第157話 ファータと忘れていたこと

 俺がリーゼを抱えて修練場から出ると、模擬戦を見ていたマイアたちが駆け寄ってきた。


「やったね、リーゼ!

 すごい魔法だったよ!」


「うむ!

 あの生意気面をぶっ飛ばしてくれて、すっきりしたのだ!!」


「あんな魔法も使えたんスね。

 あの威力なら、お兄様にも効くんじゃないんスか?」


 マイア、アイーダ、ウェルンが、リーゼの健闘を口々にたたえている。


 それに気をよくしたのか、リーゼはフフンと得意げになっていた。


 ルナは少し呆れたような顔だった。


「まったく……無茶をしたわね」


「ああでもしないと勝てないんだから……仕方ないでしょ……」


 言い返してはいたけど、魔力が切れて体に力が入らないからか、リーゼの声は弱々しかった。


 そんなリーゼを心配そうに、けれどどこか嬉しそうに見ている人がいた。


「お母様に一撃入れられるなんて……

 リーゼちゃん、強くなったのね」


「お姉様……」


 ファータはリーゼの額に張りついた髪を整えると微笑んだ。


「旅のお話、途中だったからね。

 体調が回復したら、また聞かせてね」


「はい……」


 リーゼの返事を聞いたあと、ファータは俺に対して「お願いしますね」と頭を下げた。


「もちろんだ」と応えて、俺は屋敷に戻ることにした。


 リーゼを早く寝かせてやらないとな。




 ペルサキス家の屋敷に入ると、メイドさんたちが出迎えてくれた。


 そのままリーゼを受け取ろうとしたけど、リーゼが俺に運べというので、俺が部屋へと連れて行った。


 リーゼの部屋は殺風景だった。


 うん、女の子の部屋について、そんな感想なのはデリカシーがないかもしれないけど、本当にベッドと机しかないので、そうとしか言いようがなかった。


 本や杖など魔法に関するものだけでなく、ぬいぐるみや花などの少女が好きそうなものも置かれていない。


「数年は帰ってなかったからね……」


 リーゼが出かけている間に部屋はキレイにされていたってわけだ。


 ベッドにリーゼを寝かせる。


 おっと、『魔鏡の杖』は受け取っておいたほうがいいな。


「いい。

 持って寝る」


 どうやらリーゼは、サタナに取られそうになったのをまだ気にしているようだった。


 抱きつき枕にしては、細くてゴツゴツしているけど、本人が持っていたいならこのままでいいだろう。


「リーゼちゃん、食べ物と飲み物は運んでもらうから、ゆっくりおやすみなさい」


 ファータのその声に返事をする間もなく、リーゼの目蓋は落ちた。


 すぐに寝息が聞こえてくる。


「リーゼ、よっぽど疲れてたんだね」


「まあ、あれだけの魔法を使えばそうなるわよ」


「ふむ、なかなか強力な魔法だったからな。

 我のうろこでも、焦げておったかもしれないのだ」


「ほえー、竜神の防御を貫通できるってすごいッスね」


 マイア、ルナ、アイーダ、ウェルンが、リーゼを起こさないようにこそこそ話していると、ファータが振り返って、再び頭を下げた。


「皆さん、リーゼちゃんに付き添っていただいてありがとうございます。

 この子が、こんなに安心して眠れるのは、きっと皆さんを信頼している証だと思います」


 それから、ファータは扉のほうを指差した。


「よかったら、隣の部屋で旅の思い出を聞かせていただけませんか?

 私の知らないリーゼちゃんのこと、たくさん教えてください」


 俺たちはファータの部屋でリーゼとの思い出を語ることになった。




 ファータに話すのは、主にルナとマイアだった。


 この中で1番付き合いが長いので当然だろう。


 その間、アイーダはと言うと、メイドさんが用意するお菓子を食べており、ウェルンはファータの部屋に置いてあった古い本を広げていた。


 俺はというと、ルナとマイアと話す合間にちょくちょくとファータから飛んでくる質問に答えていた。


 どんなものかというと、


「リーゼちゃんが殿方にあそこまで懐いているのを初めて見ました。

 何か特別なことをなさったのですか?」


「特には……

 あーでも、会ってすぐに決闘を申し込まれたっけ」


「決闘、ですか?」


「ああ。

 その決闘に勝って……そのあと襲って来た『スクラップベア』に撃退したら、仲良くなっていたな」


 あのときはリーゼの好感度アップイベントだーくらいにしか考えていなかったけど、今思えばあれがリーゼと仲良くなったきっかけだったな。


「あらまあ……では、強いモンスターから守ってもらったミツキさんに、リーゼちゃんは心奪われてしまったわけですね」


「いやいや……

 そのあともリーゼには勝負を挑まれたりしているし、いつも『アンタを超えてやる!』とか『アンタならなんとかできるでしょ』みたいなことばかり言っているし。

 そんなことはないと思うぞ」


 リーゼにとって俺は、いい目標くらいの感覚だろう。


『ヴレイヴワールド』でも、リーゼとゲームの主人公の関係はそうなるようになっていたしな。


「あらあら、そうですか。

 リーゼちゃん、大変な方に勝負を挑んでしまったようですね。

 狙っている方も多いですのに」


「狙っている方……?」


 なんの話だろう。


 俺に勝負を挑むのに狙う奴も何もいないだろうに。


 ちらっと隣に座るルナとマイアを見ると、なぜかしきりにうなずいていた。


 もしかしてふたりには、何か伝わったんだろうか?


 うーん……わからん。


 そのあともファータと話していると、日が傾いてきた。


「まあ、もうこんな時間に。

 食事の用意はさせますから、ゆっくりしていってくださいね」


 俺たちはペルサキス家に泊まった。


 


 リーゼが起きたと連絡を受けたのは、翌日の夕方ごろだった。


 俺たちが部屋に向かうと「おはよ……」と、リーゼはあくびをしながらベッドに座っていた。


 髪は整っていて、服は昨日と違うものを着ているので、メイドさんに身の回りのことはやってもらったのだろう。


「気分はどうだ?」


「まだ眠い……」


「それだけか?」


「それだけ」


「なら、大丈夫そうだな」


 俺がエルフの国でなったように全身が痛むような症状は出てないようで、一安心だ。


「──リーゼ様」


 俺たちが話していると、メイドさんがノックをして部屋に入ってきた。


「なぁに?

 お風呂なら、ひとりで入れるわよ」


「いえ、お客様がお見えになっています」


「客?

 こんなときに……いったい誰?」


「それが……」


 メイドさんが手の平サイズの箱のようなものを差し出した。


 簡素なボイスレコーダーのように見えるそれは、こちらでも声を記憶できる魔道具だ。


 客とやらの声を録音してきたのだろう。


 リーゼは受け取ると、再生ボタンを押した。


 魔道具から吐き出された声は、ガブラス家の令嬢・ジュディのものだった。


『リーゼさん!

 わたくしとの決闘をすっぽかそうだなんて、そうはいきませんわ!

 早く出てきてくださいな!!』


 そういえば、宿から出たときに決闘の約束してたな。


「あー……」


 リーゼも今思い出したようで、天井を見上げた後、魔道具の録音ボタンを押した。


「めんどい。

 帰って」


 返答を入れた魔道具をメイドさんに渡し、「よろしくね」とジュディへの伝言を頼んでいた。




 数分後。


 ジュディからさらに大きな声の録音が届き、リーゼは渋々、対応することにしたのだった。

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