第110話 決着への乱入者
俺は『ドラグーンブレイド』を正眼に構えた。
対してエルフ王のフレデリクは……構えもなく、短刀を持って立ったままだ。
『待ち』の姿勢というやつだな。
たぶん、こちらの出方を見てカウンターを決めようとしているんだろう。
それでも俺は攻めるしかない。
こっちにはフレデリクの全力の攻撃をさばく方法がないからな。
俺がやれるのはひとつだけ。
一撃の威力を高めて、それを確実に当てる!
「『ストーム・バレット』」
俺は魔法で嵐の銃弾を周囲の空間に作りだした。
だが、まだ発射はしない。
この弾丸は今から繰り出す攻撃のための布石だ。
「それはすでに見た。
種明かしのすんだ手品しかないのであれば、こちらから行かせてもらう」
フレデリクがこちらに一歩を踏み出す。
その動きに合わせて、俺も『
「……忠告を聞かないか。
ならば、しまいだ」
フレデリクが短刀を突き出してくる。
確実に俺の体の一部を取りに来ている攻撃。
避けられない。
だから、避けない。
フレデリクの短刀は俺の左肩に深々と突き刺さった。
「ぐぅあぁぁ……!」
痛い……!
痛い痛い痛い!!
元の世界で暮らしていたら、一生出会うことのなかった焼けるような痛み。
それでも、前に腕を斬り飛ばされたときよりは、マシだ!
俺は自分の肩に突き刺さっている短刀の刃を左手で握った。
「む……」
「『グレイン・ビッグバン』!」
左手を中心に爆発が起きる。
『迷いの森林』にいたイノシシなら、一発で炭に変えるレベル5の爆発魔法だ。
フレデリクの持つ短刀は、刀身の半分から先が折れた。
「私の武器を無力化するための捨て身か。
しかし、そのケガではまともに剣も振れまい」
そのとおり。
だけど、魔法は使える。
「『ウインド・ブラスト』!」
俺は自身の後方に風を生み出し、フレデリク目掛けて突進した。
そのまま、練術を発動する。
「
風の力を乗せた5連の斬撃。
今回は風の魔法でさらに加速している。
これなら──
「くだらん」
フレデリクは最初の斬り下ろしを素手で弾いた。
「いくら速さを増していようと……」
2撃目の斬り上げも素手で弾かれた。
「届かない世界はある」
3撃目の斬り下ろしは左手の拳と相打ちだった。
「お前は……」
4撃目の斬り上げは手のひらで払われた。
「終わりだ」
5撃目の突きを払って、フレデリクがカウンターを入れようとしてくる。
このときを待っていた!
「──来い!」
事前に撃ち込んでおいた嵐の弾丸が、突きを繰り出す瞬間、『ドラグーンブレイド』の柄頭にぶつかった。
斬撃が加速する!
体が引っ張られるほどの急加速と共に、剣先がフレデリクの胸へと吸い込まれていった!
「ぐっ!!」
フレデリクから初めて焦ったような声が漏れ、カウンターを狙っていた両手で『ドラグーンブレイド』の剣身を挟み込む。
だが、もう遅い!
俺が用意した『ストーム・バレット』は10発。
そのすべてが『ドラグーンブレイド』を押し込むように柄頭へと殺到する!
ここだ!
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
俺は、
剣身を中心に暴風が吹き荒れる。
次の瞬間、嵐の塊となった『ドラグーンブレイド』は俺の手から射出された。
フレデリクを世界樹のほうへと吹き飛ばす。
──ドォォォォォン!!
世界樹全体を揺らすような音とともに、式場全体がゆれる。
そして、風は収まった。
室内には土煙が巻き上がる。
フレデリクは……
「……まさか、レベルの低い魔法と練術でここまでやる者がいるとは」
土煙の中から現れたフレデリクの手には『ドラグーンブレイド』が握られていた。
倒せなかったか……
だが、さすがのフレデリクも無傷ではなかった。
儀式用の服は悲惨なほど破れ、腹部からは赤い液体がにじんでいる。
ダメージは確実に入っている。
しかし、フレデリクの黄金の瞳は光を失うことなどなく、むしろ爛々と輝きを増していた。
もしかしたら、先ほどの攻撃が彼の闘志に火をつけてしまったのかもしれない。
困ったなあ……もうこっちには英雄にダメージを与えられる攻撃はないんだが……
とはいえ、ルナを連れて帰るには、ここで引き下がるわけにもいかない。
もう1ラウンドやっておくか……
バンッ!!
そのとき、締め切られていた式場のドアが大きく開かれた。
入ってきたのは、薄手のドレスに身を包んだエルフの女性だった。
「双方とも、剣を収めなさい!!」
式場全体に響き渡る声を発すると、こちらに向かってくる。
その後ろには……リーゼとマイア!?
「「ミツキッ!?」」
ふたりは俺を見つけると、すぐに駆け寄ってきてくれた。
ここにふたりがいるってことは、ルナと同様に城の中に囚われていたのは間違いないようだ。
ウェルンがうまく手を回してくれたようだな。
それはさておき、今は……
「俺はいい。
ルナを」
視線で位置を教えると、リーゼとマイアはすぐにルナの元へと駆け寄った。
ふたりに任せておけば大丈夫だろう。
「「このバカルナァッ!!」」
……怒鳴り声も聞こえるが、きっと大丈夫。
大丈夫だと信じよう。
なので俺は、それ以外の懸案事項──目の前にいるフレデリクとエルフの女性のやり取りを見守ることにした。
「お兄様、わたくし伝えましたよね?
この方の仲間に手を出すのはやめてくださいと」
「うむ。
だが、式の最中に乱入された。
王として、その暴挙を許すわけにいかん」
「それは、お兄様が式を無理やり式を進めようとしたからでしょう?
婚姻とは双方にとって大事なものです。
お相手の気持ちはキチンとお聞きになったのですよね?」
「無論だ」
「本当に?
口下手なお兄様が?
どのように?
具体的に教えてくださいませんか?」
「…………」
すごい。
戦いに乱入してきたエルフの女性が、あのエルフ王のフレデリクに言葉だけで詰め寄っている。
彼女の名前は、ヴィルギニア・ヴィー・イグドラシル。
フレデリクのことを「お兄様」と呼んでいるのを見ればわかるとおり、フレデリクの妹に当たる。
つまり、エルフの国のお姫様だ。
彼女もまたフレデリクと同じ薄緑色の長い髪と黄金の瞳を持ち、兄に勝るとも劣らない美貌を持っている。
そして、兄と同じ『威圧』のスキルを持っているため、兄に睨まれても言い返せるのだ。
「あの者は、仲間を助けてくれれば何でもすると言ってきたのだ。
だから、仲間と共に好待遇で迎え入れた。
そして婚姻の話を告げると、特に反対はされなかった」
「ほう……
ちなみにですが、なぜルナさんはお兄様に対して『仲間を助けて』とお願いすることになったのですか?」
「うむ。
どうやら、城の兵士とちょっとしたいさかいがあったようだ。
争っていたようなので、私が仲裁に入った。
するとなぜか、そのように向こうから懇願してきたのだ」
「……お兄様?
仲裁と言いますが、まさかあの方々と戦っていないでしょうね?」
「いや、戦った。
兵士では止めれそうになかったのでな。
手加減はした」
「…………」
ヴィルギニアは無言でドレスの裾をめくった。
あらわになった白く細い足には無骨なベルトが巻き付けられており、そこに固定されていた金鎚を取り出す。
そして、
「それを人は武力で脅すというのですよ!!」
思い切り兄のフレデリクに向けて叩きつけた。
「む……なぜだ?」
フレデリクは片手で受け止めつつ、眉を寄せた。
「エルフの英雄がいきなり現れて攻撃してきたら、たいていの方は戦意を喪失します!
そんな状態で花嫁になれって言われたら、何をされるかわからない以上、お相手の方はうなずくしかないではありませんか!
お兄様はもっとご自身のお力が与える影響をお考えください!!」
「だが、あのときはああするしか……」
「それでもです!
手を出さずに言葉でいさめてください!」
「むぅ……」
ヴィルギニアの金鎚攻撃を受け止めながらも、フレデリクは渋い顔になっていた。
「はぁ……式が止まってよかったです。
一歩間違えれば、『エルフの王が女性を力で脅して花嫁にした』なんて醜聞が広まるところでした」
「しかし、婚姻には向こうも同意をして……」
「あら?
だったらどうして花嫁様は、お兄様の腕の中にいらっしゃらないのですか?
ましてや、乱入された方の後ろにいるなんておかしくありませんか?」
「…………!」
フレデリクはわかりやすいくらいうろたえていた。
無言で、特におかしな行動をしているようには見えないが、両目がしきりに動いていた。
きっとルナとの婚姻について、フレデリクも思うところがあったのだろう。
「あの方々にはわたくしから謝罪をします。
お兄様はこの式場の後始末をしてください」
「……わかった。
任せる」
フレデリクはそれだけ伝えるとエルフの兵を呼びに、ヴィルギニアが開けたドアのほうに向かっていった。
「それでは皆様方、別室で治療いたしますので、こちらに来てください」
「ああ……いっつ」
左肩が痛い。
そういえば、折った短刀が突き刺さったままだったな。
あとでマイアに抜いてもらわないと。
「手を」
顔を上げるとヴィルギニアが手を差し出してくれていた。
俺はその手を握った。
お姫様らしくか細くて……けれど、ゴツゴツしている手だった。
「はぁ……本当に無茶をしますわね」
ヴィルギニアが呆れ顔をしている。
その顔を見ていると、軽口のひとつでも言ってやりたくなる。
「……お前ほどじゃないさ。
兄とはいえエルフ王に食ってかかったんだからな」
「まあ、エルフの姫であるわたくしが助けてさしあげたのに、なんて言い草ですの」
「ああ、助かったよ。
すごく感謝はしてる」
「そうでしょう、そうでしょう」
「でもその話し方は作っている感じがすごくするな。
いや、俺と接してたほうが作っていたのか?
──ウェルン」
「さぁ?
ミツキさんはどちらだと思うッスか?」
俺の体を支えてくれたヴィルギニア──ウェルンは、いたずらっ子のように小さく舌を出していた。
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