐る恐るといった様子で少女が声をかける。


「ジュ、ジュディさん……それに、リーゼさんも……

 屋敷の前で戦うのは、よく、ありません……」


 リーゼがジロリと少女のほうを見て「あっ」と驚きの声をこぼす。


「その声……もしかして、ロウヒー?」


「え……そ、そうです……」


 少女はおどおどした様子でうなずいた。


「久しぶりじゃない!

 髪、染めたのね。

 全然、気づかなかったわ!」


「はい……お久しぶり、です。

 髪は、その……魔法に失敗しちゃって……」


 少女──ロウヒーは、暗い色のおさげをモジモジといじっていた。


 リーゼは視線をジュディへと戻す。


「で、ロウヒーまで連れてきて、何を考えてるのよ」


「ロウヒーさんには、決闘の見届け人になってもらいます。

 三貴族のひとつ、メルクーリ家の次期当主ならば不足はありませんでしょ?」


「わ、わたしは、次期当主ってわけじゃ……」


 ロウヒーが弱々しい声で反論するも、ジュディは聞いていないようだった。


「まったく……ロウヒーも大変ね、この高飛車女に無理やり連れてこられて。

 しかも、やりもしない決闘のために」


「決闘はやってもらいますわ!

 どちらの家が上か、ここではっきりさせますわよ!」


「だから、あたしたちの勝負で家の力関係が変わるわけないって、言っているでしょうが!」


「おーい……」


 リーゼとジュディが再びいがみ合っていると、それまで俺たちといっしょに成り行きを見守っていたアイーダが口を挟んだ。


「我は腹が減ったのだ。

 何もしないようなら、菓子を食べに戻るのだ」


「む……何なんですの、この方は!

 わたくしたち貴族の話し合いに入らないでくださいませ!」


 ジュディがシッシと犬を追い払うように手を動かしている。


「お菓子って……アンタ、家にいる間はずっと食べてるってメイドが……あ、そうだ」


 リーゼは何かを思いついたのか、屋敷に戻ろうとするアイーダの肩を掴んだ。


「待ちなさい。

 アンタ、ここに来てからお菓子を食べてばっかりよね?」


「ん?

 いや、違うのだ。

 ちゃんとご飯も食べているのだ!」


「食べ物の種類の問題じゃないわよ!

 そんなに食べたんだから、その分ちょっとは働いてきなさい」


 リーゼは、もう片方の手でジュディを指差した。


 まさか……


「ねえ、決闘って代理を立ててもいいでしょ?」


「構いませんが……負けたら家の格が落ちるのは変わりませんわよ」


「よし。

 そんなに戦いたいなら、コイツが相手になるわ」


 やっぱり。


「はぁ?」


「決闘、やってやるって言っているのよ!

 さっさと準備しましょう」




 俺たちは、昨日サタナと戦った修練場へと移動した。


 リーゼの代理であるアイーダとジュディの決闘のためだ。


「面倒なのだ!

 我はそんなことせんぞ」


「何よ、お菓子がほしくないの?

 この辺りにしかない特産品とか、まだ出してないのもあるけど、いらないのね」


「やーってやるのだ!」


 相変わらず、アイーダは手の平を返すスピードが速い。


 こうしてアイーダはジュディと決闘をすることになったわけだけど……念のため手加減するように伝えておく。


「アイーダ、絶対に本気を出すなよ。

 デコピンも当てないようにしろ」


「なぬっ?

 それは面倒なのだ……」


 面倒でもやってもらわなければ困る。


 竜神に本気を出されたら、どんな人間でも命にかかわるからな。


 面倒くさそうにしているアイーダをなだめて、決闘に向かわせる。


 対するジュディは張り切っていた。


 リーゼとの直接的な決闘ではないにしろ、家名を賭けての戦いがよほど楽しみだったようだ。


 見届け人はロウヒーが担当する。


「は、はじめー……!」


 昨日と同じように、上空に打ちあがった炎魔法が花火のように音を立てた。


 決闘は、始まった瞬間に終わった。


 うん、ひどいものだった。


『ヴレイヴワールド』でのジュディは、魔法の出力の調整が得意で、また狙った場所に命中させられる能力が非常に高いキャラクターだ。


 その設定は、この世界でも同様なのだろう。


 だからこそ、リュウのような素早い忍者タイプにも簡単に魔法を当てていた。


 だけど、その技術は竜神相手に活かせるレベルではない。


 一応、ジュディの名誉のために言っておくけど、めっちゃ頑張っていた。


『フレア』に始まり、『アース・ブロック』、『アクア・ブロック』、『ブリザード・アロー』……


 おそらく自身の持てる限りの魔法を撃ち続けた。


 相手が『シルバー』の冒険者なら、きっと完勝だっただろう。


 しかし、戦っているの竜神アイーダだった。


「がおー」


 アイーダは両手を上げて、ジュディの元までまっすぐに近づいていった。


 魔法の直撃をもらおうがお構いなしだ。


「な、何なんですのぉ、この方はぁぁっ!?」


 絶叫しながら魔法を撃ち出すジュディ。


 だけどアイーダにレベルの低い魔法が効くわけもなく、接近されたアイーダにデコピンを寸止めされ、その風圧で修練場の壁まで吹き飛んでいった。


 勝敗は決した。


 時間にすると30秒も経ってないはずだ。


 壁に思い切り体を叩きつけていたジュディだったけど、額が赤くして気絶しているくらいで外傷はないとのことだ。


 ルナにすぐ『回復魔法ヒール』をかけてもらったので、すぐに目を覚ますだろう。


 とりあえず、凄惨な事件現場みたいにならなくてよかった。


 アイーダ、手加減がうまくなったな。


「ふふん、華麗に決めてやったのだ!」


 デコピンの素振りをしているアイーダの頭を撫でてやると、猫のように目を細めていた。


「さ、これでおしまいよ。

 ロウヒー、お願い」


「え、あ……はい。

 ペルサキス家の、勝利ですっ!」


 決闘の終わりを報せる魔法の花火が鳴る。


 こうして、一方的な決闘は幕を閉じた。

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