第90話 VS酔っ払い
ステージの端に上がると、もう一方の端に集まっていた冒険者たちは、すでに臨戦態勢になっていた。
雄たけびを上げ、気合を入れている。
武器こそ出していないが……やる気だな。
そんな32人を相手に完封しろなんて、無茶なことを頼まれたものだ。
「さぁ!!
これより英雄ミツキとバーラの冒険者たちによる、特別マッチの開催だ!
みんな、見ていってくれよな!!」
「おぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
アグハトが会場にいる人たちを盛り上げている。
これなら、冒険者たちが、俺を囲んでどうにかしようとしているとは思われないだろう。
アレクシアも、イベントのひとつだと思ったようで、こちらを興味深そうに見ている。
お姫様といっても、ヘイムダルは勇者の血筋だからな。
冒険者同士のバトルという、お姫様が見るには少々過激な催し物も受け入れられるようだ。
そんな中、ルナたちはというと……
「ミツキー、その方々が二度と歯向かわないようにしてくださーい!」
「燃やせ!
全部燃やし尽くしなさい!」
「あははは……ミツキ、がんばれー」
マイアは応援してくれているが……ルナとリーゼは怖いことを言っている。
まだ怒っているみたいだな。
あのふたりを放っておいたら、間違いなく流血沙汰だったので、俺が戦うという判断は正しかったのだろう。
とにかく頑張るとしますか。
「準備はいいか?」
アグハトの確認にうなずく。
冒険者たちは「おうっ!!」と雄たけびを返事代わりとしていた。
「それでは、はじめ!!」
「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」
開始の合図とともに冒険者たちが俺に向かって突っ込んでくる。
練術や魔法を使う気配は……ない。
あれ?
もしかして、本当に俺を殴りたいだけなのか?
冒険者の男たちをここまで動かすなんて、ルナたちの人気には驚かされるな。
……だからって、ルナたちを渡すつもりはない。
本人たちが望んでいないことを強制するのはダメだ。
まとめて頭を冷やしてもらおう。
「『ウインド・ウォール』」
俺はレベル1の風の魔法を発動させた。
「うおっ!?」
集団の先頭にいた冒険者は急停止。
その結果、
「あがっ!?
テメエ、いきなり止まるなよ!!」
後ろから来た冒険者たちに押される形となっていた。
そして、「なんだと!?」「やんのか、こら!?」と始まる小競り合い。
俺と戦うことを完全に忘れているな。
……ああ、さらに後ろから来た冒険者に怒鳴られている。
やはり酔っているんだろう。
ま、俺にとっては好都合だ。
小競り合いで固まっているのを利用させてもらう。
「『アクア・コフィン』」
冒険者たちを包み込むように、ステージ上に水の棺桶が出現した。
『アクア・コフィン』は、本来なら大型のモンスター1体を、出現させた水の棺桶に閉じ込める魔法だ。
人間なら10人くらいが定員だが、魔法の有効範囲に密集していればその限りではない。
ちょっとばかり魔力を多めにして棺を大きくしている。
そのかいもあってか、ステージ上にいるすべての冒険者を水の中へと閉じ込めることができた。
うまくいったな。
「ガボガボゴボ……」
陸地で水没という珍しい経験をした冒険者たちだったが、すでに状況を理解して水の棺から出ようともがき始めている。
その判断の速さは、さすがだ。
普段からモンスターと戦っている分、対応力がある。
だけど、そう簡単に逃がすつもりはない。
俺は風の壁を消し、水の中に魔法を追加する。
「『ウインド・ブラスト』!」
突如として、水の中に風の魔法で作った巨大な渦が発生する。
「ゴボボボボボボボボボボ……!!」
まるで洗濯機の中のように、水の中を冒険者たちがすごい勢いで回り始めた。
もちろん、風の勢いで冒険者が水の外へ飛び出して来ないよう、魔法を調整する。
なかなか神経を使うが、実戦ではないので多少雑になってもいいだろう。
「ボボッ、ボボボボボボボッ!!」
水の中にいる冒険者のひとりが何か言っているようだけど、聞こえない。
もしかして、止めてほしいのか?
大丈夫だ。
あと1分くらいで止めるから。
冒険者たちには聞こえないかもしれないが、観客たちも歓声を上げている。
戦いがお気に召したというよりも、水の渦の魔法が珍しいようだ。
もう少し盛り上げるか?
視線で尋ねると、アグハトは左右に首を振った。
そろそろ頭も冷えただろうから、解放してやれ、と。
そうだな。
俺は『ウインド・ブラスト』を止め、水の棺をステージの下へ移動させる。
そして、ステージの陰で冒険者たちを解放した。
「ケホカホ……あふぅ……」
水の棺桶から放り出された冒険者は、倒れたまま咳き込んでいるが……命に別状はなさそうだな。
彼らだって、だてに冒険者ではない。
ちょっと水の中でシェイクしすぎて、俺への不満とともいろいろなものを吐き出してしまっているが、そのうちケロッとして動き出すはずだ。
それはさておき、会場はというと、
「大規模魔法が決まった!!
勝者は、ミツキだぁぁぁぁ!!!」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁ──っ!!」
アグハトの司会に続いて、戦いを見ていた人々から歓声とともに拍手が送られてきた。
バーラの冒険者たちを踏み台にしたような形だが、酔っ払って勝負を申し込んだのは向こうなので、そこは許してほしい。
ともあれ、大きな騒ぎにならなくてよかった……
放っておいたら、水たまりではなく、血だまりが出来ていただろうからな。
それじゃあ、お役御免になったし、俺も立食パーティを続けて……
「…………ん?」
アグハトと冒険者ギルドの職員が何か話してるな……
何かあったのか?
「えー……予定にはありませんでしたが、ここでお知らせがあります!」
やがてアグハトが再び大声を張り上げた。
何のことか気になったが、アグハトの視線での返事は「そのままステージにいろ」とのこと。
むぅ……また何か突発的なイベントか?
そろそろ何か食べたいんだけど……
「ここにいるミツキと『グレイスウインド』3名の冒険者のランクアップについてです!!」
あー、そういえば、バーラの街でプレイヤーが『ゴールド』に上がるイベントを設定してたっけな?
ルナたちが上がるかは、イベントの達成度しだいだが、今回は俺といっしょに『ゴールド』に上がれるようだ。
まあ、3人の実力なら妥当だろう。
冒険者としての貢献度も、バーラの街を救ったからクリアしているしな。
「今回『ゴールド』の冒険者となるのは、ルナ・アリアンフロド、リーゼ・ペルサキス、マイア・ロペス……」
アグハトからの紹介で、ルナたちに会場の人々の視線が集まった。
そして、ルナたちの可憐なドレス姿を目にした人々から大きな拍手と歓声が巻き起こる。
それに対して、ルナはお辞儀を返し、リーゼは自信満々な笑みを浮かべ、マイアは照れた様子で大きく手を振って、それぞれ応えている。
『ゴールド』のランクは、世間の評価では街を代表する冒険者だ。
街の英雄といってもいい。
嬉しそうな3人の様子を見ていると、俺まで嬉しくなる。
うん、よかったよかった。
「そして、先ほど会場をわかせてくれた、ミツキですが……
彼には──」
そこで、アグハトはわざとらしくタメを作った。
なんだろう?
ルナたちみたいな美少女冒険者の後だと、確かに驚きにかけるけど、同じ『ゴールド』へのランクアップなんだから、わざわざそんな演出をしなくても……
「『シルバー』から2階級のランクアップ……
『プラチナ』です!!
国を代表する冒険者……ヘイムダル王国の新たな英雄の誕生に、大きな拍手を!!!」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
……………………
えええええええええええええっ!!?
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