第108話 VS物語の英雄

 ふぅ……


 呼吸を整える。


 10メートルの距離を開けて向か言っているのは、エルフの王フレデリク・アールヴ・イグドラシル。


 200年前に魔王を打ち取った英雄のひとり。


『ヴレイヴワールド』でのキャラクターのレベルは、80。


 100レベルが上限の『ヴレイヴワールド』では、かなりの高レベルになる。


 魔法や練術も強力なものぞろいの上、戦闘用の高度なAIを積んでおり、フレデリクと1対1で勝負して倒すには、彼と同等のレベルか、それ以上ないと厳しい。


 もっとも、それもあくまでゲームでの話。


 この世界のフレデリクはAIではなく、本物の人だ。


 それはつまり、AI以上の動きをする可能性があるということ。


 こうして向き合って改めて思うが、レベル差やスキルなどを抜きにして、かなりの威圧感がある。


 そりゃあ、ウェルンも戦わずに逃げろっていうわけだ。


 だけど、それは無理だったんだよな。


 ルナを探すのに手間取って、結局、華燭の典の最中に乱入するしかなくなったからな。


『気配探知』のスキルをもう少し鍛えておくべきだった。


 それでも最後まで戦うのを避けるため、完全な不意打ちでウェルンお手製の煙幕まで使ったんだけどな……


 これもまた予想通りというべきか、高レベルのキャラクターであるフレデリクには効かなかった。


 困った。


 だけど、ここまで来たらやるしかない。


 さて、どうやって仕掛けるべきか。


「──警備兵、不審者を捕えろ!」


 む……華燭の典に配置していたエルフの兵か。


 部下を引き連れてやってくる。


 悪いけど、こっちはフレデリクの相手で手いっぱいだ。


 大人しくしていてもらおう。


「『ウインド・ブラ──』」


「下がれ」


 俺が魔法を使おうとすると、フレデリクがエルフの兵を制止させた。


「し、しかし我が王よ。

 この者は伝統ある儀式を──」


「二度言わすな。

 客を下がらせろ」


「は、はいっ!」


 エルフの兵は、フレデリクの指示で華燭の典にやってきていたエルフたちを移動させにいった。


 横やりが入らないのはありがたい。


「わざわざ一騎打ちにしてくれるなんて、これがエルフ王としてのおもてなしか?」


「……お前が、ミツキだな」


 あ、俺の軽口はスルーしたな。


「そうだけど……よく知っていたな」


「私宛てに届いた手紙の中に、お前が兵士では相手にならん強者だと書かれたものがあった。

 加えて、お前の仲間だという勇者の血筋の女性を解放するようにともな」


 ウェルンだな。


 王城に手紙を出してルナの婚姻を止めようとしてくれたらしい。


 たぶん王都に着いたときに出してくれたんだろう。


 それでエルフ王であるフレデリクまで手紙が届くということは、ウェルンの秘密である『奥の手』を使ったんだろう。


 あとでお礼を言わないとな。


「あれ?

 でも、こうして式は開かれたわけだよな?

 手紙を送ってくれた人の意見は聞かなくていいのか?」


「エルフという種が繁栄することこそが民の願いだ」


 まあ、そうだよな。


 王として妥当な判断だ。


「手紙にはお前の存命も願われていたが……

 婚姻を邪魔する者は、ここで仕留める」


 エルフ王が右手を前に伸ばした。


「『ストーム・ランス』」


 レベル5の風の魔法だ。


 嵐の力を内包した不可視の槍。


 本来なら突き刺す力のない風を凝縮することで威力を高め、さらに対象をひとりに絞ることで貫通力をあげている。


 ……コイツは、俺の使える土の魔法では防げないな。


「ミツキ……!」


 ルナの震えたような叫び声が後ろから聞こえた。


 真後ろにいるルナには、俺に向けられたフレデリクの敵意が伝わってしまっている。


 その上で凶悪な魔法が飛んできたら、怖くて仕方ないだろう。


「大丈夫だ。

『ストーム・バレット』!!」


 俺は嵐の威力を込めた風の弾丸を、迫ってくる風の槍に3発撃ち込んだ。


 するとすぐに『ストーム・ランス』にほころびが生じる。


『ストーム・ランス』は嵐の槍だが、それは魔力で風の力を生み出しているだけにすぎない。


 だから槍を形成する場所にピンポイントで同程度の強い風を撃ち込めば、風の凝縮は緩む。

 

 あとは、綻んだ嵐の槍をさらに霧散させるように風の弾丸を撃ち込み、威力を弱めればいい。


 そして、最後にボロボロになった『ストーム・ランス』を吹き飛ばす!


「『ウインド・ブラスト』!」


 突風の魔法を使い、『ストーム・ランス』を消滅させた。


「む……」


 フレデリクの眉間にわずかにシワがよる。


 レベルの低い魔法で相殺されるとは思っていなかったのかもしれない。


 この隙に、形勢を決めさせてもらう!

 

「『ストーム・バレット』!」


 俺は5発の嵐の銃弾を魔法で作りだした。


 フレデリクが身構えるのを見てから、次の手を打つ。


「『縮地速影しゅくちそくえい』!」 


 移動用の練術を使い、銃弾よりも速くフレデリクに接近。


「『旋風翔裂斬せんぷうしょうれつざん』!!」


 すかさず、5連撃の剣技の練術を繰り出した。


 フレデリクは、腰に忍ばせてあった短刀を取り出し、俺の剣を受け止める。


 ──キンッ!


 甲高い金属音が鳴り響き、一段目が受けきられた。


 マジか。


 風の魔石で強化された『ドラグーンブレイド』に、風の力が乗った練術を使ってるんだぞ。


 それを護身用の短刀で打ち合ってくるなんて。


 だが、練術はまだ続いている。


 練術の動きをトレースし、威力を増大させた斬撃をフレデリクに浴びせる。


 それでもフレデリクは短刀でさばいてきたが、


「…………!」


 さすがに俺の動きに集中している。


 これなら、いける!


 俺は4連撃目の切り上げを短刀に叩きつけたあと、5連撃目の突きをキャンセルしてその場にしゃがみこんだ。


「なに……?」


 フレデリクの口から驚きの声がこぼれる。


 剣技系の練術は最後の一撃に威力が集中しているものが多いので、最後まで続けるのがセオリーだ。


 それを途中でキャンセルしたからだろう。


 だけど、俺の狙いは別にある。


 ヒュン!!


 遅れてきた『ストーム・バレット』の弾丸がフレデリクの眼前に到達した。


「……!」


 フレデリクは短刀で見えない風の弾丸を切り裂いた。


 お見事だ。


 だが、これを待っていた。


 フレデリクの意識が俺から離れるときを!


 フレデリクが風の弾丸を切り裂いている間に、俺は『縮地速影しゅくちそくえい』でその背後に回り込んだ。


 ゼロ距離で繰り出すのは、レベル5の炎魔法。


「『グレイン・ビッグバン』!」


 フレデリクだけを焼き尽くす、強烈な爆発が発生した。


 部屋のステンドグラスがすべて割れ、世界樹を大きく揺らす爆音と衝撃が式場を吹き抜けていく。


 黒い煙が、フレデリクのいた場所から立ち上った。


「……すごい。

 まさか本当にエルフ王を……」


 ルナの驚きをにじませた声が耳に届く。


 次の瞬間──黒煙の中から刃物が飛び出してきた。


「……くっ!」


 回避したつもりだったが、刃先は左の頬をえぐった。


 危なかった……


 今の一撃、完全に首を落としにきていたな。


「──器用な奴だな。

 わざと風の魔法の速度を下げて、このように使うとは」


 黒煙の中から現れたフレデリクは、服や髪を焦がしているものの、まるで効いた素振りはなかった。


 フレデリクに練術や魔法を無効化する能力はない。


 これは完全なレベル差だ。


 予想していなかったわけじゃない。


 だけど、こうして目の前で見せつけられると……ちょっときついな。


「先ほどのもので、攻撃はしまいか?

 では、次は私の番だな」


 フレデリクとの第2ラウンドが始まった。


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