第147話 尋問

 マイアは襲撃者を全員ノックダウンさせていた。


 忍装束を着ていた襲撃者も床を背に倒れており、黒頭巾を取られていた。


 黒頭巾の下の顔は、俺の予想していた通りの人物だった。


 マイアが抑揚のない声で名前を教えてくれる。


「リュウ・フーマ。

 ボクのお兄ちゃんだよ」


『ヴレイヴワールド』ではイケメン忍者の彼は今、白目をむいて気絶していた。


 おそらくマイアに思い切り殴られたのだろう。


 リュウがマイアの兄なのは、ゲームと同じ設定なので知っていた。


 だけど、本来の出会いはもう少しあとのこと。


 ここにいる理由が知りたい。


「話を聞こう。

 縛るから手伝ってくれ」


「はいはーい」


『アイテム欄』から縄を取り出し、マイアにリュウを縛ってもらう。


「あ、でもリュウ兄は縄抜け上手だったような……」


「じゃあ、魔法で捕まえておくか」


『アクア・コフィン』、『ウインド・コフィン』などの水や風を箱状にする魔法を使えば相手の動きを制限できる。


 魔力切れの心配があるので、長時間は無理だけどな。


「大丈夫。

 逃げようとしたら、また殴って捕まえるから」


 マイアは縄で縛り終えると、拳を握りしめていた。


 お兄さんなのに、容赦ないな……


 まあ、マイアもパーティのメンバーが狙われて頭に来ているのだろう。


 だけど、暴力に頼るのは最後だな。


「まずは尋問してからだな」


 とりあえず、リュウを起こそう。


「……ん──ここは?

 っと……なんだ、コレは!?_」


 リュウは周囲を見渡したあと、縛られているのに気づいたようだ。


 驚きの広がるリュウの顔の正面に、マイアはしゃがみこんだ。


「おはよう、リュウ兄!

 ちょっとお話ししようか?」


「……!」


 リュウはマイアから咄嗟に顔を逸らした。


 もしかしたら、まだ顔が隠れていて、カマをかけられているのかと思ったのかもしれない。


 だけど、床に黒頭巾が捨てられているのを見つけたからか、諦めたように口を開いた。


「ひ、ひさしぶりだな、マイア。

 元気だったか……?」


「元気も元気!

 それは吹っ飛ばされたリュウ兄が、よーくわかってるんじゃないかな」


「あ、ああ……」


 リュウの顔がどんどんと青くなっている。


 妹の笑顔が今は一番怖いのだろう。


 さっきまで妹とその仲間を襲撃していたわけだしな。


「それにしても、リュウ兄がイズンにいるなんて思わなかったよ。

 いつ来たの?

 お仕事?」


「いや、オレは遊びに来ただけ──」


 ドンッ!


 大きな音と共に部屋が揺れる。


 マイアの拳がリュウの顔のすれすれを通って、壁に突き刺さっていた。


「リュウ兄?

 ボク、すごーく怒ってるんだよ?

 仲間が狙われたんだからね。

 わかるかな?

 もう1回お腹にドンッてやる?」


 マイアが壁の破片がついた拳を見せると、リュウはコクコクコクコクと震えながら小刻みにうなずいていた。


「いつ来たの?」


「1週間くらい前……」


「お仕事?」


「そうだ。

 里宛てに依頼が来た。

 親父は渋ったけど……金がよかったから、オレが引き受けた」


「依頼主は、太った商人?」


「…………」


 無言のリュウにマイアが拳を振り上げた。


「待った」


 手をあげたところで、リュウは口を割らないだろう。


『忍びの里』の人間はそういう「信頼」で商売している設定だからな。


 俺は廊下に行って、そこで寝転せていたチャントマーを連れてきた。


 まだ意識が戻っていないようだったので、騒がしくなることはないだろう。


「依頼主はこのとおりだ。

 それと聞いているかもしれないが、俺は『プラチナ』の冒険者なんだ。

 冒険者ギルドに頼めば、商人をしょっぴくことができる。

 そこで寝ている傭兵たちもな」


「…………」


「ただ、俺の知っているかぎりだと、リュウはチャントマーの一味にいなかったはずだ。

 お前、もしかしてチャントマーから聞かされてないことがあったんじゃないか?

 もしそうなら、チャントマー側の不備で、契約不履行って形になると思うけど」


 話しやすいように、遠回しに「全部しゃべっても非はないと思うぞー」と伝えてやった。


 リュウは顔を伏せた。


 依頼主を取るか、保身を取るか考えているのだろう。


 やがて、


「……ひとつ聞きたい。

 お前も、マイアの仲間なのか?」


 リュウは俺を見ていた。


「ちょっと違う。

 仲間だ。

 だから、答え次第では、マイアの兄さんでも、お前を突き出すぞ」


 マイアにはあっさりやられてしまったようだけど、リュウはそこそこ強い。


 イズンのストーリーを攻略中に邪魔されたら、クリアも難しくなる。


 だからここで動きを封じておく必要があった。


 1分くらいの沈黙を挟んで、リュウは再び口を開いた。


「……オレは、そこに転がっている商人の用心棒として雇われた。

 無法者からソイツを守るだけの仕事だと思ったら……人さらいの片棒を担がされそうになったわけだ。

 マイアとも、この部屋に入ってから知ったよ」


 すらすらとリュウが答えてくれた。


 ふむふむ……今語ってくれた内容は、ゲームの設定と比べても矛盾はない。


 なので、言っていることは正しいんだろう。


 これなら、冒険者ギルドに突き出さなくてもすみそうだ。


 なんだかんだ、マイアの兄をどうにかするのにためらいはあったしな。


「それは本当なの、リュウ兄?」


「本当だっての!

 オレは宿屋で傍若無人に振る舞う冒険者パーティがいるからって、ソイツを捕まえてほしいとしか聞かれてなかったんだって!」


「ウソっぽいなー」


「そもそもお前がいるって知ってたら、逃げてたっての!」


「あ、その反応は本当っぽいかも。

 リュウ兄、一度もボクに勝てたことないからねー」


「そうだよ!

 お前と組手すると、骨が折れるからイヤなの!

 物理的に、マジでっ!!」


 尋問から、仲のよい兄妹の会話みたいになってしまった。


 まあ、誤解が解けたようなら何よりだ。


「だけど、やったことはやったことだから。

 ボク、許さないよ。

 リュウ兄には、みんなに謝ってもらうから!」


「もちろんだ。

 誠心誠意、謝罪する。

 お前たちにもだ。

 すまなかった……」


 リュウがそう言って頭を下げたので、俺とマイアは信じることにした。


 それから俺は『静乱草せいらんそう』の丸薬を、ルナ、リーゼ、ウェルンに飲ませた。


 みんな、口に含んだ瞬間、「うぇー……」って顔をしていたけど、許してもらいたい。


「アイーダちゃんはいいの?」


 マイアが首を傾げていた。


「アイツは薬にも耐性があるから、たぶん飲ませても起きないぞ」


「そっかー……あれ?

 だけど、アイーダちゃんも睡眠薬入りの料理を食べて眠ったよね?

 薬が効いたんじゃないの?」


「あー、あれは違う。

 単純にステーキがいっぱい食べられて、満足したから寝落ちしたんだろう。

 ステーキを飲み物みたいに食べてたし……

 それに、竜神には『忍びの里』の睡眠薬どころか、状態異常する魔法もほとんど効かないからな」


 アイーダを意図的に眠らせたいなら、それこそ、酒を持ってくるのが一番だろう。


 状態異常に耐性があるのに、なんで酒があんなに効くのかは俺にもわからんけど。


 その後、目覚めた3人に状況を説明する。


 事前に俺が襲撃のことを伝えていたこともあり、襲われた事実にはあまり驚かなかったけど、マイアの兄がここにいるのを伝えたら口をぽかんと開けていた。


「マイアのお兄さん、暗殺者だったのね……」


「というか、『忍びの里』って有名な場所じゃない。

 なんであたしたちに黙ってたのよ」


「あ、言ってなかったっけ?」


 マイアは、ルナとリーゼにも出身地について、ちゃんと話していなかったようだ。


「ってことは、マイアさんも暗殺者だったりするんスか?」


 ウェルンの質問にマイアは首を左右に振った。

 

「ボクは『武』を極めたほうがいいってお父さんに言われたから、そっちの修行はしてないんだ」


 実際にマイアは『ヴレイヴワールド』でも、暗殺者向けの速さ関連ステータスでなく、攻撃力関連のステータスが上がりやすくなっている。


 だけど、元々の一族の血も引いているため、『分身』なども使うことができるキャラクターだ。


 そうやって状況整理をしたあとは、リュウの謝罪タイムになった。


 リュウが全力で謝りたいと言うので、拘束を解いてやると、その瞬間、思い切り額を床に打ちつけた。


「この度の皆様の非礼、まことに申し訳ありませんでした!!!」


 それは、見事な土下座だった。


 全身から、申し訳なさがオーラのように出ているかのように感じたほどだ。


「……未遂でしたし、あなたがマイアのお兄さんということで、特別に許すことにします」


「マイアに感謝なさい」


「しっかり反省するッス」


「……ありがとうございますっ!!」


 額を床にこすりつけながら、リュウは涙声で感謝の言葉を口にしていた。


「……リュウ兄の得意な『土下座の術』、久しぶりに見た。

 初めてやられると、みんな、許しちゃうんだよね……」


 マイアがぽつりとそんなことを言っていたけど、聞かなかったことにした。


 さて、リュウからの謝罪は終わった。


 だけど、まだ本命は残っている。


 次は、チャントマーから話を聞くとしよう。

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