第148話 イズン三貴族

 チャントマーは、床に転がりながら大きないびきをかいていた。


 リュウが大声で俺たちに謝っていたけど、その声でも起きなかったようだ。


 仕方ない。


 頬を叩いて目を覚まさせる。


 すると、俺たちに囲まれていることに驚いたのか、「うわぁぁぁぁっ!」と叫んだ。


「な、なぜ貴様らが……!?

 捕えたのではなかったのか……!?」


 おや?


 どうやら俺に捕まったことが頭から吹っ飛んでいるようだ。


 悪いことはすぐに忘れるタイプだったか。


 それはさておき、要件を伝えよう。


「お前は街の治安部隊に引き渡す。

 牢に入れらるだろうから、そこで大人しく反省してろ」


「なっ!?

 何を言い出すかと思えば……

 貴様はまだ気づいておらんようだな。

 私には『プラチナ』をしのぐ、あの者がついているのだ!」


「あの者?」


「『忍びの里』の暗殺者だ!

 今も貴様らの命を狙っている!

 さぁ、先生やってください!!」


 チャントマーは天井に呼びかけている。


 …………


 しかし、反応はなかった。


 それもそのはずだ。


「お前の言う暗殺者なら、そこにいるぞ」


 俺はまだ床に額をこすりつけているリュウを指さした。


「はぁぁ!?」


 チャントマーは目を剥いていた。


 せっかく雇った暗殺者が土下座したんだから、無理もないな。


「というわけだから、大人しく突き出されてもらえるか?」


「……くっ!

 まだだ……

 私には、まだ切り札がある!!」


 往生際が悪いな。


 チャントマーが抱える戦力に、直接戦って俺たちに勝てるようなやつはいなかったはずだけど。


 そう思っていると、急に部屋の外が騒がしくなり、武装した集団が部屋に入ってきた。


 全部で10人。


 検問にいた冒険者たちとはまた違う、軽装だけど鎧を見にまとったキャラクターたち。


 こいつらは、確か……


「ハハハ、残念だったな!

 この者たちはイズンの治安部隊だ。

 私はこの街を金銭的に支援している。

 何かあればこうして駆けつけてくるのだ!!」


 勝ち誇った顔をしているチャントマーに、部隊長らしき人物が声をかけた。


「チャントマーさん、何があったのですか?」


「こやつらが宿屋で暴れたあげく、私を脅して金を巻き上げようとしているのだ!!」


 咄嗟に人をここまで悪者のように伝えるなんて……


 すげー、本当にいいキャラクター設計している。


 この小物感、ゲームでも表現したいな。


「ひどーい!

 ボクたちそんなこと、してないもん!!」


「その通りです。

 それに被害者なのは、薬を盛られた私たちのほうですよ!」


 マイアとルナがすぐに反論していた。


 おっと、いけない。


 ゲームのことを考えている場合じゃなかった。


 ちゃんと話を進めないと、俺たちが捕まるはめになる。


「うーむ……」


 だけど、どうやら治安維持部隊の隊長には、マイアたちの必死さが伝わったようで、俺たちとチャントマーを見て、考えるような素振りを見せた。


「ええい、何をしている!

 お前たちが飯を食えるのも、私の支援があってこそだろう!」


「しかし、こちらは『プラチナ』のパーティだと報告を受けています。

 捕まえるなど……」


「やかましい!

 私はイズン三貴族の方々とも懇意にさせてもらっておるのだぞ。

 お前たちの無能さを、直接伝えてやろうか!」


 隊長だけでなく、隊員たちの体がピクっと動いた気がした。


 三貴族は魔法都市イズンを管理している、ブラギの国の三大貴族だ。


 逆らえばどうなるかわかったものではない。


 特にイズンの治安維持部隊は三貴族の直下にある組織なので、絶対に逆らうことはできないのだろう。


 三貴族の名前を出されて、治安維持部隊は渋々といった様子で俺たちを捕えようと距離を詰めてくる。


 それを見て、ルナとマイアとウェルンも身構えた。


 けれど、自分から動こうとはしない。


 ここでぶつかれば、イズンの絶対的な権力者と完全に敵対することを3人ともわかっているのだろう。


 それを察してから、チャンマーの顔に、余裕の笑みが戻る。


 このままだとチャントマーの望み通りに捕まってしまう。


 だけど……そうはならなかった。


「三貴族ってどこの家?」


 今まで言葉を発しなかったリーゼがチャントマーに問いかけた。


「は?

 何を……」


「三貴族よ。

 早く家名を言いなさい。

 それともウソなの?

 だったら今ここで燃やし尽くしてあげるけど」


 リーゼが上に向かって立てた人差し指に、魔法で火球を出現させる。


「ヒッ」とチャントマーが小さな悲鳴を喉からこぼした。


「『ガブラス』様、『ペルサキス』様、『メルクーリ』様……すべての三貴族ともつながりがあるわい!」


「本当に?」


 リーゼの指先の炎がさらに燃え上がる。


「うっ……『メルクーリ』様とは、商談をした」


「そう」


 リーゼは指先の炎を消した。


 そのとき、ルナが「あれ? ペルサキスって……」と首を傾げた。


 どうやらルナは気がついたようだな。


 マイアは……気づいてなさそうだ。


 他の人たちと同じく「???」と頭に疑問符を浮かべている。


 その間にもリーゼは、治安維持部隊に向かって言った。


「この商人を捕まえなさい。

 今すぐに」


「ハァッ!?

 いきなり何かと思えば……この期に及んで寝言をほざくとは。

 貴様のような小娘が私を捕まえようなどと……」


「アンタ、宿屋に人を泊めるなら、部下にはちゃんと名前を記帳させたほうがいいわよ」


「……何の話だ?」


「楯突く相手はちゃんと見極めなさいって言っているのよ」


 リーゼはその場で腕を組んで、仁王立ちした。


「あたしの名前は、リーゼ・

 アンタが威張り散らすために使っている、イズンの三貴族のひとつ──『ペルサキス』家の娘よ。

 自分がどういう状況にいるのか、そのすっからかんな頭でもわかったかしら?」


 不敵な笑みを浮かべて、リーゼはそう宣告したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る