第109話 英雄の力
フレデリクの短刀が閃く。
狙いは俺の首筋……いや、目か!?
──キンッ!
ギリギリで短刀の軌道に『ドラグーンブレイド』を押し当てる。
フレデリクはすぐさま手を引き、俺の首筋、脇腹、手首、太ももに狙いを定め、短刀で突いてくる。
くっ……今の『ミツキ』のステータスで、なんとか動きが目で追えるくらいだ。
カウンターの錬術も狙えなくはないが、通常の剣技と違って動きが固定されてしまうため、反撃をもらう可能性を考えると悪手になる。
まったく、近距離でこれだけ強くて『弓矢使い』なんだから、チートもいいところだよ。
「風よ!」
俺が叫ぶと、『ドラグーンブレイド』の緑色の魔石が光り、剣身から突風を発生された。
フレデリクがわずかに後ずさる。
今のうちに距離を取って、魔法で攻撃を──
「剣術は未熟だな」
背後から声!?
振り返ると、短刀の軌跡が見えた。
「くっ……
『ウインド・ブラスト』!」
至近距離で魔法を放ち、ルナのいる方向へ自身の体を吹き飛ばす。
足で踏ん張って風の加速を止めると、左腕のほうから血が滴り落ちてきた。
ぐっ、傷は肩だな……背後を取られたときに斬られたか……
フレデリクの動きは、まるで見えなかったな。
今のはおそらく『
英雄であるフレデリクなら使えて当然の技だ。
しかし、まいったな。
左肩がかなり痛くなってきた。
深い傷でないとはいえ、動かしづらい。
そうなると、動きを合わせるほど威力の上がる剣技の練術は威力が落ちる。
練術だけではフレデリクを倒すことはできない。
それなら、他の手を試すまでだが……それもまた、肩の痛みでやりづらい。
どうするべきか……
「ミツキ……ケガを見せてください。
すぐに治療を……」
ルナが回復魔法を唱えようと俺に近づいてくる。
「『動くな』」
「……!」
フレデリクが声を発した途端、ルナがその場で動きを止めた。
この効果は、フレデリクの持つスキル──『威圧』だ。
レベル40以下の耐性がない者や『威圧』スキルを持たない者の動きを30~50%ほど鈍らせる。
そのため、彼に戦いを挑むには最低レベル41に達する必要がある。
それ以下だと、通常の半分ほどの実力で戦うことになるからな。
ただでさえ、レベルで劣っている上に弱体化までさせられてしまっては、勝つことはおろか逃げるのもムリゲーだ。
俺には『威圧』の効果が出ていないので、レベルが41以上あるんだろう。
だが、ルナは違ったようだ。
ということは、おそらくリーゼやマイアもレベルは41に達していないだろう。
しかし、ルナの様子を見ているとこちらの世界での『威圧』は、レベル差があるほど相手の動きを縛っているように見える。
レベルの低い者にとっては脅威以外の何物でもないな。
「お前はそこで戦いを見ていればいい」
「……カハ……ガッ!」
……ん?
ルナの様子がおかしい。
『威圧』はただ相手の動きを鈍らせるだけのはずなのに、喉の辺りを押さえて、息が苦しそうに……
……まさか!
「フレデリク、『威圧』を解除しろ!
ルナは呼吸ができていない!
スキルが効きすぎているんだ!!」
「む……」
「動きを鈍らせる効果が、呼吸器系にまで効いてるんだよ!
くそっ……ゲームじゃ単なるデバフなのに、現実だとこうなるのか!」
俺はルナに駆け寄ると、フレデリクとの間に壁になるように体を割り込ませた。
『威圧』はスキルを発動している者の姿を見なければ、動きが鈍ることはない。
「ルナ、ゆっくりだ。
ゆっくりと呼吸をしろ。
息を思い切り吸い込んで、深く吐くんだ」
ルナを仰向けに寝かせる。
「はぁはぁはぁ……カハッ!
すぅ、はぁ……はぁ……」
徐々にだが、ルナの呼吸が落ちついてきた。
「そうだ、そのままゆっくりと息を吸って吐いてを繰り返すんだ」
ルナは小さくうなずきながら、俺の言った通り、ゆっくりとした呼吸を繰り返そうとしている。
これなら、大丈夫そうだ。
あとはフレデリクを見なければ『威圧』の効果もなくなっていくだろう。
「ミ、ツキ……私、はぁ……」
「ルナ、今はしゃべるな。
苦しいだけだ」
ルナは小さく首を振った。
「私は、はぁ、カハッ……ぼう、けん……いっしょ、いきたい……カホケホッ」
体を支えている俺の手に、ルナの手が触れる。
その手はひどく震えていた。
かなり無理をしていたんだろう。
肉体的にも、精神的にも。
「心配するな。
ルナは俺の仲間だ。
いっしょに、この世界を見にいこう」
「……ん」
ルナは小さくうなずくと満足したのか、目を閉じて呼吸に集中し始めた。
責任感の強いルナのことだから、王城に捕まっていたときに、自分の身の振り方で俺の冒険を邪魔しないように必死に考えたのかもしれない。
その上で、フレデリクとの婚姻を天秤にかけて、そちらを選んだ、といったところか。
当たらずとも遠からずだとは思うが、あとで時間を取って聞いてみないとな。
その前に、俺がルナの頑張りに応えなくちゃな。
俺は立ち上がると、フレデリクと再び向かい合った。
「命に別状はないようだな」
フレデリクはちらりとルナに視線を向けた。
「ああ、安静にしていれば大丈夫だ」
「そうか」
「フレデリク、ひとつ聞きたい。
この子を、まだ妃にしたいと考えているか?」
「無論だ。
勇者の血筋はエルフ族の繁栄には不可欠。
華燭の典は続ける」
……そうか。
できればこの辺りで手を引いてくれるとありがたかったが。
ずいぶんとルナを気に入っているな……いや、『勇者』に固執しているのか。
200年前に、ともに魔王を倒した勇者。
そして国を作り、自分よりも先に旅立ってしまった勇者。
「フレデリク、ルナは勇者じゃないぞ」
「……そんなことは百も承知だ。
何が言いたい?」
「200年前にできなかった、その身代わりを、ルナに求めるなってことだ」
「……!?」
途端に、フレデリクの顔色が変わった。
眉間にシワを寄せ、顔がわずかに紅潮する。
「お前は、何者だ?
なぜ、そのことを……いや、それよりも……なぜ勇者の秘密を知っている!?」
「知っていて当然だ。
俺は、この世界(に似た世界)の創造主だからな」
「愚かな……単なる人風情が口にするには、大言壮語が過ぎる」
「あー、そうだな。
女神も信じなかった。
信じる信じないはお前の勝手だ。
だけど、創造主として、ひとつ教えてやろう。
この勝負──勝つのは俺だ」
「……浅はかな。
そのくだらん妄想ごと、お前のを打ち倒してやろう!」
フレデリクが乗ってきた。
わかりやすい挑発だったが、ルナの中に勇者の面影を見ているフレデリクには効果が出やすかったようだな。
それじゃ、俺も決めにいくとしよう。
この勝負の結末を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます