第156話 決着と思惑
『ヘル・デスパイア』。
リーゼがサタナに放ったのは特殊な魔法だった。
その効果は、発動者の魔力をすべて使い、得意な属性を魔法を放つというもの。
レベル8の魔法だけど、この魔法は発動した際の魔法使いの魔力によって、威力が変わる特性がある。
少なすぎるとレベル1の『フレア』などとほぼ同等になってしまう代わりに、魔法使い特化タイプのキャラクターが魔力をすべて使って放つと、レベル8かそれ以上の威力になることもある。
格上のサタナも吹っ飛ばせるほどに。
まあ、その威力の代償として、リーゼの魔力は完全に切れ、フルマラソンを走り切ったような疲労が全身を襲っているだろう。
膝から崩れ落ちそうになるのを、『魔鏡の杖』を地面に立てることで、何とか踏ん張っている状態だ。
俺はそんな彼女に手を差し出した。
「リーゼ、すごかったぞ」
「はぁはぁ……
ふふん……当然でしょ……
あたしを、誰だと思っているのよ……!」
汗だくの笑顔を見せて、リーゼは俺の手を握った。
「それで、お母様は?
さっきの一撃でも、倒せるとは思えないけど……」
「ああ、それならあそこ」
俺は離れた場所に仰向けで倒れているサタナを指差した。
至近距離でリーゼの魔法を受けたサタナは、黒い煙を上げながら放物線を描き、そのまま軽い音を出して落ちていった。
それから起き上がっていない。
隠しボス並みのステータスのサタナが、高威力とはいえ魔法の一撃でやれるわけがないので、たぶん俺たちが来るのを寝ながら待っているのだろう。
何をしてくるかはわからないが、行ってみないことにはわからない。
俺はリーゼの手を引いてサタナが倒れているところまで移動した。
近づいて気づいたんだけど、サタナは腕を組んで、仁王立ちのポーズのまま倒れていた。
余裕の表れか?
だとしても、さっさと起き上ればいいのに。
するとサタナは、こほっ、と黒い煙を口から吐き出してから、話し出した。
「まさか……ここまでやるとは思わなかったよー。
よっと」
どうやら俺たちの到着を待っていたようで、サタナはすぐに体を体を逸らせるようにして起き上がった。
赤い髪や顔も煤けているが、致命的なダメージが入っているようには見えない。
威力がまだ足りなかったか。
「……!」
リーゼが俺の手を強く握ってくる。
わかっている。
まだ戦闘は継続だな。
さて、どうしたものか。
『ヘル・デスパイア』以外にサタナに効く魔法となると、数は絞られてくるが……
すると、サタナは両手を上げた。
「こうさーん!!
わたしの負けー!!」
「………………は?」
「あなたたちの勝ちって言っているの」
「な、なんで……?」
リーゼは杖を向けて警戒しながら尋ねていた。
「最初の場所からわたしを動かしたでしょ?
それでおしまいにしようって、勝負が始まる前から考えてたの。
だから、キミたちの勝ち。
おめでとう!
パチパチパチ。」
「はぁ?」
手を叩くサタナを見て、リーゼはポカーンとしていた。
「予想していたよりもリーゼちゃんたちが強くてびっくりしちゃったよ。
それじゃ、さっさと決着の宣言してもらいましょう。
ディモスぅー」
サタナが呼びかけると、ディモステニスがすごい勢いでこちらに走ってきた。
「きさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
それだけじゃない怒号が聞こえる。
どうしたんだ?
もしかして、サタナを思い切り攻撃したことを怒っているのか?
「リーゼちゃんからはなれろぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
違った。
どうやら、リーゼのほうだったみたいだ。
だけど今のリーゼは、俺が手を放したら倒れてしまうだろうし、
どうすれば……
「やかましいかな」
サタナが右手の人差し指を振るうと、ディモステニスの顔全体をすっぽりと覆う水の塊が現われた。
無詠唱の『アクア・コフィン』を、ディモステニスの顔限定で発動させたらしい。
隠しボスにふさわしい魔力のコントロールだ。
対するディモステニスは、突然息ができなくなったことに驚き、悶えながら顔をどんどんと青くなっていった。
「……そろそろいいかな?」
サタナが『アクア・コフィン』を解除する。
ディモステニスは水の牢獄から解放され、「ぜぇぜぇ……」と肩で息をしていた。
「あなたの役目は公平な審判なの。
わかったかな?」
「だ、だが……どこの馬ともしれんやつが、リーゼちゃんの可愛らしいおててを……!!」
「ディモス?」
「ひっ!」
サタナが人差し指を立てるとディモアステニスから悲鳴が上がる。
「むぅ……仕方あるまい……」
ディモステニスは、コホンと咳払いしてから、俺たちのほうに腕を上げた。
「勝者、ミツキ&リーゼ!!」
その瞬間、パンパンパンと炎の魔法が花火のように打ちあがった。
はぁ……これで俺たちの正式な勝ちだ。
単純な魔法同士のぶつかり合いでは、絶対にサタナには勝てなかっただろう。
サタナの気まぐれから始まった勝負だったけど、これでストーリーも進むはずだ。
「……よかった」
そのとき、握った手からリーゼの力が抜けたのに気づき、俺は慌てて小さな体を引き寄せた。
「おっと、大丈夫か?」
「うん……魔力を出しすぎただけ。
この杖を使ってもこんなにしんどいなんてね……はぁ……」
リーゼはそう言って『魔鏡の杖』を両手でしっかりと握りしめていた。
「ふふふふふ、仲がいいわねー」
ハッとなって顔を上げると、サタナがニヤニヤした笑顔を浮かべていた。
その後ろでディモステニスが植物のツルで縛られて「ウウー!!!」ともがいていた。
リーゼに駆け寄ろうとして、サタナが魔法でしばりつけたみたいだ。
「リーゼちゃん、その杖はカレシ君からもらったのよね?」
「え?
そう、ですけど……」
「やっぱりー。
昔は物にはほとんど執着しなかったのに、どうしてかなーと思ったけど……
本当は取り上げたかったけど、仕方ないわ。
大切にしなさいね」
「……はい」
「それと──」
「?」
「孫の顔はちゃんと見せてね」
「へ…………ちょっ!?
お母様ぁぁっ!?
何か誤解してる!
あたしとミツキはそんな関係じゃあ──」
「じゃあねぇ」
サタナはしばりつけたディモステニスを魔法で浮かせると、屋敷へと戻っていった。
「あうあう……ああ──」
俺にもたれかかっていたリーゼは、口をパクパクさせていた。
「ちがっ、いや、そうじゃなくて……
え、えっと……お母様が言ったのは、早く跡取りがほしいって意味で……
べ、べつにアンタとどうこうなるとか、そういうのじゃないんだからねっ!!!」
なんてことを言って、リーゼは俺から視線を逸らした。
何か混乱しているっぽいな。
とにかく、落ち着かせよう。
「わかっているって。
俺とリーゼは、仲間だからな」
「…………!
………………はぁ。
そうね、アンタはそういうの、気にしない奴よね……」
あれ?
なんか冷めた様子になったぞ。
気に障るようなこと言ったか?
「ま、まあ……装備を取り上げられなくてよかったよ。
とにかく、休もう。
リーゼも疲れているだろ?」
「とっても。
だから、ん……」
リーゼは俺に向けて両腕を伸ばしてきた。
意図を察した俺は「はいはい」と言ってリーゼを抱えた。
いわゆるお姫様抱っこという形で。
「ふふふ、そういえば、前にもこんなことあったわね」
「あー、ヘイムダルにいたときだったか」
確か、リーゼが俺に勝負を仕掛けてきたときのことだな。
懐かしい。
あれから、数か月は経っているんだよな。
いろいろとあったものだ。
「ありがとう」
唐突にリーゼがそんなことを言った。
「お母様に勝てたのは、アンタの作戦のおかげだから。
その……一応ね」
あの頃と比べて、リーゼはかなり素直になったようだ。
親密度が上がってことかな。
「どういたしまして」
そんな返事をしつつ、修練場を離れる。
リーゼとは、これからも仲良くやっていけそうだなと思った。
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