第149話 突然の来客

 リーゼがイズン三貴族のひとつ、ペルサキス家の娘だと知ったチャントマーは、一瞬で顔面蒼白になった。


 それでも、リーゼの言葉を完全に信じたわけではなかったようだ。


「で、でたらめを言うなっ!

 貴様のような小娘が『ペルサキス』様のご息女などと……」


「ま、知らないのも無理ないわ。

 数年この街を離れていたからね。

 それに、あたしだってびっくりしたのよ。

 その間にアンタみたいなゴロツキまがいの商人が、幅を利かせているなんて」


「なんだとぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?

 もう許さんぞ!

 おい、お前ら!

 コイツをさっさと捕まえろ!」


 チャントマーがリーゼを指差して命令すると、治安部隊が動き出した。


 しかし、向かった先はチャントマーのところだった。


「ど、どうした、貴様ら……」


「ペルサキス様の命令により、拘束させてもらう」


「な、なにぃぃぃっ!?」


 チャントマーは治安部隊のメンバーに両脇を固められ、連れていかれた。


「私を誰だと思っている!

 イズンで1番の商人になる男だぞ!!

 こんなことして、タダで済むと思うなよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」


 最後まで見事な小物のセリフを吐いて、去っていった。


 ちなみに床で寝ていた傭兵たちも、治安部隊のメンバーによって連れていかれた。


 この後は、料理人なども捕まるはずだろう。


「では、私もこれで」


「ご苦労様。

 家にはあたしから伝えておくから連絡しなくていいわ」


「承知しました」


 治安部隊の隊長はリーゼに深々と頭を下げて、部屋から出ていった。


「さぁ、これで邪魔者はいなくなったわ。

 朝までゆっくり寝ましょう」


「あ、うん……──って、ちょっと待ったー!」


 ベッドに向かうリーゼの肩をマイアが掴む。


「リーゼ、この国の出身だったの!?」


「そうよ。

 貴族だって言ったでしょ?」


「言ってたけど、ヘイムダル王国の貴族だと思ってたよ」


「あ、そう。

 ふわぁぁぁぁ……ごめん、本当に眠いからまた明日話すわ……」


 リーゼが盛大なあくびをしたので、マイアは手を放した。


 するとそのまま近くのベッドに倒れ込んでしまった。


 ソックスを脱いだ後、スカートまで脱ごうとして、リーゼの動きが止まる。


 どうやら力尽きて眠ってしまったようだ。


「もぉ!

 ここで暮らしてなら、来るときに教えてくれてもよかったのに」


「マイアだって、地元を教えてくれなかったじゃない。

 おあいこよ」


 頬を膨らませているマイアに、ルナが呆れたように伝えた。


「まぁまぁ……

 何にしても、捕まらなくてよかったッス。

 国を出て早々にウチの冒険が終わるところだったッスよ」


 ウェルンも胸を撫で下ろしていた。


「ふわぁぁぁぁ……」


 チャントマーが無事に捕まって安心したのか、みんなで一斉にあくびをしてしまった。


静乱草せいらんそう』の丸薬を飲んだとはいえ、あれは苦みで覚醒を促すだけで、眠気が完全に抜けるわけじゃない。


「話し合いは明日にするぞ。

 眠り薬もそうだけど、旅の疲れもあるから、今日はしっかり休もう」


 俺がそう提案すると「賛成!」と返事が来た。


「あ、お兄ちゃんは部屋の外で警護ね。

 宿屋の人は治安部隊の人たちが連れていったはずだけど、まだ隠れているかもしれないし」


「寝ずの番だな。

 それくらいはさせてもらう」


 リュウは床に落ちていた黒頭巾を被り直すと、素早い動きで部屋を出ていった。


 言われた通りに警備をしてくれるらしい。


「念のため、カギをかけてっと……

 これでゆっくり眠れるよ」


「いいの?

 お兄さんに番をさせても」


「いいのいいの。

 騙されてたっていっても、ボクたちと敵対したんだから、あのくらいさせないと」


 ルナの質問にもマイアはぷりぷりした様子で答えていた。


 リュウは設定上『忍びの里』の暗殺者というだけあって、一晩起きていても大丈夫な鍛え方はしている。


 とはいえ、それは徹夜を我慢できるというだけであって、きついのには変わりない。

 

 朝になったら、ちゃんとねぎらってやろう。


「それじゃ、俺は寝るよ。

 おやすみー」


 俺は就寝の挨拶をして、早々にベッドに倒れ込んだ。


 意識はすぐになくなった。




 ドッガァァァァァァン!!


「なにぃぃっ!?」


 宿屋全体を揺るがす音が轟き、俺は飛び起きた。


 部屋には朝日が差し込んでいる。


 すっかり熟睡していたようだ。

 

 そんなことより、さっきの爆音はいったい──


「ミツキ、今のは……?」


 ルナ、リーゼ、マイア、ウェルンも音で起きたらしい。


 アイーダは……鼻提灯を作っている。


 今の音で目を覚まさないとは……さすが竜神の胆力だな。


 ……いや、アイーダが鈍感なだけかも知れない。


 寝かせておいてもやられはしないので、俺たちだけで宿屋の入り口に急いだ。


 入り口の扉を開けると、宿に対して半円状に人垣ができており、その視線の先には、黒焦げになったリュウが倒れていた。


「お兄ちゃん!?」


 マイアがびっくりして駆け寄る。


 リュウは黒焦げになって目を回していたけど、目立った外傷はなさそうだ。


 攻撃魔法の威力を、気絶するレベルまで絞ったのだろう。


 さらに素早いリュウにそれを直撃させるのだから、大したコントロールだ。


 その芸当をやってのけた少女は、人垣の前にいた。


「──あらまあ、出てきてくださったのなら探す手間が」


 金色の髪を縦ロールにし、青い瞳は宝石のような輝きを見せている。


 均整の取れた体には、ゴージャスなドレスのような衣服を身にまとい、歩くたびに特別な効果音が鳴るかのような、独特な威圧感があった。


 そんな少女の顔を見た途端「げっ……」とリーゼが、面倒臭さの混じったうめき声を上げる。


 少女はその声でリーゼの存在に気づいたらしい。


「あら?

 おやおや、まあまあ……本当にいらっしゃいましたわ!

 検問からの報告に、まさかとは思いましたが……

 こんなところに隠れていましたのね、リーゼさん!」


 少女に名前を呼ばれた瞬間、リーゼの肩がビクッと震えた。


 仕方ないと言った様子で視線を合わせるリーゼ。


 しかし、どちらとも声を出さない。


 数秒ほどだったけど、次に口を開いたのは、リーゼでも少女でもなく、マイアだった。


「ちょっと、キミは誰?

 お兄ちゃんはキミがやったの?」


 少女の青い瞳がマイアに向く。


「あら、その方はあなたのお兄様でしたか。

 失礼しました。

 ですがご安心を。

 大した魔法は使っておりませんから。

 それよりも……」


 少女の視線が再びリーゼに戻る。


「わたくしのこと、お仲間の方々には話していませんの?」


「アンタのことなんて、話しても何の得もないじゃない……」


「ひどいですわ。

 わたくしたち、親友ですのに」


「誰が親友よ!」


 口元を扇子で隠して「およよ……」と泣きマネをしている少女に、リーゼが歯をむき出しにして怒鳴っていた。


 そんなふたりにルナが声をかける。


「それでリーゼ、こちらの方は?」


「あー、コイツは……」


「いいですわ。

 リーゼさんは意地悪ですから、わたくしの口から名乗らせていただきます」


 少女はスカートの端を掴むと、華麗にお辞儀をした。


「わたくしは、ジュディ・ガブラス。

 イズン三貴族の中で最も高貴な家である、ガブラス家の次期当主ですわ」


「……三貴族!?

 この人もリーゼと同じ……!」


 マイアの反応が嬉しかったのか、少女──ジュディはにっこりと微笑んだ。


「そのとおりですわ。

 今日はリーゼさんにお願いがあってきましたの」


 ジュディは顔を上げると、リーゼをまっすぐ見つめて宣言した。


「わたくし──ジュディ・ガブラスは、お家の名誉をかけて、リーゼ・ペルサキスに決闘を申し込みます!!

 ちゃんと受けてくださいね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る