第107話 エルフの城に向かう

 エルフ王の華燭の典 、当日。


 王都ヴィーザルは活気に満ちていた。


 通りを行きかうエルフたちの顔は明るく、露店ではエルフ王の婚姻を祝うサービス価格で商品が売られている。


 長寿の種族ということもあり、200年前の魔王軍の戦いを知る者も少なくないため、「国の英雄であるエルフ王に伴侶が!」と、国中で盛り上がっているんだろう。


 さらに婚姻は次世代の英雄の誕生を期待させるものでもある。


 エルフという種族が繁栄していくのに、これほど嬉しいニュースはないだろう。


 で、俺は今からそれを壊しにいくわけだけど……


「恨まれるよなー」


「なんスか?

 今さら怖気づいたんスか?」


 漏らした独り言に、律儀に返事をしてくれたのは、隣を歩くウェルンだ。


 彼女は今、俺といっしょに大通りを歩いていた。


 その背には大きなリュックを背負っている。


 これから王城に乗り込むのに、大層な荷物だ。


 いや、王城に行くからこそ、荷物が多いのかもしれない。


「怖気づいてはいないよ。

 ただ、盛り上がっているエルフたちを見ると、悪いことしちゃうよなーとは思う」


「じゃあ、行くのやめるッスか?」


「それはない」


 エルフ王と婚姻する相手はルナだ。


 少なくとも、彼女の意思を聞くまでは、婚姻を止めるように動く。


 ルナの性格からして、エルフ王とこれほどの短期間で婚姻を結ぶとは思えないからな。


 何か理由があったんだろう。


 あーでも、一目ぼれって線もあるのか?


 エルフ王はエルフの中でも際立って美形だからな。


 国中のエルフの女性からひっきりなしに婚約のお願いが来る──そんな設定にしたはず。


 もし、ルナもそうだとしたら……


 …………


 ……ま、そのときは土下座したあとで、ふたりを祝福するとしよう。


「仲間は必ず助けるよ」


「それを聞いて安心したッス。

 せっかく準備したんスからね」


 ウェルンの目は俺のコートの下に隠した鞘に向けられていた。


「万が一に抜くことがあっても、抵抗くらいはできるはずッス」


「充分だよ、ありがとな」


「気にしなくていいッスよ。

 ミツキさんにはいろいろとお世話になったッスから」


「……そこまで何かした気はないんだけどな」


「そう思ってるのはミツキさんだけッス。

 さてと」


 話しながら歩いているうちに、俺たちは王城へと続く橋の前まで来ていた。


 目の前には、船が行き来できるほどの幅の川が流れている。


 その上に伸びる巨大な植物のツルのような大橋を渡ると、エルフの城だ。


 この橋を渡るには、入城の許可を持っていないといけない。


 橋の前には兵士が立っており、今も城で行われる華燭の典に参加する者たちが、許可を取るための列を作っている。


 おめでたい場だからちょっとくらい融通を利かせてくれてもいいと思うんだけど、ダメらしい。


 エルフは、真面目だな。


 そう設定したのは、俺だけど。


「ミツキさん、ウチといっしょなら橋を渡ったところまでいけるッスけど……本当にここからひとりでいくつもりッスか?」


「ああ、もしも俺が森の外の人間ってことで兵士に囲まれると面倒だからな。

 それに、二手に分かれておけば、俺が失敗した場合もウェルンは城に入れるから、ルナを救出できる確率を上げられるしな」


「ウチ……ウェルンは、ただのエルフの鍛冶師なんスけど……」


 ウェルンはそう呟いたあと、真面目な顔になった。


「ミツキさん、作戦前にひとつだけ聞いてもいいッスか?」


「何でもどうぞ」


「──ウチのこと、どこで気づきました?」


 眼鏡の奥にある金色の瞳が、じっと俺の顔を見つめてくる。


 きれいな瞳だ。


 だけど、少し威圧的でもある。


「さぁな。

 何のことだか、俺はわからないよ」


「む……」


 ウェルンは肩透かしを食らったような顔になっていた。


「……ま、いいッス。

 ミツキさんに助けてもらったのには違いないッスから」


 自分の中で納得したのか、ウェルンはそう呟いたあと歩き出す、かと思ったらその場でくるっと回転して、俺に向き直った。


「ミツキさん、最後にもう一度言っておくッス。

 エルフ王とは真正面から戦わないようにするッスよ。

 ウチが割って入っても、エルフ王を止められる自信はないッス」


「そんな心配しなくても大丈夫だ。

 ルナを見つけたら話を聞いて、無理に婚姻が進んでいるようなら、こっそり連れて逃げる」


「絶対ッスよ!

 エルフ王とは戦わずに逃げるッス。

 慈悲深い王でも、婚姻する相手を目の前で連れていく相手には本気を出すはずッス。

 もしエルフ王と戦いになったら、ミツキさんでも勝てないッス」


「わかってるって」


 確かに、今のミツキのでは、エルフ王には勝てない。


 それは『ヴレイヴワールド』を作っていた俺がよく知っている。


 装備でその差をくつがえそうにも、今回は『ディヴァイン・ヘイムダル』や『クスィフォス・アポリュオン』みたいなチート武器もないしな。


「それじゃ、ウチは城に入ったら、ツテを頼ってミツキさんのルナさん以外のお仲間……リーゼさんとマイアさんを探してみるッス」


「よろしくな」


「それとミツキさん、華燭の典の最中にある『世界樹への誓い』よりも前にルナさんを連れ去ってほしいッス。

『世界樹への誓い』は、王族の婚姻をエルフの象徴である神木に誓うもの……これが行われると、ルナさんはエルフとして扱われるッス。

 そうなったら、ルナさんの意思がどうであれ、連れ去ったミツキさんはエルフ王の妻を誘拐した大罪人として、一生エルフから追われるようになるッス」


 へー……その設定は『ヴレイヴワールド』になかったな。


「わかった、気をつけておくよ。

 教えてくれてありがとな」


 ウェルンはなんだかんだ世話を焼いてくれている。


 この作戦がうまくいったら、その分でまたお礼をしないとな。


「では、そろそろ行くッス。

 ミツキさん、ご武運を」


 ウェルンが城に正面から入るため、入城許可を待っている人々の列に並ぶ。


「ウェルンなら、並ばなくてもいいと思うけど……

 ま、それも『ウェルン』としてのロールプレイの一環か」


 俺はその場を離れ、エルフの街の外れに移動した。


 事前に人目につかない場所は調べてある。


 ここから、ルナを迎えにいくとしよう。


「『ウインド・ブラスト』!」


 俺は、風の魔法を発動させて川を渡ることにした。

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