第151話 ペルサキス家
入口から再び馬車に乗って約5分。
門のところで見た、まやかしの家よりも二回りほど大きい屋敷が見えてきた。
時代を感じるレンガ造りの建物だけど、隅々まで手入れが行き届いているため、古臭い感じはなく、むしろ厳かな雰囲気すらある。
中世ヨーロッパにある教会のような印象だな。
マイアが、「おー……」と感嘆をもらす。
「でっかいおうち……!
リーゼ、本当にお嬢様だったんだね」
「ずっとそう言ってるでしょ」
「てっきり見栄を張っているのかと……」
「そんなわけないでしょ。
説明が面倒だったから、ちゃんと言わなかっただけ。
ヘイルダムで、『人が空を飛んでいる街から来た』なんて言っても信じないでしょ」
「確かにそうかも。
ここと全然違うもんね」
「ええ。
まさか馬車も違うだなんて思わなかったわ。
あんなに酔いやすいものだなんて……
知っていたら、遠出なんてしなかったのに……」
リーゼは窓枠に頬杖を突き、外の屋敷を眺めながらため息をついていた。
「それで、そろそろ教えてくれるかしら?」
ルナがリーゼのほうに体ごと向ける。
「何を?」
「あなたが帰郷を嫌がっていた理由。
ブラギに行くと聞いてから、ずっと渋っていたわよね」
「うっ……」
痛いところを突かれたようで、リーゼは小さく呻いていた。
「それは……別にいいでしょ。
実家に戻るのが億劫になっていただけよ。
ほら!
もうすぐ屋敷に着くんだから、降りる準備しなさい」
話は終わりとばかりにリーゼはそっぽを向いた。
明らかに何かを隠しているのは、明白だったけど、ルナはそれ以上聞かなかった。
いずれ話してくれると思ったんだろう。
やがて、馬車は屋敷の前に停まった。
「皆様、到着しました。
どうぞ」
猫耳のメイドさんが外からドアを開けてくれる。
「行くわよ。
ついてきなさい」
リーゼが1番に馬車を降りた。
俺たちもそのあとに続く。
屋敷へと続く庭を歩いていると、いきなり屋敷の扉が開いた。
「──おおおおおおおおおおおおおっ!
リーゼちゃぁぁぁぁぁん!!!」
かと思うと、黒いマントを羽織った男性がこちらに駆け寄ってきた。
「『フレア』」
リーゼはその男性に迷うことなく、炎の魔法を放った。
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
芝生に手をついて燃え上がる男性。
しかし、すぐに「『アクア・ボール』……!」と水の球体を魔法で出現させると、それを頭からかぶり、鎮火した。
「……落ち着きましたか?」
と、リーゼが珍しく敬語で確認する。
「ふむ……いい火力だった。
どうやら、少しばかり取り乱していたようだな。
久しぶりにリーゼちゃんに会えてうれしくて」
全身から水を滴らせながら、男性は立ち上がった。
切れ長の目と高い鼻、その下に蓄えた髭がダンディなおじ様だ。
とても先ほどリーゼに燃やされた人だとは思えない。
ルナたちも一連の流れにどうしていいのかわからず、声をかけるタイミングを見失ったようだった。
そんな中、リーゼが口を開いた。
「お父様、紹介します。
こちらがあたしの冒険者仲間です」
リーゼの紹介に合わせて、俺たちは会釈した。
しかし、本人は俺たちのことよりも、リーゼの父親は気になることがあったようだ。
「冒険者、だと?」
「そうです。
街を出たあと、あたしは冒険者をやっていました。
若輩の身ですが、『ゴールド』までたどり着いたところです」
リーゼが冒険者のランクを示すプレートを、父親に見せた。
「おおっ、本物だ!
ふふふ、我が子ながら才能はあると思ったが、その年で冒険者の『ゴールド』とは……さすがはリーゼちゃん!!
ハグしてやるぞぉぉぉぉぉ!」
再び飛びついてきそうになった父親を、リーゼは杖で叩いて追い払った。
「そういうのいいですから、早く名乗ってください」
「むぅ、つれないなぁ……反抗期かい?」
「これから一生お父様を無視しますよ」
「オホンッ!!
吾輩は、ペルサキス家の現当主、ディモステニス・ペルサキスである。
愛娘のリーゼを家まで届けてもらい、感謝する!」
リーゼの父親──ディモステニスは、真面目な顔をして名乗っていた。
続いて、ルナたちも自身の名前を、ディモステニスに伝えていく。
ウェルンとアイーダ、エルフや竜神の紹介にも「うむ」とディモステニスはうなずいていた。
最後は俺の番だった。
名乗ろうとしたところ、ディモステニスは手で制した。
「従者の紹介は結構だ」
おや?
ディモステニスは俺のことをリーゼの世話係と思ったようだ。
『ヴレイヴワールド』では、そんな反応しなかったはずなのに。
何か、フラグを立ててしまったのだろうか。
「お父様、彼は『プラチナ』の冒険者ですよ」
「『プラチナ』……?
はっはっは、リーゼちゃん、そんな見え見えのウソはやめなさい。
どこにでもいる平民ではないか」
ディモステニスは信じてくれない。
リーゼが「プレートを見せなさい」と俺に視線で伝えてきた。
「ミツキです。
よろしく」
俺は『プラチナ』のプレートを見せながら、自己紹介した。
ディモステニスは目を剥いた。
「な、なにぃぃぃ!?
こんな覇気のない男が『プラチナ』だと……!?
フ、フン……吾輩の知らない間に、冒険者の格も落ちたものだな」
いやさっき、リーゼの『ゴールド』には喜んでたじゃないか。
「お父様、ミツキはれっきとした『プラチナ』です。
魔族も倒していますし、竜神にも神人にも勝っています。
あたしよりも強いですっ!」
リーゼがむっとした顔を作ると、ディモステニスは怯んだようだった。
「そ、そんな顔しないでおくれよ、リーゼちゃん……
わかった、リーゼちゃんがそこまで言うなら信じよう。
だがしかーし、吾輩は貴様を認めてはおらん!」
「あー、はい」
よくわからないけど、ディモステニスは俺を嫌っているようだ。
なぜだ?
ルナたちへの反応はゲームのままなのに。
わからん。
「──あら、まさかリーゼさんなの?」
ディモステニスと話していると、屋敷のほうから女性がやってきた。
ふわふわした茶色の髪をなびかせながら、やわらかい笑顔を浮かべている。
「まあ、こんなに大きくなって……」
「あ──」
リーゼが何か声を出すよりも先に、女性はリーゼを思い切り抱きしめていた。
「ちょ、ちょっと、苦しいです……」
女性の腕の力が強いのか、リーゼはうまく抜け出せないでいるようだった。
しかし、リーゼも照れているだけで、まんざらでもなさそうだった。
「お母さんかな?」
「たぶん、そうね」
マイアがルナと、女性を見て、こっそりと話していた。
その声が聞こえたようで、女性がこちらを向いた。
「皆さん、リーゼさんの友達なのね?
ここまで連れてきてくれてありがとう。
この子ったら、すごくワガママだったでしょ?」
「「はい、それはとっても」」
「ちょっと!
ふたりで、口をそろえてるんじゃないわよ!」
リーゼがルナとマイアに文句を言っているけど、女性のホールドからまだ抜け出せていないので、子供がすねているようにしか見えなかった。
「私は、ファータ・ペルサキスです。
積もる話もあるでしょうし、お屋敷に入りましょう」
「うむ。
それがよいだろう」
ファータの提案に、ディモステニスがうなずく。
が、
「そこの男!
貴様はダメだ!
外に待機しておれ!!」
えー。
俺に対する風当たりが強くないか?
「もぉ!
その方もリーゼさんのお友達なんですから、いっしょにいいではありませんか」
「ならん!
リーゼちゃんに近づく変な虫は、吾輩が取り除くと決めておるのだ。
それでも来ると言うのなら、吾輩を越えてゆけ!!」
ファータがなだめるも、ディモステニスには効かず。
むむむ、ここまで敵対されるとは予想外だった。
ここで戦闘は発生しないはずなんだけど、戦うしかないのか?
「まったく、リーゼさんのことになると、言うこと聞いてくれないんだから」
ファータはやれやれといった顔をしたあと、俺のほうを見た。
「すみませんが、少しお待ちいただけますか?
母が帰ってくれば、入れると思いますので」
「……え、母?
あなたがお母さんじゃないんですか?」
マイアが首を傾げていた。
「あ、ごめんなさい。
お伝えしていなかったですね。
私は、リーゼさんの姉になります」
「「お姉さん?」」
マイアとルナは、大人の雰囲気たっぷりのファータと、その胸の中でジタバタもがいているリーゼを見比べた。
「「似てない!!」」
「うるさいわね!
わざわざ声を揃えなくてもわかってるわよ!」
「あははは、昔からよく言われるんです。
私はそっくりと思うんですけどねー」
ファータは、リーゼをさらに強く抱きしめていた。
「うーん……このお姉さんのお母さんってことは、やっぱりすごく大人な感じの人なのかな?」
「その可能性はあるわね」
「ウチはリーゼさんをそのまま大きくした姿に一票ッス!」
ルナ、マイア、ウェルンがリーゼの母親を予想していると、暇そうにしていたアイーダが俺の服を引っ張った。
「なぁ、ミツキよ。
我は腹が減ってきたのだ。
何でもいいから、食べさせてほしいのだ」
「……お前、出かけてくるときに飯食っただろう?」
「あんなのじゃ足りないのだ。
我はもっと食べたいのだ!!」
こんなときでも、竜神様は空腹を我慢できないらしい。
仕方ない。
俺はアイーダたちを先に屋敷に入れてもらって、何か食べさせてもらうか……
そんなことを考えているときだった。
「ふぎゃぁぁぁぁぁっ!!」
アイーダが突然その場で絶叫した。
そんなに腹が減ったのかと思ったけど、違った。
アイーダが振り返ったのでそちらを見ると、いつからいたのか、フードを目深に被った小柄な人物が、アイーダのシッポを掴んでいた。
「へぇー、ちゃんと神経通ってるんだ。
すごーい」
のんきな少女のような口調だ。
しかし、それと違ってアイーダは怒り心頭だった。
「何をするのだ!!」
シッポを振って、少女を振りほどくと、アイーダはすかさず拳を振り上げた。
「わぁぁぁぁぁぁ!
アイーダちゃん、ストップ!!!」
マイアが呼びかけるが、アイーダは止まらなかった。
アイーダの拳は、災害級のモンスターすら砕く。
そんなものが当たれば、人の身は粉々だ。
アイーダの拳がフードの少女へと迫り……
カーン!!!
しかし、アイーダの拳は少女に当たる直前で、甲高い音と共に見えない壁に受け止められ、制止を余儀なくされていた。
それでも完全には受け止められなかったようで、拳の衝撃波が周囲に発生し、少女の頭からフードが外れると、中から真っ赤な髪があらわれた。
その顔は──
「え、リーゼそっくり!?」
「でも、ちょっと背は低い気が……」
「もしかして、妹さんッスか?」
マイア、ルナ、ウェルンが驚く中、少女は「あはははっ」と無邪気に笑い出した。
「すごーい、防ぎ切ったつもりだったのに、わたしの防御壁で衝撃を受け止められないなんて!
さすがは、子供でも竜神ね」
「むっ!
我を知っているのか?」
「ううん、知らないわ。
だけど竜神には会ったことあるのよ。
大人の竜神だったら、今の防御壁は通用しなかったかもね」
「フン!
我とて今のは本気ではなかったのだ!
もう一発やってやるのだ!」
アイーダが再び拳を振り上げるが、その前に俺がその腕を掴んだ。
「やめておけ。
今のお前じゃ勝てないよ」
「なっ!?
ミツキよ、我が人の女に負けるというのか!?
しかも、こんなちっちゃいやつに!!」
「お前も同じくらいだろうが……
それに、ちっちゃいやつにしか見えないなら、お前は負けるよ」
「むぅ?」
説得を聞いていた少女が「へー」と面白そうに俺の顔を見てきた。
キャラデザで見たことはあったけど、この人、本当にリーゼそっくりだな。
「……特別なものは視えないけど、なんだかおもしろいものを感じるなー。
屋敷に入って話を聞こうかな。
ディモス、いいわね?」
「いや、待ってくれ。
そいつは、リーゼちゃんにつく悪い虫で……」
「いいわね?」
「は、はい……」
ディモステニスは少女に微笑まれて、顔を青くしてうなずいた。
「それと、リーゼ」
「…………!!」
少女に名前を呼ばれたリーゼは、一瞬で顔を青くさせ、カタカタと震え出した。
「わたしに何か言うことはないかな?」
「た、ただいま戻りました。
ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした……」
リーゼはその場で土下座のような姿勢を取った。
その様子にルナ、マイア、ウェルンは「「「えっ!?」」」と目を見開いていた。
まあ、あのプライドの高いリーゼが思い切り頭を下げているんだから、そうなるよな。
「ふふふ、いーよ。
家出しても大丈夫なくらいにはなってたし、それに……こんな面白い人たちを連れてきてくれたからねー」
少女は持っていた杖を宙に浮かせてそこに腰掛けると、俺たちに向き直った。
「それじゃ、改めましてー!
わたしは、サタナ・ペルサキス。
そこで頭を下げてる、リーゼのお母さんでーす!」
………………
「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」」」
この街に来て、1番の絶叫が轟いた。
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