幕間 エルフの城に囚われたルナ

〇ルナ視点


 ヘイムダル王都で初めてアレクシア様と会ったときのことを今でもよく覚えている。


 神話の世界から出てきたような、艶やかな金色の長い髪に、曇のない透き通った青色の瞳。


 それでいて、あの方の微笑みは見ているだけで人の心を落ち着かせるものだった。


 私のような孤児とは住む世界が違う。


 アレクシア様の姿を見るたびにそう思っていた。


 だから最初に王城へお招きいただいたときは、すごく驚いた。


 特にあのときは、今よりもリーゼやマイアと仲がよかったわけではなかったので、どこかで無礼をしたから呼び出されたのかもしれないと、不安でしかなかった。


 けれど、


「貴方がたには、ワタクシの護衛をやってもらいたいのです」


 護衛?


 お姫様の?


 そういうのは、王国の兵士たちのほうが向いていると思いますけれど。


「兵士の方々も悪くはありませんが……近くに強い女性がいらっしゃると、とても落ち着くのです」


 はぁ……そういうものでしょうか。


「そういうものです。

 それになんだかルナさんとは、他人という感じがしないのですよね。

 だからよろしくお願いしますね、ルナさん。

 いえ、ルナ様!」


 アレクシア様は私の手を取り、嬉しそうに微笑んでいた。


 それから私たちは、アレクシア様の護衛をやることになった。


 そういえば……


 ミツキと初めて出会ったのも、アレクシア様の護衛の最中だったなぁ……






 …………


 柔らかい……


「ん……私、いつの間に寝て……

 え?」


 ベッド、それも天蓋のついた高級なもので私は寝かされていた。


 ということは、さっきまで見ていたのは夢……?


 懐かしい。


 高級なベッドで寝ていたせいで、ヘイムダルの城で睡眠を取らせてもらったときのことを思い出したみたいね。


 けれど、ここはヘイムダルではない。


「そうか……私、エルフ王に負けて……」


 エルフの兵士に馬車へ乗せられてからの記憶がない。


 おそらく城についてからこの部屋に運ばれたのだと思う。


 部屋の外が明るいから、一晩中眠っていたみたい。


 牢屋にでも放り込まれると思っていたのに、こんなふかふかなベッドに寝かされるなんて。


 本当に、丁重に扱われたらしい。


 ──ズキンッ!


「つっ……!」


 また頭痛が……


凶神の使徒バーサーカー』を使った反動がまだ残っているみたいね。


「『ヒール』」


 魔法名を告げると、左手に白い光が発生し、近づけた頭全体を覆っていった。


 よかった、魔法は使えるみたい。


 ゆっくりと痛みが引いていくのがわかる。


 ふふ……これもミツキが私に『プリエール・アノー』をくれたからね。


 この指輪には回復魔法を高める効果があるの。


 こんな頭痛だってすぐに治って……


「…………ない」


 左手の人差し指にはめてあったはずの『プリエール・アノー』がない!!


「ど、どこに……」


 ポケットに入れた?


 あれ、ポケットもない……って、え?


 何なの、この服?


 森で身につけていた装備と違う……


 もしかして寝かされたときに、着替えさせられたの?


 くっ……エルフ王め!


 でも、今はいい。


 羞恥で顔が熱いけれど、それよりも、今はミツキにもらった指輪!


 ベッドから降りる。


 部屋を見渡してみると……高級そうな調度品がたくさんあるわね。


 広さはバーラで泊まった部屋の10倍はありそう。


 とてもじゃないけれど、兵士を攻撃した者を泊める部屋ではないわね。


 こんな部屋をあてがうなんて……エルフ王はいったい何を考えているの?


 ……いえ、それよりも先になすべきことをやりましょう。


 これだけ立派な部屋なんだから……あった!


 姿見を発見。


 この鏡にも、端のほうに精緻な装飾を施されているわね……


 でも、見とれてる場合じゃないわ。

 

 早くミツキからもらった指輪を探さないと……


「う……」


 鏡を覗いた私の口からは、うめき声が出てしまった。


「何なのよ、この服……」


 私が着せられていたのは、ヒラヒラしたレースばかりのドレスタイプのネグリジェだった。


 正直、好みではない。


 私は眠るにしても、もう少し動きやすい服のほうが好きだし、ドレスにしてもこれだけスカート丈の長いものは着ない。


 アレクシア様なら似合いそうだけれど……私には不釣り合いね。


 無理して、着てみた感じがすごい。


 こんな姿を、リーゼかマイアに見られたら絶対に笑われる。


 うう……エルフ王め、私をどこまで辱めれば気が済むのかしら!


 …………ふぅ、落ち着きなさい、私。


 指輪を先に見つけなくては。


 このドレスのポケットのどこかに指輪があるかも……

 

 …………


 ない。


 なんとなく察してはいたけれど、装備といっしょに取り上げられたようね。


 それなら、今から取り戻しにいきましょう。


 大丈夫。


 これでも盗賊団のアジトに入って中を探ってくる、潜入依頼だってこなしたことがあるの。


 バレずに戻ってくるくらいできるわ。


 それじゃあ、すぐに指輪を探しに──


 ──ガチャ。


 っ!?


 誰か入ってきた。


「……あら?

 よかった!

 目が覚めたんですね!」


 現れたのは、エルフの女性だった。


 黒っぽいワンピースの上に白いエプロンを重ねて着ている。


 メイドみたいな服……いえ、そもそも、ここが王城だと考えると、エルフのメイドさんで間違いないなさそう。


 でも、なんでメイドさん?


 私は捕まったはずなのに。


「どうかなさいましたか?

 もしかして、どこかお体の具合が悪いとか?」


「あ、いえ……そういうわけでは……」


 いけない。


 メイドさんが本当に心配しているみたいだから思わず普通に話してしまったけれど、ここは敵地だ。


 警戒しながら、しっかりと情報を集めないと。


「私の着ていた服はどこに?」


「あ、それでしたら、ちゃんと洗濯させていただいてますよ。

 装備も腕のいい鍛冶師に見てもらっています」


「え、ええ……?」


 私、今は虜囚なのよね?


 なんだかエルフの国に招かれたみたいな扱いになってない?


 エルフは敵対した相手にもこんなに親切にしてくれる種族なのかしら?


「お医者様もお呼びできますが、お体は本当に大丈夫ですか?」


 い、医者まで……


「問題ありません。

 私は回復魔法も使えますから」


「まあ、素晴らしい才能をお持ちなんですね。

 あの方が気に入られるわけです」


 気に入られる?


 誰にだろう。


 エルフ王?


 まさかね……


「すぐにお食事をご用意しますね」


「──その前に少しよいか」


 メイドさんが部屋を出ていこうとしたところに、別のエルフが現れる。


「……!」


 見間違えるはずがない、エルフ王だ!!


 金色の瞳が、私をじっと捉えている。


 あの瞳は、怖い。


 ただ見つめられるだけで、体が震えて動けなくなる。


 これが圧倒的強者に見られることによる恐怖なのかしら?


「ケガはないようだな」


「……おかげさまで」


 喉からは震える声しか出てこない。


 ダメだ。


 せっかく、エルフ王と話す機会が来たんだから、実力で勝てないなら、言葉で勝つしかないのに。


 これでは、まともな交渉なんてできない。


「喉は渇いているだろう。

 飲み物を持って来てやれ」


 エルフ王が命じるとメイドさんは「かしこまりました」と頭を下げて部屋を出ていった。


 部屋には私とエルフ王だけ。


 交渉、できるだろうか。


 できなければ、逃げる算段をつけなければならない。


 窓から飛び降りればいける?


 この部屋がどのくらいの高さかわからないけれど、『凶神の使徒バーサーカー』と回復魔法を使えばなんとかなるはず。


 ええ、私だけなら、たぶん逃げられる。


 でもそうすると、いっしょに連れてこられたはずの、リーゼやマイアがどうなるかわからない。


 ……逃げる選択肢は、なしね。


 交渉で、どうにかしましょう。


 そこへメイドさんが飲み物を持って戻ってきた。


 早かったので、私の部屋へ来る前にあらかじめ準備していたのかもしれない。


 エルフ王が部屋にあったテーブルのイスを引いて腰をかける。


「座るといい」


 エルフ王が対面を指差す。


「……」


 私は、エルフ王と向き合う形でイスに腰掛けた。


 メイドさんがカップに液体を注ぎ、私に「どうぞ」と差し出してくれた。


「…………」


 エルフ王はこちらを見ている。


 飲んだほうがよさそうね。


 カップを手に取り、口をつけた。


 違和感なく、喉にすっと入ってくる。


 冷たくて、ほんのりと甘い、香りもある、エルフの国のハーブティーかしら?


 森で迷っていたときから何も口に入れていなかったから、すごく落ち着くわね。


「気に入られましたか?」


 メイドさんに聞かれて、私は素直に「はい」と返した。


「では、いくつか聞きたいことがある」


 エルフ王の声に、再び喉が締めあげられるような気がした。


 ここからだ。


 なんとか、逃げ出せるように話を持っていかないと。


 さあ、何から聞いてくる?


「ヘイムダルの国は豊かなままか?」


「えっ?」


「どうした?」


「い、いえ……」


 てっきり、あの森で何をしていたとか、なぜ兵士を攻撃したのかとか聞かれると思っていたけれど、まったく違う質問が来たわね。


 でも、大丈夫。


 答えられものじゃない。


「ヘイムダル王国は、豊かな国です。

 今は王様と妃様が床に臥せていることが多くなったため、姫殿下であるアレクシア様が代わりに国を取り仕切っています」


「む……」


 エルフ王がわずかに首を傾けていた。


 どうしたのだろう?


「お前が、ヘイムダル王国の姫ではないのか?」


「……は?」


 あ、いけない!


 思わず、反射的に言葉が出てきてしまった。


 けれど、いきなり自分のことを姫なんて言われて、驚かないほうがおかしいと思う。


「……質問の意図を理解しかねます。

 私は、ヘイムダル王国出身の冒険者、ルナ・アリアンフロドです。

 ヘイムダル王国の王族ではありません。

 それに、ヘイムダル王国の王族は──」


「魔王を倒した勇者の血筋だ。

 私の友のな」


「…………」

 

 リーゼが言ったことは本当だった。


 この人は、200年前に勇者と共に魔王を倒した『オリハルコン』の冒険者。


『ゴールド』の私たちとは格が違いすぎる。


 私たち3人が勝てるわけないはずよね……


「お前には、私の友である勇者だった人間の血が流れている」


 エルフ王の言葉は続く。


 私をどうしても、勇者の血筋にしたいみたい。


「……なぜそのように断言できるのですか?」


「『凶神の使徒バーサーカー』……あれを理性のある状態で使いこなせたのは、勇者ただひとりだ。

 たいていの場合は制御できずに、自らの力によって命を落とす。

 お前が私に挑んだとき、『凶神の使徒バーサーカー』を使いこなしていた。

 だから、あいつの血が流れているとわかった」


「そう言われても、私はどこにでもいる孤児の出身ですが」


「200年はお前たちのような人にとっては長い。

 どこかの段階で市井しせいに下る王族か、あるいはその配偶者がいたのだろう」


 ……私が、本当に勇者の血を引いている?


 エルフ王はウソを言っているようには見えない。


 けれど、にわかには信じられない。


 だって、私はただの冒険者で、今までそうやって生きてきた。


凶神の使徒バーサーカー』なんて、怒ると勝手に発現して、周囲の人たちを傷つける呪われた能力だ。


 だから私はこの力が大嫌いだった。


 ミツキが来て、抑え方を教えてくれるまでは。


 ……ミツキ。


 彼は、私が勇者の血を引いていると思っているのだろうか。


 それに、アレクシア様は……?


 同じ血が私にも流れていることを知っていたのだろうか。


 そういえば、王都の近くに現れた元魔王軍の四天王も、私に対して何か言っていたような──


「おかわりはいかがですか?」


 メイドさんが空になっていた私のカップにハーブティーを注いでくれた。


 エルフ王とは、少し言葉をかわしただけなのに、ひどく喉が渇く。


「ありがとう、ございます」


 ……落ち着きなさい、私。


 私の生まれがどうであっても、今はどうだっていい。


 ここで、エルフ王と交渉して、無事にリーゼとマイアと城を脱出することが最終目的。


 本当に、私に勇者の血が流れていて、それがエルフ王との交渉に使えるなら、利用しない手はない。


 私はカップを手に取り、ハーブティーを口に運ぶ。


 この香りと味。


 心が落ち着いてくる──


「私は、お前と婚姻をするつもりでいる」


「ブフッ!?

 ケホッ……エホッ……」


 エルフ王の顔にハーブティーを噴き出すという大惨事は防いだ。


 代わりにハーブティーが変なところに入ったけれど。


 というか……人が落ち着こうとしているのに、なんて言った、このエルフ!?


「お前の中に流れる勇者の血には価値がある。

 ゆえに婚姻して、その血を私の一族に取り込む」


「……な、ななんで!

 私は、貴方とは……!」


「動くな」


 エルフ王は身を乗り出すと、指で私の顎を持ち上げた。


 文字通り、目と鼻の先にエルフ王の顔がある。


 それこそ、もう少し前に出れば、唇が触れ合うくらいに……


「な、何を……」


「お前に拒否権はない」


 エルフ王のもう片方の手がナフキンを掴み、私の口の周りに当てられる。


「それに、これはお前の望みでもあるはずだ。

 仲間に手を出さない代わりに、何でも言うことを聞くと」


「!!」


「この国にいる以上、従ってもらう」


 黄金の瞳が、私を見つめている。


 体が、動かない。


 口が……言い返したいのに、口が動かない。


「皆に披露する場はすぐに設ける。

 それまで、エルフの国の風習を学んでおくとよい」


 エルフ王は私の顔から手を離すと部屋から出ていった。


「…………」


 何もできなかった。


 交渉どころか、私の未来すらも一瞬で決められてしまった。


 このままだと、私はエルフ王と……


「ミツキ……」


 いつも助けに来てくれた彼。


 だけど、今は私の傍にいない。


 それに、もし来てくれたとしても、ミツキでもエルフ王には敵わない。


 私は何もはめられていない右手の人差し指を見て、テーブルの上に力なく伏せることしかできなかった。


 





 

 

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