第88話 式典の開始

 式典当日。


 開催に合わせて、冒険者が宿まで呼びに来てくれた。


 俺たち『グレイスウインド』のメンバーが式典の主役らしい。


 ……え?


 そんな話、初めて聞いたけど?


 エンプサに捕まったけど、無事に帰ってこられた人たちじゃないの?


 アレクシアから褒美の授与もある?


 うーん……『ヴレイヴワールド』では発生しないイベントだから、全体が把握できていなかった。


 ただ、街の住民の前で、アレクシアから何かもらうなら、スーツを買っておいて正解だったな。

 

 装備も買ったばかりだけど、お姫様の前じゃ荒くれ者しか見えないし。


 呼びに来てくれた冒険者には「準備ができたら行く」と伝えておく。


 冒険者を見送ったあと、俺は自室に戻ってスーツに着替えた。


 姿見で確認。


 ……無難。


 リクルートスーツほどではないが、式典の主役のスーツかと言われると、地味だ……


 まあ、派手にしすぎて悪目立ちするよりはいいか。


 どこかおかしなところがないか確認したあと、ルナたちを待つために宿の下にある喫茶店に移動する。


 ほどなくして、上の階から足音が聞こえてきた。


「お待たせしました」


 ルナを先頭に『グレイスウインド』の女性陣が降りてくる。


 ルナは淡い紫色のフォーマルドレス。


 リーゼは赤と黒が鮮やかなパーティドレス。


 マイアは青地に金色の糸で装飾されたチャイナドレス。


 アイーダは水色の新しいワンピース。


 みんな、すごく似合っている。


『ヴレイヴワールド』では、各キャラクターに似合うドレスも大量に作られたが、それもこの世界に反映されているらしい。


「こんなにいるの?」とデザイナーさんが苦悩しながらも作ってくれたドレス……その中でもさらに選りすぐりのものをルナたちに着てもらっている。


 それが3人(とアイーダ)並ぶと華やかさが段違い。


 それが見られる俺は、幸せなのかもしれない。


「ミツキ、どうかしましたか?」


 俺があまりにもじっと見ていたので、ルナが気になったようだ。


「いや、ごめん。

 みんながキレイだったから、見とれてた」


 素直に伝える。


 キャラクターとドレスを考えた日々がよみがえってきて、「本当にカワイイ!!」と、絶叫したいところだけど、さすがにやめておく。


 ここはゲームではなく、現実だからな。


 急に叫んでおかしくなったと思われても困る。


 感激は自分の中に秘めておこう。


「そ、そうですか……

 ありがとうございます」


「ま、まあ……悪い気はしないわね」


「あははは……まだちょっと恥ずかしいけど、嬉しいよ」


 ルナ、リーゼ、マイアは、感想を賛辞と受け取ったようで、顔を赤くしていた。


 3人とも普段は冒険者だからな。


 ドレスを着てほめられるのに、慣れていないのだろう。


「フン、我は竜神の長の娘なのだ!

 人の身でも、美しいのは当然なのだ!!」


 アイーダはひとりだけ腕を組んで偉そうにしていた。


 この子は本当にいつもどおりだ。


 さて、準備はできた。


 出かけるとしよう。


 と、喫茶店から出ようとしたところで、誰かが入店してきた。


「おはようございます。

『グレイスウインド』の皆さんはいらっしゃいますか?」


 ミーリアだった。


 彼女もドレスを着ている。


 アグハトと一緒に式典に出席するのだろう。


 しかし、どうしてここに?


「ミーリアさん」


「まぁ、ルナ様……

 それに皆様も……すごくキレイです!!」


 ミーリアは興奮した様子でルナに近づいていく。


「ミーリアさんには、私たちの補佐をお願いしたんです」


 ルナが俺の疑問に答えてくれた。


 なるほど、確かに3人とも慣れないドレスだからな。


 サポートしてくれる人が必要だろう。


「補佐だなんて、とんでもない!

 一緒に式典に出られて、私のほうが嬉しいんですから!」


 そう言いつつ、早速ルナたちのドレスにおかしなところがないかチェックしてくれている。


 ありがたい。


 ひと通りチェックが終わったら、出かけるとしよう。




 式典会場は、アンダイン大浴場近くの広場だった。


 モンスターが街に攻め込まれた際には、ここに防衛ラインを敷いていたらしいが、今は式典用のステージが設置され、食事ができるスペースも設けられている。


 そこから伸びる道には、たくさん出店が出ている。


 参加人数が多かったり、アレクシアが来ることになったりで式典になったが、元々は祝いの宴だったので、そちらの雰囲気が色濃いのだろう。


 俺たちはゲストの席に案内された。


「うぅ……緊張してきたよー!」


 マイアが俺たちの気持ちを代弁をしてくれた。


 ルナとリーゼも、声にこそ出さないが表情が硬い。


 アイーダは出店のほうばかり見ている。


 式典が終わったら食べに行こうと思っているのが丸わかりだ。


 しかし、このときばかりはその能天気さがうらやましい。


 このあとスピーチかと思うと……うっ……胃の辺りが……


「兄ちゃんたち、待たせたな」


 席で出番を待っているとアグハトがやってきた。


 彼はいつもの無骨な全身鎧フルプレートではなく、白く磨かれた式典用の鎧を着ている。


 街を代表する冒険者なので、そういった装備も持っているのだ。


 俺もそっちにすればよかったかな……


「ついて来てくれ。

 姫殿下もすぐに来る」


 言われるままに、俺たちはアグハトのあとについていく。


 ステージへ……かと思ったら、逆方向に歩きだした。


 なぜ、外に?


 その疑問をたずねる前に、連れ出される。


 そこには、荷台の屋根の部分が取り外された馬車が並んでいた。


「乗ってくれ」


 ……え?


「コイツでバーラ中を回る」


 …………え?


 ルナたちも見る。


 ルナもリーゼもマイアも「知らない」と首を振っていた。


「せっかくの英雄たちの晴れ舞台だ。

 街の住民たちの近くに姿を見せないなんて野暮だろう?」


「…………」


 この筋肉ムキムキが余計なことを考えたらしい。


 パレードなんて、聞いてないぞ!?


 そうこうしているうちに、アレクシアが到着。


「ごきげんよう」と挨拶してきたかと思ったら、ドレスとは思えない速さで近寄ってきた。


「ルナ様のドレス姿……!?

 それに、リーゼ様と、マイア様も……!

 ……わたくし、今まで生きてきてよかったです……」


 アレクシアは泣きながら喜んでいた。


 どうやら、アレクシアもパレードに参加するらしい。


 まあ、お姫様だからな。


 パレードもするだろう。


 俺たちは、ただの冒険者なんだけどな……


「皆様とご一緒できて嬉しいです!」


 あー、アレクシアが楽しみにしちゃってる。


 ここで強く反対したら、アレクシアの不評を買うかもしれない。


 俺はともかく、ルナ、リーゼ、マイアは反対できないだろう。


 はめられた……!


 アグハトを見ると、いい笑顔で親指を立ててきた。


 コイツ、あとで覚えておけよ!


 こうして、バーラでの式典は、俺たちのパレードからスタートした。

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