第111話 エルフ姫の正体
ヴィルギニアは、俺たちを式場の近くの部屋に通してくれた。
部屋には俺たち以外に誰もいない。
人払いは済ませてあるようだ。
まず、俺の治療が始まった。
イスに座って、マイアに俺の左肩に刺さっている剣先を抜いてもらった。
かなり深く刺さっていたが、マイアの力なら一瞬だ。
痛みは、我慢したぞ……うん。
次はルナに
あ、しまった。
ルナの容態を確認していなかった。
過呼吸のようになっていたが、治っただろうか?
「大丈夫です。
私にやらせてください」
まだ顔が青いような気もしたが、ルナから強い意志を感じたのでお願いした。
「『ヒール』!」
左手に俺の左肩をかざしたルナが魔法名を口にする。
白い光がケガを覆い、服の破れた部分から見えていた傷がみるみるうちに塞がっていく。
ほんの十数秒で傷はなくなった。
大きなケガではなかったとはいえ、ルナの回復魔法も熟練度がかなり上がったようだ。
「ありがとう、ルナ。
助かったよ」
「ごめんなさい!」
なんだ?
ルナがいきなり頭を下げてきたぞ。
「私が……おかしなことを考えたせいで、ミツキに大怪我をさせてしまって……」
どうやら、ルナは俺がフレデリクと戦ってケガをしたことを悔やんでいるらしい。
「ルナが謝る必要はないだろう。
フレデリクに戦いを挑んだのは俺なわけだし」
「でも、それは私を助けようとして!」
「そうだけど、それなら謝るのは俺のほうだ。
元々ルナたちをもっと早く見つけていれば、こうはならなかったしな」
「ミツキのせいではありません!
いくらミツキでも、私たちがどうなっていたかなんて、わかるはずないんですから……」
「まあ、そうかもな。
わかった。
それじゃあ、俺のせいにするのをやめるよ。
だからルナも、自分のせいにするのをやめるんだ」
「……!」
「ほら、顔を上げて」
ゆっくりとこちらを向いたルナの顔は涙でくしゃくしゃになっていた。
相当、自分のことを責めていたんだな。
「今まで怖かったろう?
だけど、もう大丈夫だ。
いろいろあったけど、みんな無事なんだから、ルナの選択は間違ってなかっただよ。
だから、もう我慢する必要はないぞ」
「……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
ルナは俺に抱き着いて、大声で泣き始めた。
普段の冷静な彼女からは想像できないほど、涙が溢れてきているようだった。
それだけ張り詰めていたんだろうな。
俺はルナの嗚咽が止まるまで、静かに待っていた。
しばらくして落ち着いて来たのか、ルナはゆっくりと俺から離れた。
「すみません……ご迷惑をおかけしました」
目元は赤かったが、それと同じくらい顔全体も赤くなっている。
たぶん、人目を気にせず泣いてしまったので、恥ずかしいと思っているのだろう。
気にしなくていいのに。
まあ、真面目なルナらしくはあるけど。
「気にしないでいいよ。
しばらくしたら、ここで起きたことを教えてくれないか?」
「それならもう大丈夫です。
今からでもお話します」
「あ、いや……
先客がいるから、今からは難しいんじゃないかな」
「先客……?」
ガシッ、と。
音が聞こえそうなほど、ルナの両肩に左右からそれぞれの手が置かれた。
「ルナぁ?
いろいろ聞きたいことがあるんだけど、ちょっといいかしら?」
「ボクたち知らないことばかりなんだ。
だから、じっくりと教えてくれないかな?」
リーゼとマイアがいい笑顔で、ルナを部屋の奥へと引っ張っていった。
「ふ、ふたりとも、落ち着いて……
ミツキ……」
ルナが怯えたような表情で俺を見てくる。
でもごめん。
リーゼとマイアも、ルナを心配していただろうからな。
3人でしっかり話してほしい。
……また泣くことにならないといいな、ルナ。
「ふふふ、よいパーティではありせんか」
俺たちのやりとりを少し離れて見ていたヴィルギニアが傍までやってきた。
「やはりルナさんが正妻なのですか?
いいえ、ミツキさんのことです。
あの3人とも平等に妻として扱っていそうですね」
「からかうなよ。
3人は仲間だ、お前が思っている仲じゃない」
「……はぁ。
まったく、ミツキさんも罪なお方ですね」
ヴィルギニアは額に手を当てて、やれやれと言わんばかりに頭を振っている。
見た目がエルフの美女なので、そんな大げさな仕草もさまになっている。
というか、
「いつまでその口調なんだ。
いい加減、いつもみたいに話したらどうだ?」
「何をおっしゃいますの?
わたくしはいつもこのような話し方ですわよ。
なんといってもエルフの国のお姫様ですからね」
確かにヴィルギニアはエルフの国のお姫様だ。
だけど俺にとっては、馴染みがあるのはもうひとつの顔のほうだ。
「まあ、ミツキさんがどうしてもと言われるのでしたら──」
ヴィルギニアはドレスの胸元へおもむろに手を入れると、そこから取り出した眼鏡をかけた。
「こっちのしゃべり方でもいいッスけどね」
途端にヴィルギニアの口調が、非常に砕けたものに変わる。
口調が軽いのにキレイなドレスを着ているので、チグハグな感じがすごい。
このお姫様スタイルから髪を少しぼさぼさにして、作業着を着せると……
うん、『ウェルン』になるな。
「ミツキさん、やっぱり気づいてたんスね。
いったい、いつからッスか?
もしかして今回じゃなくて、ウチがお城にいたときにエルフの国に来たとか?」
「さぁ、いつからだろうな」」
正解は『ウェルン』と会ったときからなのだが、それは『ヴレイヴワールド』のキャラクターの設定を知っているからであって、この世界の『ミツキ』では知るよしもない。
「むぅ……ウチをその気にさせておいて、その言い草はひどいッス」
「誤解されそうな言い方をするな。
ヴィルギニアが『ウェルン』だと、種明かしをしただけだろう」
「ウチにとっては大事な秘密なんスよ!
普通に変装しても、この目と声で王族だって一発でバレるんス!!」
そう、それがヴィルギニアが『ウェルン』になった理由だった。
この里のエルフ王族の黄金の瞳には『威圧』スキルが付与されており、その声にはスキルの効果こそないものの、耳のいいエルフには体の芯まで震わせる力がある。
『迷いの森林』近くの集落で、エルフの兵士ともめそうになったときも、黄金の目と芯に響く声で、自身が王族であると伝えたのだろう。
兵士としては、何の変哲もない集落にお姫様がいてびっくりだったはずだ。
「眼鏡をかけて、このしゃべり方にして、やっとお姫様だとバレなくなったんッスから。
……たまにそれでも気づかれてしまうときはあるッスけど」
そういえば、集落の長もウェルンの声で気づきかけていたな。
「ミツキさん、わかってると思うッスけど、ヴィルギニアがウェルンだってことは絶対に言わないでくださいッスよ!」
「もちろんだ」
そもそも、俺にエルフの知り合いは少ないからな。
言う相手もいないので大丈夫だろう。
「それにしても……
ミツキさん、今回は本当に申し訳なかったッス」
ヴィルギニアがしんみりとした謝罪と共に頭を下げた。
「ミツキさんの大切な仲間を傷つけてしまったッス。
お兄様に代わって、ウチが謝罪するッス」
ああ、そのことか。
「それなら、俺よりもあの3人に言ってくれ」
俺は、部屋の奥に目を向けた。
そこには床に正座させられているルナと、その前に立って怒っているリーゼとマイアがいる。
「フレデリクなら捕えるにしても、ひどい仕打ちはしないと思ってたけど、3人にとっては、精神的にきついことがあったかもしれないからさ」
「……わかりました」
ヴィルギニアはひどく神妙な顔をしている。
謝罪を受け入れてくれるのか不安なのだろう。
でも、3人を知っているから俺は断言できる。
あの3人なら許してくれるはずだってな。
さてと、これで式場で起きたことは解決に向かうだろう。
式場に乱入したときはどうなることかと思ったけど、無事にすみそうでよかった。
「ところでミツキさん。
どうして、お兄様と戦ったんスか?」
……ん?
「ウチ、言ったスッよね?
『エルフ王と戦うな』って。
なのに、式場に入ったらふたりとも血まみれで向かい合っているし」
……あれ?
なんだか俺、怒られそうになってる?
「いや、待ってくれ。
俺はちゃんとルナを連れて逃げようとしたぞ?
お前のくれた煙幕も使った。
だけど、フレデリクが逃がしてくれなったんだ」
「それなら、そもそも式場へ入る前に、ルナさんを連れて逃げ出すことはできなかったんスか?
てっきりミツキさんはそのつもりかと」
「あー最初はそのつもりだった。
だけど、うまく見つけられなくてなー」
そこは俺の落ち度だな。
『気配探知』のスキルを鍛えておけば、ルナの位置はすぐに特定できたのに。
「終わったことですし、ミツキさんはここにいるから、もういいかもしれないッスけど……あんまり心配はさせないでほしいッスよ。
……ウチは、命を救ってくれた人を死なせたくはないッス」
そうか。
ヴィルギニア……いや、ウェルンからすると、俺がフレデリクと戦ったことで、無敵の英雄に俺を差し向けたようになるのか。
そこは考えていなかったな。
「悪かった。
ちょっと軽率だったな」
「ちょっとじゃないッス。
普通、200年前の英雄の花嫁を奪おうとして、生きて帰れるとは思わないッス」
「まあ、そうだな。
ごめん……じゃなくて、ありがとうかな」
「……?」
「俺が生きていられるのは、ウェルンが武器を鍛えてくれたおかげだからな。
正直あの『ドラグーンブレイド』がなかったら、やばかったよ。
ウェルンの鍛えた剣は、英雄に届いた。
だから、ルナを助けることもできたし、俺も助かった。
ありがとう」
これは本心からの思いだ。
ウェルンが風の魔石で『ドラグーンブレイド』を強化してくれなかったら、フレデリクを吹き飛ばすほどの力はなかった。
英雄相手にあそこまで戦えたのは、ウェルンのおかげだ。
「……はぁ」
え、なんでため息?
「ミツキさんは、本当に!!
罪な方ッスね!!」
「……何の話?」
「わからないなら、それでいいッスよー。
ミツキさんはそこでウチにずっと感謝していてくださいッス」
「あ、はい」
……よくわからないけど、ウェルンの顔が緩んでいるので、心配はないだろう。
そんな話をウェルンとしていると、3人の足音が近づいてきた。
「ミツキは、ずいぶんとエルフの姫君と仲がいいのですね?」
か細い声のほうに振り返ると、どんよりとした顔のルナと、すっきりした様子とリーゼとマイアがいた。
どうやら、話し合いは終わったらしい。
ルナが幽鬼みたいになっているけど……まあ、3人で何かしらの結論に達したようなので大丈夫だろう、たぶん。
「そういえばさ、ミツキはあたしたちがお城にいるとき何してたのよ?」
「もしかして、ボクたちがいるかと思ってずっと森を探していてくれたの?」
リーゼとマイアが尋ねてくる。
「それは──」
「ミツキさんは、ウチと同じ家でいっしょに暮らしていたッス」
──ピシッ。
ウェルンの言葉に、空間にヒビが入ったような音が確かに聞こえた。
「ウェルン、何言ってんだよ。
あれは──」
「ミツキさんったら毎日ウチを求めてきて大変だったッス。
でもウチは森で命を助けてもらったッスから、恩を返すというエルフの性分で逆らうこともできず……およよ」
「およよ」ってなんだよ。
コイツ、俺が毎日『迷いの森林』の案内に連れ出したことをわざとらしく!
そんなふうに言ったら、3人に誤解されて──
「ふーん……そう。
あたしたちが森でエルフ王にボコボコにされてるときに、お姫様といちゃいちゃしていたわけね」
「ボク、手足に鉄球のおもりをつけられてたんだよ?
ご飯もひとりで食べられなかったのに、ミツキはお姫様と楽しそうにしてたの?」
「ミツキ、私は毎日毎日、エルフ王との婚姻をどうにかできないかと考えていたのに……
貴方はエルフのお姫様とどうにか婚姻できないか考えていたのですね」
わぁぁぁぁぁぁ、やっぱり誤解されてる!!
「いやーでも、最後は皆さんが助かってよかったッスよ。
アッハッハッハッハ!」
このエルフ姫!!
小さく舌を出して「やってやったッス!」って顔してるのが腹立つ!
俺が何したっていうんだよ、まったく。
「違うんだ。
本当は──」
ドォォォォォォォォォォォォォンッ!!
突如、突きあげるような揺れが部屋全体を襲った。
地震……じゃないな。
大きなものが落ちてきたみたいな衝撃だったし。
今度はなんだ!?
「もしかして『イーヤ』が……?」
ウェルンが窓に駆け寄るが、外には何も見えなかった。
振動が伝わり具合からして、何かが落ちてきたのは城の正面の方角だ。
そこで、何か起きたんだろう。
「リーゼ、マイア、外を見に行くぞ」
「仕方ないわね。
あとでちゃんと話を聞かせてよ」
「久しぶりに思い切り暴れられるね!」
リーゼとマイアはすぐに装備を整えている。
切り替えが速いのはありがたい。
「ミツキ、私も」
ルナがついてこようとするが、ウェルンがその手を握った。
「ルナさんはウチとここにいるッス。
今日はいろいろあって疲れたはずッスからね」
ありがたい。
俺がルナに同行を頼まなかったのは体調の面もあるが、出ていけばエルフ王と出くわすかもしれないからだ。
本人は大丈夫だと言うかもしれないが、婚姻まで運んだ経緯もあるので、会うにしてももう少し時間を置いたほうがいいだろう。
それでもルナはついてきそうな顔をしていたので、俺は首を横に振って応えた。
「今は休んでくれ。
これからも旅を続けられるためにな」
「……はい」
不服そうだが、頷いてくれた。
ルナの様子はきになるけど、ウェルンが見ていてくれるし、大丈夫だろう。
「それじゃ、行くぞ」
「ええ!」
「うん!」
俺はリーゼとマイアを連れて、揺れの原因の元へと向かった。
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