幕間 囚われた少女たちとエルフの姫

〇マイア視点


 ボクはマイア。


 冒険者パーティ『グレイスウインド』で、前衛のアタッカーをやっている武闘家だよ。


 そんなボクは今、同じパーティメンバーのリーゼといっしょに、エルフの城の一室に閉じ込められていた。


 どうやらエルフ王に捕まっちゃったみたい。


 目が覚めたらこの部屋のベッドに寝かされていたからね。


 リーゼも同じで、起きたらボクと同じベッドに寝かされていた。


 だけどこの部屋、いわゆる牢屋じゃなくて、お客さんを泊められるくらいに広くてきれいな場所だった。


 それに加えて、身の回りの世話はエルフのメイドさんたちがやってくれた。


 服や食事も毎日持って来てくれている。


 うん、服も毎日ちゃんと新しいのをくれるんだ。


 ちょっと不満があるとするなら、その服はメイドさんたちの趣味なのかわからないけど、ひらひらしたドレスみたいなものばかりだった。


 ボク、こういう服あんまり着ないから、体中がちょっとムズムズする。


 それに初めて着たときは、「似合わない」とリーゼに笑われた。


 だけど数日同じ服を着ていたら、何も言わなくなった。


 リーゼも同じやつ着ているしね。


 そして、その服以外には、猫の耳のような装飾がついたカチューシャをつけるようにメイドさんたちに言われた。


 言いつけどおりつけてみたら、メイドさんたちはすごく喜んでいた。


 ……もしかしたら、エルフのメイドさんたちは、ボクとリーゼを飼い猫のようにしたいのかもしれない。


 正直、ボクにそんな趣味はない。


 だけど、ここは敵地。


 従わないと何をされるかわからない。


 猫耳カチューシャはちょっと恥ずかしいけど、このくらいの羞恥、耐えてみせるよ!


 あ、でも「ニャー」なんて言わないよ。


 メイドさんたちにはすごく期待しているまなざしを向けられているけど、そこは譲れないから。


 え……ポーズつけて「ニャー」って言ったら、食事を豪華にしてくれる?


 …………


 しょうがないニャー、これもおいしいものを食べて力をつけるためニャー。


「……にしても、アンタの猫耳は似合わないわね」


 テーブルを挟んで座るリーゼにダメ出しされた。


「似合うとか似合わないじゃないよ。

 メイドさんに言われたからつけているだけで」


「だからって『ニャー』なんて語尾までつけてポーズまでつけるってどうなの?

 あいつら、あたしたちの見張りよ。

 媚び売ってどうにかなるとも思わないわ」


「だって、おいしいもの食べたかったんだもん!

 それにリーゼだって、ヘイムダルにいたときに語尾に『ニャー』つけてたときあったじゃん」


「あ、あれは仕方ないじゃない……

 ミツキにやれって言われたんだから……」


「ふーんだ。

 自分だってやってたのに、ボクだけおかしいみたいなこと言ってさ。

 ……あ、でも、ミツキがそう言ったってことは、今でも語尾に『ニャー』をつけてしゃべると喜ぶのかな?

 今度試してみようっと」


「勝手にしなさい。

 それよりも、食事はどうするの?」


「食べるよ、もちろん。

 そのために猫のマネまでしたんだから」


「はいはい。

 じゃあ、いつもみたいにやってあげるから」


 リーゼが自分の食べる分ではなく、ボクの分の料理をナイフで切り分けてくれる。


「ほら、口開けなさい」


「はいはい、あーん!」


 パクリ。


 うんっ!


 お肉がおいしい!


 猫のマネをしたかいがあったよ。


 欲を言えば、自分の手で食べたかったけど。


 でもそれはできないんだよね。


 ボクの両手足は鎖でおもりにつながれているんだ。


 目が覚めたときに暴れたから、兵士たちに取り押さえられて、つけられたの。


 あれは失敗だった。


 エルフ王に顎を殴られたせいか、まだ体が本調子じゃなかったんだよね……


 おかげで四六時中、おもりをつけられて生活することになった。


 これがかなり不便。


 部屋の中を動くときはもちろん、寝ているときも手足を引っ張られるような感覚があるから寝づらいし、寝返りもうてない。


 まあ……下着を上下に動かすくらいはできるから、メイドさんといっしょにお手洗いする事態は回避できたのは唯一の救いだけど。


 そんなわけで、おもりのせいでナイフとフォークもうまく使えないボクは、食事のたびにリーゼに手伝ってもらっていた。


「リーゼ、もっとお肉!

 お肉、ちょうだい!」


「はいはい。

 あーん」


「あーん……ぱくっ!

 うんっ、おいしい」


「はぁ……」


 ボクがお肉を食べていると、リーゼが露骨にため息をついた。


「あのぉ、食事中に思い切りため息をつかないでほしいんだけど」


「アンタがのん気すぎるからでしょうが。

 おかしいと思わないの?」


「んー?」


「あたしたちはエルフ王に負けてここに閉じ込められてるのよ?

 普通なら牢屋に入れて、適当な罪で処罰しておしまいなの。

 なのに、こんな上等な部屋を用意して、食事までいいものを用意してくれるなんて、どう考えてもおかしいでしょ」


「それは、ルナがうまくエルフ王と交渉してくれたからじゃないの?」


 ボクの返事に、リーゼが「むぅ……」と口を噤んだ。


 この部屋で目を覚ました最初の夜のことだった。


 ボクたち宛てに手紙が届いた。


 差出人はルナ。


 手紙によると、ルナは別室に捕まっており、そこでエルフ王と交渉をしたところ、エルフの国はボクたちを客として扱うことを決めたらしい。


 さすがはルナ。


 ボクたちのリーダーだよ。


「本当に、そうなのかしら……」


「なぁにリーゼ、疑ってるの?

 手紙の字はルナのものだって、いっしょに確かめたでしょ」


「そうなんだけど……

 しっくりこないのよね。

 ルナがどんな条件を提示したのか知らないけど、兵士と争っていたあたしたちを『この程度の縛り』で客室に通すなんて」


 リーゼは首にはめれた金属質のベルトに触れる。


 チョーカーのようにも見えるそのベルトは魔道具──魔力を流すことで発動するタイプの道具で、リーゼのものは体内の魔力の高まりを感知すると、首がしまるようになっている。


 ボクのおもりと同じで、魔法使いのリーゼが暴れないようにはめられた枷だ。


「ルナの交渉力がすごかったってことでしょ。

 手紙にはボクのおもりとそのチョーカーだって、今日の夜には外してもらえるようにするって書いてあったし。

 素直にルナをほめてあげようよ」


「やばいものを対価に差し出してなきゃいいけど」


「もぉ、リーゼったら……

 ルナがすごいことしているところはちゃんと認めてあげなよ。

 ほら、このお肉もルナの交渉とボクの猫のマネがうまかった成果なんだから。

 もっと食べさせて」


「フン」


 リーゼは再びをお肉を切って……って、ちょっと大きくない?


 もう少し小さく……ちょっ、そんな大きいの入らないから!!


「お肉が食べたいんでしょ?

 しばらく口を塞いで味わってなさい」


「ふぐっ!」


 ひどい!


 うぅぅ……無理やり入れられたお肉が口の中に広がって、うまく噛めない!


 リーゼのバカー!


「──ください。

 殿下には従者以外は誰も入れるなと……」


「そんなもの関係ありません。

 わたくしは中の者に用があるのです」


 ……ん?


 部屋の外が騒がしい。


 メイドさんと、誰かが言い争っているみたい。


 なんだろう……


 そのとき、バーン! と、勢いよく部屋の扉が開かれた。


 入ってきたのは、薄緑色の髪をなびかせ、きれいなドレスに身を包んだエルフ。


 その勝ち気そうな黄金の目が、テーブルにいるボクたちを捉えている。


 あれ、この目はどこかで……


「あなたたちが、リーゼさんとマイアさんですね?」


「そうだけど、どちら様?」


 リーゼがうろんな目をドレスのエルフさんに向ける。


「これは失礼しました。

 わたくしは、ヴィルギニア・ヴィー・イグドラシル──王の妹といえば、おおよそ伝わりますか?」


 エルフ王の妹?


 って、ことはエルフの国のお姫様!?


「そんな人が、どうしてここに?

 見てのとおり、あたしたちはここで大人しく生活していますけど、それが問題でも?」


「ええ、大問題です。

 あなた方はこんなところにいてはいけません」


 エルフ王の妹は、お姫様らしからぬ大股でイスに腰掛けるリーゼの前まで近づいて来た。


「な、何よ──」


 次の瞬間、お姫様の手に握られていた先のとがった何かが、リーゼの首に突き刺された。


「リーゼッ!?」


 ──ガチャリ。


 ……え?


 リーゼの首にあった、魔法を封じるチョーカーが外れていた。


「そちらの方の分もあります」


 エルフのお姫様はリーゼの首に向けたものとは違う、先のとがった何か──鍵を取り出して、ボクの両手足の自由を奪っている鎖付きのおもりを外してくれた。


 わぁぁ……久しぶりの自由。


 これでお肉も自分でお腹いっぱい食べられる。


「それで、こんなことをして、あたしたちに何をさせようって言うの?」


 リーゼは首をさすりながらエルフのお姫様に質問する。


 そうだよね。


 ボクたちはエルフ王の命令でこの部屋に捕まっていたわけで、それを破って解放するってことは何か理由があるはずだよね!


「理由を説明している時間はありません。

 あなた方はこの城から早くお逃げなさい」


「そんなこと言われて『はい、そうですか』ってわけにはいかないわ。

 王族同士のもめごとに巻き込まれるなら、ここでしばらく猫被っているわよ。

 ここにいれば、お客さんとして扱ってくれるみたいだからね」


 イスに深く座り直すリーゼ。


 エルフのお姫様は肩をすくめるような仕草をした。


「……そうですか。

 あなた方は何も知らされていないのですね」


「どういうことよ」


「もう少しで、エルフ王の婚姻の儀式が始まります。

 そのお相手は、ルナさんです」


「なっ、なんでルナがっ!?」


 ボクは大声で叫んでしまった。


 だって、ルナだよ?


 ルナがどうしてエルフ王と結婚することになっているの!?


「わたくしもメイドに聞いて知ったのですが、ルナさんには特別な血が流れているようです。

 それを私の兄が欲したようですね」


 ルナにそんな秘密が……


 ボクたちも知らなかった。


「あのバカ!

 やっぱりやばいもの差し出してるじゃない!

 そりゃあ、あたしたちの待遇もよくなるわよ。

 伴侶になる女の仲間なんだからね!

 だけど、そんなことされてあたしたちが喜ぶと思ったの!?」


 テーブルを叩いたリーゼの背中から陽炎のようなもので出ていた。


 たぶん魔力があふれて、炎の魔法を発現させようとしているんだと思う。


 それだけ、怒っているんだよね。


 エルフ王というよりも、ルナにそんなことをさせた自分に。


 その気持ちはよくわかる。


 ボクも同じだからね。


「お姫様……ヴィルギニアさんだっけ?

 式場ってどこ?

 今から行ってぶっ壊してくるよ」


 ボクは猫耳のヘヤバンドをテーブルの上に置いた。


 仲間が無理やり婚姻させられそうになっているのに、猫を被っている場合じゃない。


 やることをやる。


 だからとりあえず会場をめちゃくちゃにしてやるんだ!


「わたくしはあなた方を逃がすように、ある方から頼まれたのですが」


 ヴィルギニアさんは、ボクとリーゼを見たあと「はぁ……」とお姫様に似合わない深いため息をついた。


「……わかりました。

 案内しましょう。

 ただし、約束してください。

 エルフ王とは戦わないようにしてください。

 戦ったら勝てませんので。

 あくまでルナさんを逃がすことだけを考えてください」


「……わかったよ」


 ヴィルギニアさんにはそう答えてリーゼを見ると、大きくうなずいていた。


 だけど、その目は式場ごと燃やし尽くす気満々だった。


 だからボクはリーゼが燃やしやすいように、大きなものからぶっ壊していかなくちゃね。


 ふふふ、楽しみだなぁ。


「はぁぁ……」


 そんなボクたちを見ていたヴィルギニアさんは、また大きなため息をついた。


「……ま、今さら大人しくしろと言っても無理でしょうね。

 ついてきてください。

 メイドにあなた方の装備の場所まで案内させます。

 そのあと、式場へ向かいましょう」


「うんっ!」

 

 ボクとリーゼはヴィルギニアさんのあとについて、囚われていた部屋を出た。

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