幕間 ルナVSエルフの王

〇ルナ視点


 私は、ルナ。


 冒険者パーティ『グレイスウインド』のリーダー。


 メンバーのために体を張るのも仕事のひとつ。


 だけど、今回はそれが果たせなかった……


 私たちは魔法が使えなくなる迷いの森で、エルフの兵士に襲われた。


 それを撃退している最中に、エルフの王が現れ、その攻撃を受けたマイアが崩れ落ちた。


 マイアをよくも……!


 体から漏れ出す赤い光が、視界が真っ赤に染める。


 私は、盾でエルフの王に殴りかかった。


 ガンと頭の中まで揺らす衝撃が体を貫く。


「くっ!」


 私の一撃はエルフ王の左手で受け止められていた。


 盾を押し込もうと力を込めたけれど、まるで動かない。


 この人、私の本気の一撃を受け止めるの!?


「『凶神の使徒バーサーカー』か。

 こんなところでアイツの血を引く者と出会うとは」


 アイツ?


 誰のことか、わからない。


 だけど、今はどうでもいい。


 この人をマイアから引き離して、リーゼといっしょに逃げる。


 それが最善の手だ。


 追ってきたら撃退すればいい。


 私の力なら、それができる!!


「アアアアアアアアア!!」


 エルフ王の体を蹴って、後方に着地。


 そのまま剣を鞘から抜き放ち、突きを繰り出す。


 狙うのは、エルフ王の首。


凶神の使徒バーサーカー』の速さと力なら、防げないでしょう!


 ──キン!!


「……な、にっ?」


 私の剣閃は、無造作に差し出された弓に受け止められていた。


 弓……この人、後衛のアタッカー?


 なのに『凶神の使徒バーサーカー』の私の攻撃を防いだというの!?


「経験不足。

 しかし、筋はいい」


「っ!?」


 エルフ王の手が動いたのを見て、私は飛び退った。


 捕まったらおしまいだ。


 速さでかく乱して、なんとか隙をつくしかない。


「陛下、倒れていた者の処置が完了しました」


「そうか」


 兵士の報告に合わせて、王の視線がわずかにそちらへ向く。


 ここだ!


 私は、思い切り地面を蹴った。


 腕を引きしぼって、全力で突き出す。


 エルフ王の意識が離れた一瞬に、この一撃!


 絶対に届かせる!


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 ──そこで信じられないものを見た。


「なっ!?」


 刃が素手で掴まれた!?


 こんなことって……


「このっ……!」


 抜けない!


 近接タイプじゃないはずなのに、なんて力!


 これが、勇者のパーティメンバー……!


「では、こちらも終わらせるか」


「……!!」


 エルフ王の視線が注がれた瞬間、全身を悪寒が貫いた。


 私は剣を離し、エルフ王と距離を取った。


 弓使い相手に距離を取るのなんて愚策もいいところだ。


 けれど、そうしなければ確実にやられていた。


 大丈夫。


 まだ盾は残っている。


 これで頭を思い切り殴れば──


 ──ズキンッ!


「ぐあぁぁぁっ!!」


 痛い、頭が……!


 こんなときに、限界が来るなんて……


「『ヒール』!」


 …………ダメ。


 回復魔法が発動しない。


 この森だと、魔法を使うことができない。


 くっ、頭が……


「どうした?」


 エルフ王が不思議そうにこちらを見ている。


凶神の使徒バーサーカー』のことは知っていたけれど、その反動については知らないのかもしれない。


 気づかれていないなら、まだやれる。


 私は、まだ──


 そのとき、私の前に小さな背中が現われた。


「アンタはそこで休んでなさい」


「リーゼ……」


「ここはあたしがやるから、マイアといっしょに逃げるのよ。

 凶神の使徒バーサーカー』の足ならできるでしょ」


「ダメよ。

 貴方だって、魔法が……」


「フン。

 そんなの知ったこっちゃないのよ。

 あたしが全力で魔力を注ぎ込めば、魔法のひとつやふたつ、楽勝なんだからね!」


 リーゼは、『魔鏡の杖』を地面に突き立てた。


「『ヘル・ブレイズ・エンプレス・パレス』!!」


 リーゼが魔法名を唱えると、熱風が吹き荒び、森の中に炎の宮殿が屹立した。


 魔法が発動したの!?


 この森、魔法を封じる力があったはずじゃあ……


 リーゼの内包する魔力の量?


 それとも、魔法のレベル?


 わからないけれど、リーゼの魔法は成功した。


 だけど、この魔法はリーゼの切り札。


 これが破られたら、もう打つ手がない。


「さぁ、エルフの王フレデリク・アールヴ・イグドラシル。

 熱い舞踏会を始めましょう!

『ヘル・ブレイズ・エンプレス・ウォーリア』!!」


 リーゼが再び魔法名を告げると、炎の宮殿の扉が開き、中から燃え盛る人型が、6体現れた。


 まるで炎の兵士。


 それもリーゼは操れるらしい。


 いつの間にこんな魔法を……


「行きなさい、あたしのシモベたち!」


 号令を下すと、炎の兵士たちはエルフ王に向かっていった。


凶神の使徒バーサーカー』状態だからなのか、あの炎の兵士からは強い力を感じる。


 おそらく、1体でも私と同じくらいの力があるのだろう。


 確かにこれならエルフ王の足止めはできるかもしれない。


 ……今のうちに私はマイアを回収して、魔力の切れたリーゼを引っ張っていく算段をつけないと……


「…………」


 ──ゾクッ!


 何?


 また悪寒が……


 エルフ王が弓を構えている……?


「──水の精霊よ。

 汝、我との契約に応え、その力の一端を与えん」


 祝詞のような言葉をエルフ王がつぶやくと、その手に持つ弓の宝石のひとつが青い輝きを放ち始めた。


 ……違う、あれは宝石じゃない!


 全部、魔石だ。


 ミツキがくれた『プリエール・アノー』についているものと同じくらいの強力な魔石!


「我はイグドラシル。

 世界樹の加護を受けし一族。

 その祝福されし、血脈の力をここに顕さん」


 エルフ王の番えた矢に膨大な魔力が集まっているのがわかる!


 止めないとまずい!


「リーゼ!」


「炎のシモベよ!

 その男を止めろ!」


 炎の兵士が足を速めてエルフの王に飛び掛かる。


 だけど──


「『ディバイド・オケアノス』」


 魔法を込めた矢は発射された。


 矢先に触れた瞬間、炎の兵士は消失し、リーゼの建てた炎の宮殿は城壁もろとも貫いた。


 さらに、矢は後ろにあった木々を削り取り、森の一部をはぎ取っていた。


「少々、威力を上げすぎたか」


 辺りを包んでいた熱気が急激に冷気へと変わる中、エルフ王が弓を下ろす。


 その顔には汗ひとつとして流れていなかった。


 …………勝てない。


 この人には、何をやっても勝てない。


「バカルナ……

 早く、逃げなさい……」


 魔力切れになって、その場で倒れ込んだリーゼが、弱々しい力で私を押していた。


「くっ……!」


 逃げなきゃ。


 私だけでも逃げて、ミツキにこのことを……!


 このことを……


 ……知らせてどうなるの?


 彼だって無敵ではない。


 私たちがやられたと知れば、エルフ王にだって挑んでくれるかもしれない。


 だけど、彼でも勝てない。


 そうしたら、またヘイムダル王都で元魔王軍の四天王に負けたときみたいに、彼の顔をくもらせてしまうかもしれない。


 私たちが足手まといにならなければ、あの人はきっと負けることなく、もっと高いところへ進んでいける。


 女神に会うなんて、荒唐無稽なことだってきっとやってのけるはず。


 それなら、私は……


「気は済んだか?」


 気がつくと、エルフ王が膝をついた私を見下ろしていた。

 

 金色の瞳が、私の自由を奪ってくる。


 それでも私は無理やり口を動かした。


「お願いが、あり……ます……」


 唇を噛んで、その痛みでエルフ王の威圧感に呑まれないように。


 言葉を吐き出す。

 

「仲間には何もしないで、ください……

 私は、何でも……貴方の望みのままに……」


「……そうか」


 エルフ王はそれだけ言うと踵を返した。


「この者たちを城へ連れていく。

 丁重に扱え」


「「「ははっ!」」」


 命令を受けた兵士たちが私に近づいてくる。


 どうやら、ここで処刑とはならないようだ。


 城に連れて行ってくれるようだけれど、そこで話ができれば……


「この女、よくも俺をコケにしてくれたな!」


 エルフの兵士のひとりが剣の鞘を振り上げた。


 この人は、私が剣で殴って気絶させたエルフね。


 少し痛いかもしれないけれど、それで彼の気が済むなら──マイアとリーゼが無事なら、殴られるしかない。


「何をしている」


 エルフ王の声にエルフの兵士の動きを止める。


「二度は言わない。

 わかるな?」


「ははぁ……っ!!

 失礼いたしました!!」


 エルフの兵士は鞘を収めた。


「ど、どうぞこちらへ……」


 先ほどとは打って変わって、青ざめた顔で私を丁寧に扱い始めた。


 ……エルフ王の権力は絶対なのは、間違いないようね。


 うまく交渉さえできれば、無事に城から出られるかもしれない。


『グレイスウインド』のリーダーとして、メンバーを助けないと。




 それから私たちは近くにあったエルフの馬車へと押し込まれた。


 監視の目はなかったけれど、馬車に乗った瞬間、急な眠気に襲われた。


 体力の限界だったのか、馬車に眠り薬が仕掛けてあったのかはわからない。

 

 揺れる車内で、私はまどろみの中へと落ちていった。

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