第87話 お姫様の到着

 式典を明日に控えた日のこと。


 兵士たちに護衛された高級馬車が、バーラの街に到着した。


 人々が出迎える中、馬車の中から現れたのは、きらびやかなドレスを身にまとった金色の髪のお姫様。


「皆様、お出迎え感謝いたします。

 よろしくお願いしますね」


 アレクシア・グレイス・ヘイムダルは、よく通る声で出迎えた人々に挨拶をすると、石畳に敷かれたカーペットの上を歩いて、街で1番の貴賓館へと向かっていく。


「あっ」


 その途中、俺たちがいることに気づいたのか、こちらに向かって小さく手を振ってくれた。


 そんな動作1つ取っても、とても気品にあふれている。


 お姫様やってるなー、と俺は『ヴレイヴワールド』のアレクシアと、目の前を歩いていくお姫様を比べていた。



 ──それが20分前のこと。



 そして、今。


「ルナ様!

 会いたかったです!」


 貴賓館に呼ばれた俺、リーゼ、マイア、アイーダは、ルナに抱きつくアレクシアを眺めていた。


「あ、あの……

 あまりそのような触れ合いをされては……」


「いいではありませんか。

 ここには、ワタクシと皆様しかおりませんし」


「ですが、姫殿下──」


「アレクシアです」


「……アレクシア様、あまりお戯れをなさらないでください」


 ルナが困ったような顔で俺たちのほうを見てくる。


 リーゼとマイアは、さっと視線を逸らしていた。


 助けを求められても困るようだ。


 アイーダは……アレクシアの身に着けている宝石を見ているな。


 竜神が好きになりそうなものはなかったはずだが……キレイだったから気になったのか?


「ルナ様ぁ……」


 しかし、アレクシアはそんな視線など構いもせず、ルナに抱きついたままだった。


 見てわかるとおり、アレクシアとルナ……というか、『グレイスウインド』はかなり親密な関係だった。


 俺が来るまでは『シルバー』ランクの女性だけで構成された『グレイスウインド』は、ことあるごとにアレクシアの護衛などを引き受けていたため、次第に仲が良くなっていったのだ。


 本来なら兵士に警護される場面も、アレクシアの一存で『グレイスウインド』の面々に依頼が来たりしている。


 俺が王都に現れた際も、その世話役と監視を任せるくらいだったしな。


 それだけアレクシアはルナたちを信頼している。


 だが、そのリーダーであるルナは今、一国の姫に抱きつかれてどうすればいいのか、戸惑うばかりようだった。


「ミツキ……」


 ルナが頼みの綱とばかりに俺を見てくる。


 仕方ない。


「そろそろやめてやったらどうだ?

 話が先に進まないぞ」


「むぅ……ミツキ様がそうおっしゃられるなら」


 よしよし、アレクシアがルナから離れたな。


 ルナは、露骨に反応はしなかったものの、少しだけ顔に柔らかさが戻った。


 内心ではほっとしたのかもしれない。


「それでは、戯れはこのくらいにして……」


 アレクシアはポツリと小声でつぶやいたあと、少女のようなあどけなさを消し、俺たちに向き直った。


「『グレイスウインド』の方々、バーラの街を元『魔王軍』の魔の手からよくぞ守ってくださいました。

 ヘイムダルの姫として、皆様に感謝の意をお伝えします」


 ルナ、リーゼ、マイアが揃って片膝をつき、頭を下げる。


「ワタクシがここへ来たのは他でもありません。

 皆様を労うためです。

 式典、楽しみにしていますね」


 アレクシアはそう言って、慈愛に満ちた笑みを見せるのであった。



 アレクシアと別れて宿に戻ったあと、ルナたちが部屋へやってきた。


 そして、


「ミツキ、アレクシア様とはどういった関係なのですか?」


 部屋に入るや否や、イスにも腰掛けずにそんなことをたずねてきた。


「どう、とは?」


「とても仲がよさそうでした!」


 あー、俺が敬語を使わずにアレクシアと話していたからか。


 敬語をやめたのは確か……この世界が現実だと知って、ロールプレイをやめたころだったか。


 ヘイムダル王国の宝剣を借りたこともあって、アレクシアとは距離が近くなったんだよな。


 だけど、そうか……ルナたちは、そのとき、近くにいなかったか。


 彼女たちの視点からすると、一国のお姫様に、俺のような旅人が親しげに話しかけているのは、確かにおかしいな。


 一応、誤解させないように伝えておこう。


「ピエス……王都の近くに現れた元『魔王軍』がいただろう?

 アイツを倒してから仲良くなったんだよ」


 嘘は言っていない。


 ロールプレイングうんぬんって言ってもルナたちにはわからないだろうし。


「……なるほど、国を救った英雄とお姫様って構図なわけね」


「ミツキ……まさかお姫様まで、あんな調子にさせちゃうなんて……」


 リーゼとマイアは俺の顔を見た後、「はぁ……」とため息をついていた。


 なんだ?


 俺が何かやったのか?


 何か勘違いしているようだけど、アレクシアには何もしていないぞ。


「とにかく……ミツキ、わかっていると思いますが、バーラに住む方々が見ている場所ではアレクシア様と敬う態度を見せてください。

 ヘイムダル王国の威信に関わりますから!」


「それはもちろんだ」


 俺だって下手なことをして、これ以上ストーリーをややこしくしたくはない。


 ヘイムダル王国から反感を買えば、あの宝剣──『ディヴァイン・ヘイムダル』も持ち出せなくなるかもしれないからな。


 俺専用の装備ではないとはいえ、女神に再会するまでの道中の攻略にあの剣は必要になる。


 ……まぁ、アレクシアは俺に預けようとしていたけど。



 さて、アレクシアがバーラの街に到着して、いよいよ式典が明日になった。


 ルナたちが自室に戻ったあと、スピーチの練習でももう一度しておくか。

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