第153話 模擬戦の開始

 食事を終えたあと、俺たちはペルサキス家が管理する魔法の修練場に移動した。


 修練場といっても道場のようなものではなく、屋外にあるテニスコートくらいの大きさの広場だ。


 周囲には魔力を散らす結界が張ってあり、魔法が修練場の外に広がらないようになっている。


 俺とリーゼはその修練場の端から、反対の端にいるサタナと向かい合っていた。


 突発的に迎えたサタナとのバトル……


『ヴレイヴワールド』には、こんなイベントはなかったんだけどな……


「サタナよ、本当にリーゼちゃんと戦うのか?

 そんなに戦いたいなら、あの小僧とだけにしてくれないか?

 アイツなら、どこまで痛めつけてもいいぞ」


 デゥモステニスがサタナにそんな提案をしているのが聞こえてきた。


 俺をだしにしているのは引っかかるけど……模擬戦とはいえ、勝てっこない戦いに愛娘を送り出したくはないという親心からだろう。


「ダメダメー。

 リーゼちゃんと戦うのは決定事項なの!

 娘の成長は肌で感じておきたいからね」


 しかし、サタナは自分の決定を覆すつもりはないらしい。


 紺色のローブを身にまとい、仁王立ちをしている。


 杖を持っていないのは、なくても勝てると思っているからだろう。


「負けない……!」


 対するリーゼは『魔鏡の杖』を両手で抱えて、戦意の滲む目を母親であるサタナに向けていた。


 こちらもやる気満々だ。


 ちなみに、杖のない俺は素手のままだった。


 剣も出さない。


 サタナはスキルで『斬撃無効』と『打撃無効』を持っているからだ。


 どちらも『魔法障壁』を極めた際に発現するスキルで、『ヴレイヴワールド』では上位の魔法使いのキャラクターが持っている。


『衝撃無効』ではないので、アイーダのように強い打撃を浴びせれば、衝撃を貫通させることはできるけど、それも軽減する魔法を使われてしまえば、意味をなさない。


 そもそも今の「ミツキ」のステータスで、アイーダ以上の打撃を放つのは難しいしな。


 なので、サタナと戦ってダメージを与えたいのなら、魔法で攻めるしかない。


 ま、そうしたところで反射の魔法も使ってくるので、よほどうまく立ち回らないとダメージすら入らないのが厄介だ。


 ホント、チートキャラクターだよ。


 設定だけなら、ワズィーヤよりも強く感じる。


 ただ、弱点もある。


 サタナと戦うのは魔法戦になるが、サタナもまた魔法しか使ってこないことだ。


 だからサタナからの魔法の嵐を耐え忍んで反撃するのが、定石の攻略法だな。


 それを、俺とリーゼのみでやるしかないから、無理ゲーになっているけど……


「ミツキー、がんばれー!!」


「そんなチビ、ぶっ飛ばすのだー!!」


 修練場の外側に設置された観客席から、マイアが手を振り、アイーダは拳を突き出している。


 応援してくれているようだ。


 ふたりの横には、ルナとウェルン、そしてリーゼの姉であるファータも座っていた。


「ミツキ」


 俺が手を振って、マイアたちに応えているとリーゼが話しかけてきた。


「お母様のことは知ってる?」


 この場合の「知ってる?」というのは、サタナの戦い方のことだろう。


「魔法がメインなのは知っているよ。

 だけど、正面から魔法をぶつけても勝てないだろうな」


「そうよ、だから隙を作る必要があるわ。

 魔法でかく乱して、最後にあたしの最大の魔法をぶつける!」


 リーゼの魔法ならサタナの魔法による防御を破ることもできるだろう。


 ただ、


「おおむね同意だけど、それだと勝てないな」


 勝つためには、それを何度もやらないといけない。


 賢くないモンスタータイプの相手ならともかく、サタナにその戦法が何度も通じるとは思えない。


「む……じゃあ、どうすればいいのよ?」


「リーゼは魔法を使うな」


「は?」


「サタナの相手は俺ひとりでやる。

 だから、隙ができるまで魔法を使わないようにしてくれ」


「ちょっ、ちょっと待ちなさい。

 いくらアンタでも、お母様の魔法は耐えきれないわよ?」


「さぁ、それはやってみないとわからないぞ」


 勝たなくていいのなら、今の「ミツキ」でも戦う方法はいくらでもある。


「その代わり、リーゼは一発の魔法にすべての魔力を込めるんだ。

 最大の魔法じゃなくて、一撃にすべてを乗せた魔法だぞ。

 そのくらいやらないと、勝てない。

 わかったな?」


「……まったく、アンタは無茶ばかり。

 わかったわ。

 やってあげるから、簡単にやられるんじゃないわよ!」


「もちろんだ」


 そう言って、俺はリーゼの持つ『魔鏡の杖』の杖に触れた。


 この杖とリーゼの成長がかみ合えば、一矢報いるくらいはできるはずだ。


「おーい、そろそろ始めていいかなー?」


 サタナが修練場の真ん中に移動していた。


「じゃあ、行こう」


「ええ!」


 俺とリーゼは、修練場の中央まで歩いていった。


 サタナは俺たちと向き合うと、笑みを浮かべた。


「むふふ、どうやって負けるか、ちゃんと作戦会議できた?」


「いいえ。

 お母様には勝たせてもらいます」


「おー、いいねー、リーゼちゃん!

 その意気だよ。

 がんばってねー!」


 今から戦うというのに、サタナはまるで他人事のようだった。


 その余裕の分だけ、俺たちとの力量差があるってことだ。


「あ、そうそう。

 一応、言っておくけど、この修練場は魔女の遺産のひとつで、どんなにやっても壊れる代物じゃないから。

 収納魔法にしまってるそのヤバそうな剣、使ってもいいからねー」


 俺が持っている剣まで見抜いていたようだ。


 ワズィーヤすら両断した業物だけど、不意打ちであてることもできないかもしれない。


「剣で斬ったりはしないよ。

 魔法で勝負させてもらう」


「ほほう、わたしに魔法勝負を挑むなんて、なかなかの男気だねー。

 さすがはリーゼちゃんのカレシ君だ」


「お母様っ!?」


「──おっほぉん!!!」


 リーゼがサタナに抗議しようとしたとき、ディモステニスが大きな咳払いをして割って入ってきた。


「吾輩は認めておらん!!

 サタナよ、この男だけは燃やし尽くしてくれ」


「ディモスってば私情入りすぎだよ。

 ま、わたしも人のこと言えないけど……」


 サタナの俺たちを見る目が、すっと細まった。


 同時に、吹き飛ばされそうなほどの魔力が、サタナの体から放出された。


「それじゃあ、やろうか!

 わたしが勝ったら、リーゼちゃんの持っているその杖を渡してもらうからね」


「いいでしょう。

 その代わり、あたしが勝ったらお母様にひとつ言うことを聞いてもらいます!!」


「いーよ。

 ディモス、合図よろしくー」


「…………わかった。

 これより、模擬戦を開始する。

 どちらか一方が、戦闘の継続が困難となるか、もしくは負けを宣言した場合に決着となる。

 双方、己の実力を出し切るように。

 では──」


 ディモステニスが上空に向かって『フレア』を打ち出した。


 そして、ある程度上までいくと『フレア』は花火のように弾け飛んで、戦いのゴングを鳴らした。


 ペルサキス家の大魔法使い・サタナ戦が始まった。

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