第150話 リーゼが向かった先

「──は?

 なんであたしが、そんなことしないといけないわけ?」


 決闘を申し込んできたジュディに、リーゼは心底面倒くさそうに返事をしていた。


 騒ぎを聞いてやってきた人たちが、決闘の証人のようにこちらを見ているのに、大した度胸だ。


 その態度はジュディにも効いたらしい。


「なっ!?

 この決闘の重要さがわかっていないんですの?」


「全然、まったく。

 ていうか、家名の誇りをかけるなら当主同士でやればいいじゃない。

 なんで娘が戦わなくちゃいけないの」


「わたくしたちは次期当主ですわ。

 今のうちから力関係をはっきりさせておいたほうが、よいではありませんか」


「当主って……あたしには姉さまがいるんだけど」


「魔法の才能ならリーゼさんのほうが上ですわ!

 だからリーゼさんが当主になるんですの」


「どういう理屈よ、それ……」


「とにかく、決闘はやってもらいますからね!

 明日の午後、決闘場で待っていますわ!!」


 ジュディは一方的に宣言すると、控えていた従者と共に馬車で去っていってしまった。


 困ったお嬢様だ。


 リーゼは「やる」なんて言っていないのに。


 しかし、リーゼが返事をしなくても、周囲にいた人々はジュディの言葉を真に受けたらしい。


「『ガブラス』様と『ベルサキス』様が決闘!?」


「どっちが勝つんだ?」


「実力なら『ガブラス』家のほうが上だと聞いたことあるが……」


「それは今のご当主様だろう。

 ご息女様の実力は……」


「いや、ご息女様も『ガブラス』家が優秀だと噂されていた記憶が……」


 などなど。


 この街どころか、この国で絶対的な権力を持つ家が、激突するなんて話をしていたのだから、話題にならないのがおかしい。


 リーゼはどう思っているんだ?


 彼女の様子をうかがってみると、面倒くさそうに「はぁ……」とため息をついていた。


「面倒なやつ……子供の喧嘩じゃないってのに」


 とぼとぼと宿の中に戻っていこうとしている。


 その背中にルナが問いかけた。


「リーゼ、いいの?」


 言外に「訂正するなら今のうちよ?」と言っていた。


「文句を言いに行っても、アイツは決闘を取り消したりしないわよ。

 昔からそうなの。

 こっちの都合なんてお構いなしで、決闘決闘って……!

 ……とりあえず、シャワーを浴びてご飯にしましょう。

 そのあと、アンタたちに付き合ってほしい場所があるから。

 ホント、なんであたしがあのクルクルパーマに振り回されなきゃいけないのよ……」


 リーゼは足取りも重く、宿に引っ込んでしまった。


「リーゼ、なんだか元気なかったね。

 いつもなら『ムキー! 何よ、アイツ。絶対にぶっとばしてやるわ!!』くらい言うのに」


 マイアのモノマネは意外と似ていた。


 それはさておき、リーゼのあの反応は確かに気になる。


 ゲームでも、先ほどの決闘の話は出るのだけど、そのときはマイアがマネしたとおりの反応をして、リーゼがジュディに突っかかっていく。


 決闘を渋るような反応はしなかったはず……


 俺の知らない展開になりそうな予感がするな。


「地元だから何かあるのかもしれないわ。

 どこかに案内してくれるみたいだし、私たちも用意しておきましょう。

 あの子の話は、そのあとに聞けばいいわ」


 ルナの言葉に、全員がうなずいた。




 黒焦げになったリュウは、魔法で治療したあと、引き続き警備を任せることになった。


 俺は休ませるつもりだったけど、本人がやりたいとのことなので、やらせておいた。


 俺たちは、シャワーと食事である。


 この宿のシャワーは、水の出る魔道具を使ったものだ。


 元いた世界のようにお湯も出てくるので、快適に使用することができた。


 食事は、キッチンにある食材を使うことにした。


 宿に誘われたとき、チャントマーが料金は無料でいいと言っていたからな。


 遠慮なく使わせてもらおう。


 しかし、料理人がいない。


 治安部隊に全員連れていかれてしまったようだ。


 自分たちで作るしかないが、俺は大したものを作れない。


 肉もあるし、バーベキューにでもしようかと思ったら、ウェルンが手を上げた。


「ウチが作るッスよ!」


「料理、できたんだっけ?」


「お城にいるときに習ったッス。

 お兄様が戦いしかできないんで、それ以外のことはひと通り教え込まれたんスよ」


 なるほど。


『ヴレイヴワールド』では、ウェルンの料理スキルを見る場面はないけど、この世界ではそういうことになっているらしい。


「あ、それならボクも手伝うよ!」


「私もやろうかしら」


「仕方ないわね」


 マイア、ルナ、リーゼもウェルンを手伝ってくれるらしい。


 パーティの女性陣は料理が好きなのかもしれない。


「我は待っているのだ!」


 食べるのが好きな竜神娘は、フォークとナイフを手に持って、すでに着席していた。


 あれだけ騒がしくしても起きなかったのに、料理の話をしていたら起きてくるんだから筋金入りだ。


 しばらくして、料理ができあがった。


 エルフの王城で出てきたものだったけど、味はあのときよりもおいしかった。


「ウチの愛情がこもってるからッスよ!」


 なんてウェルンがからかうように言ったので、


「ああ、そうかもしれないな。

 うまいぞ」


 素直にそう返したら、「そ、そうッスか……」と顔を赤くしてもじもじしていた。


 照れるなら、なぜ言った。


 ちなみに、その食事の中には焦げている料理もあった。


「何よ。

 文句があるなら、食べなきゃいいでしょ」


「俺はまだ何も言ってないんだけど」


 リーゼがじっとこっちを見ていたので、それも食べた。


「少し焦げてるっぽいけど、悪くないぞ」

 がんばったな」


「……!!

 うっさい!」


 背中を思い切り叩かれた。


 ちょっとせき込む。


 うーん……行動パターンは把握していたはずなんだけど……女の子の心理はよくわからん。

 

 料理は、リュウの分もちゃんと用意されていた。


 だけど、彼は特別な訓練を受けているためか、食卓には着かず、皿から料理を取ってすぐに姿を消した。


 それを見たマイアが言った。


「お兄ちゃんは、マスクをつけたままご飯を食べられるんだよ」


「へー」


 一体どうやるんだろう。


 今度見せてもらおう。


 そんなふうにしていると食事が終わり、俺たちは準備をして宿を出発することにした。




 宿の近くから馬のいない馬車に乗り込み、リーゼが案内する場所へ。


 馬車が向かったのは、街の北側にある巨大な門を構えた一軒の豪華そうな家の前だった。


 このデザインは確か……


「ここでいいわ」


 リーゼにつられて、俺たちも馬車を降りる。


 門の前に立ったとき、アイーダが首を傾げた。


「この門より先、結界がかかっているな」


「へー、さすがは竜神ね」


 リーゼは答えながら、門に近づいた。


「リーゼ・ペルサキスよ。

 開けなさい」


 リーゼが声をかけると、門が左右に開いた。


 その動きに合わせて、なんと、門の先に見えていた豪邸もダンボールのように折れ曲がり、左右に分かれた。


「ええっ!?

 家が真っ二つになってるよ!」


「魔法ッスか、これ!?」


 マイアとウェルンが驚いている間にも、開いた門からは視界を奪う白い煙が道まであふれてきた。


 煙はすぐに晴れた。


 けど、目の前に広がっていたのは、先ほどの門と豪邸ではなく、真っ青な芝生と、それを割るように、まっすぐと奥へと伸びる白い石畳の道だった。


 その光景を見て、ルナ、マイア、ウェルンは口をぽかーんと開けている。


「さっきとまるで違う風景が……

 魔法で隠していたの……?

 でも、広さがおかしいわ。

 こんな道が伸びるほどの空間はなかったはずよ」


「次元の魔法って言うらしいわ。

 それで空間を拡張して、距離を誤魔化しているのよ」


 ルナにリーゼが答える。


 しかし、マイアには答えになっていなかったのか、頭に疑問符を浮かべていた。


「じ、じげん……?」


「空間を作り出す魔法のことよ。

 あたしも詳しいことは知らないから、知っている人に聞いたら?」


 リーゼはこっちに視線を投げてきた。


 え、俺?


「アンタの『収納魔法』も原理は同じでしょ」


『収納魔法』……あ、『アイテム欄』のことか!


 確かに『アイテム欄』もほぼ無限にアイテムをしまえるから、同じと言えば同じか。


 俺は「そういう設定」としか考えてないから、原理なんて知らないけどな。


「しかし、人がこれほどの魔法を使っているとは、驚きなのだ」


 アイーダは、周囲を珍しそうに眺めていた。


「これは『ペルサキス家』が『魔女』からもらったものだからね。

 魔王を倒した英雄のひとりを『人』と同列にするのは違うんじゃないかしら?」


「それは間違いないッスね……」


 英雄を兄に持つウェルンは、リーゼの言葉にうなずいていた。


 そのとき、白い石畳の上を、街中にあるものと同じ、馬の引かない馬車が走ってきた。


 馬車は俺たちの前に停まり、中からは猫の耳とシッポを生やした女性が、メイド服姿であらわれる。


「獣人のメイドさん!?」


 マイアが驚く中、メイドはこちらに向かって深々と頭を下げた。


「リーゼ様、おかえりなさいませ」


「ただいま。

 突然で悪いけど、この子たちもまとめて案内してくれる?」


「かしこまりました」


 猫耳メイドが脇に移動したのを見て、リーゼは馬車に乗り込んだ。


「ほら、アンタたちも乗りなさい。

 もう少しだけかかるんだから」


「えっとリーゼ……どこに行くつもりなの?」


「どこって、本邸よ。

 もうここ敷地内だから」


 そう言って、リーゼは俺たちに向かって手を伸ばした。


「ペルサキス家へようこそ。

 歓迎するわよ」


 


 

 


 


 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る