幕間 武道家の少女の葛藤
〇マイア視点
ボクは、マイア。
自分のことを『ボク』って呼んでるけど、名前からわかる通り、女です。
ヘイムダル王国で冒険者をやってまーす。
大きなイノシシのモンスターにだって勝てるんだよ!
たとえ相手のほうが強くても、気持ちだけは負けちゃいけない──
いつもそんな気持ちでいるんだ!
他の冒険者からも、度胸あるねーって言われることもある。
だけど……
「うう、うぅぅぅ──……」
今、ちょっと挫けそうになってます。
ボクは、お店の試着室の中にいた。
装備を買ったあとに、ドレスを買おうって話になったんだけど、そこでちょっと困ったことになっている。
お店じゃなくて、ボク自身の問題で。
ボクはお兄ちゃんたちばかりの家で育ったこともあって、男の子みたいな感覚で生きてきた。
だから着る服も、カッコイイ服や動きやすい服、あとは道着かな。
それがボクの当たり前で、カワイイ服とかキレイな服とか着たことなかった。
お店にはドレスを買いに来たのに、どんなドレスを選んでいいのかまったくわからなかったんだ。
だから、近くにいたお店の人に頼んで、似合いそうなドレスを教えてもらった。
いきなりヒラヒラしてるのはちょっと抵抗があったから、「戦闘でも使えそうなドレスってありますかー?」って、お願いした。
お店の人はすぐに持ってきてくれた。
最近手に入った掘り出し物で、着て戦えるドレスらしい。
そんなドレスなんてあるんだ……
動きやすいドレスなら、ボクが着ても変じゃないよね!
そう思って試着してみたんだけど……
「こ、これで本当にいいのかな」
試着室の鏡に映った服を見る。
ボクが着ているのは、高級そうな青い生地に、金糸で刺繍がされているワンピースタイプのドレスだった。
上半身は、体にぴったりとくっついている作りで、袖がないから、肩まで露出している。
ボタンで止めてある胸元が少し窮屈だけど、それだけ。
似たような服を着たことあるから、たぶん慣れているんだと思う。
だけど、腰から下……
このドレスのスカート、裾に長い切れ目が入っていて、それが腰の辺りまで続いているんだ。
この切れ込みのことをスリットとお店の人は言っていた。
そのせいで、スカートの裾が体の前後でヒラヒラしている。
お、落ち着かない……
スカートで隠れている部分は、いつもはいているショートパンツと同じくらいのはずなのに……!
なんだか、スカートの下まで見えてそうで、そわそわしちゃう!
一応、利点というか……スリットがあるおかげで足を開けるから、蹴りだって問題なく繰り出せる。
戦えるドレスって言われるのは、この部分が関係しているのかな?
確かに戦えるとは思う。
コレで戦ったら、ボク、恥ずかしさで気絶する自信あるけど。
「ドレスの準備は、できた……」
あとはこの服をミツキに見せるだけ……
ミツキに……
「う、うぅぅぅぅぅぅ……!!」
恥ずかしいよぉぉぉぉっ!
本当に見せなきゃいけないのかな?
もっと他の、舞踏会で着るようなドレスのほうがいいんじゃないかな?
ボク、そういうドレスも着たことないけど、そっちはスリットが入ってないから、ちゃんと隠れているだろうし。
あ、でも、そっちはそっちで似合わなかったらどうしよう……
「──マイア」
「うひゃぁぁい!?」
すごい変な声が出た。
だって、しょうがないよ。
いきなり試着室のカーテンが開いたんだもん!
そのカーテンを開いた本人は、人間離れしたカワイイ顔をボクに向けていた。
「どうしたのだ?」
「アイーダちゃん……着替えてるのに、いきなりカーテン開けちゃダメだよ。
こういう服を着てるときは、特に!」
「むっ、そうなのか?
それは気をつけるとしよう。
……しかし、大丈夫なのか?」
「え、何が?」
「うめき声が聞こえていたぞ」
「え、うめき声……?
もしかしてボクの?」
「お前以外に誰がいるのだ?
少し心配したぞ」
「そ、そうだったの……?」
それで、いきなりカーテンを開けたのか……
そういえば、一緒に服を探そうって言ったのに、ボクだけかなり時間を使っちゃったかも……
「ご、ごめん……
ちょっとどんな服着るのか悩んでて……」
「それでか……ふむ、ならば仕方ない。
我らも宝石などのキレイものが好きだからな!」
竜は宝石を持っているなんておとぎ話があるけど、アイーダちゃんたち竜神も同じらしい。
「しかし、その服に決めたのだろう?
では、ゆくぞ!」
アイーダちゃんがボクの腕を掴むと試着室から引っ張り出そうとした。
ボクは壁に手をついて踏ん張る。
「ま、待って……まだ心の準備が……」
「何を言っている。
ミツキに見せるためにきたのではないのか?」
「そ、そうだけど……」
ミツキにこのドレス姿を見せる……
はわ、わわわわわわわ……
気がつくと、足から力が抜けてしまった。
「ん?
なぜ、うずくまっているのだ?」
「は、恥ずかしくて……
ボク、こういう服着たことないし、似合っているかわからないから……」
「服を見せるだけで恥ずかしがることもないと思うが……
それに、ルナとリーゼはミツキに見せていたぞ?」
「えっ!?
ふたりとももう……
ど、どうだった?」
「ふむ、いつもよりはキラキラした服を着ていた。
アレが人間でいうところのドレスなのだろう」
「……ミツキは、なんて?」
「ふたりをほめていた気がするぞ。
そのあと、助言などもしていた気がする」
「そ、そうなんだ……」
ルナもリーゼも、もうミツキに見てもらったんだ。
それで、どうしたら好みに近づけるまで聞いて……
ボクも行かなくちゃ……
キレイなドレスを見せられなかったら、ミツキの中のボクはいつもの冒険者の姿のままになっちゃう。
それでもいいのかもしれないけど……
でも……うぅぅぅ……
「安心するのだ!」
アイーダちゃんは、ボクの肩に手を置いた。
「その服は似合っていると思うのだ。
だから、自信を持つのだ!」
「アイーダちゃん……」
……そうだね。
ボクはどんな戦いだって、向かっていく気持ちを忘れなかった。
度胸だ!
「ありがとう、アイーダちゃん。
ボク、行くよ」
立ち上がって、近くにある靴を履き直す。
服に合うからってお店の人が持ってきてくれたものだ。
「うむ、改めて見ても……よいではないか。
人間が言うところのキレイな者が着飾っている姿なのだ!」
「そ、そうかな?
ありがとう」
えへへ、アイーダちゃんのおかげで勇気出てきた。
ミツキのところに行こう。
ミツキは、すぐに見つかった。
何着か服を持っているけど、式典で着るやつかな?
あ、こっちのほうに来る。
声、かけなきゃ。
「ミ、ミツキぃ……!」
声が上擦ったぁ!?
普段どおりに話しかけたつもりだったのに……
自分で思っている以上に緊張してるのかも。
「ん?
マイアか……!」
ミツキが気づいてこっちに来てくれた。
ちゃんとドレスを見せなきゃ……
「ど、どうかな?
あんまりこういう服着たことなくて、自信ないんだけど……」
ミツキの視線が、ボクの服に向いている。
は、恥ずかしい……
昨日、組手したときは全然感じなかったのに。
服が違うだけでこんなに違うものなんだね。
……ミツキには、どう映っているんだろう?
「……すごい」
「え?」
「すごい似合ってる……
キレイだよ」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
「……なんでそんなに驚いているんだ?」
「だ、だって……ドレスなんて初めて着たのに、そんなに褒められるとは思ってなくて……」
「そんなに心配しなくても大丈夫だぞ。
マイアに似合わないドレスのほうが珍しいんだから」
「ふぇっ!?」
そ、そうなの?
だったら、他のドレスとかも着て見せたのほうがいいのかな?
「それにしても『チャイナドレス』か……
武道家タイプのマイアにはぴったりな装備だな。
ちゃんとマイアのモデルと合わせて作ったから、実質専用装備みたいなものだし。
しかも、ドレスの素材は竜の素材が使われた『ドレイクドレス』系……レア装備がこんなところで手に入るなんて。
竜のゴツゴツした感じで高級感を出すのに苦労したんだよな……」
「……?」
ミツキがドレスを見ながらブツブツ言っている。
時折、ミツキってこうなるんだよね。
たぶん、ボクよりも知識があるからそれを整理していると思うんだけど。
「あの……このドレス、ミツキも気に入ってくれたってことでいいのかな?」
「ん?
ああ、もちろんだ。
なんだったら、ずっと着ていてほしい」
「ず、ずっと……!?」
「その装備、実はさっきマイアが買っていたものよりも、性能がよくてな。
たぶん、この先の攻略もやりやすくなると思う」
「えっと……ずっとはちょっと、困るかな……?」
「そうなのか?」
「う、うん……」
だって、恥ずかしすぎるもん!
スリットで動きやすいけど、スカートなのは変わりないから。
思い切り動いたら、見えちゃうもん!
だけど、そうやって言うのも恥ずかしい。
うーん……
「えっとね……このドレス、すごくキレイだから。
戦って壊したりするのはイヤかなーって」
咄嗟に出てきた!
ナイス、ボク!
不安だったけど、ミツキは「そうか」と納得してくれたようだった。
「確かにそうだな。
そこまで考えてなかったよ」
「ううん、わかってくれたならいいんだ。
それじゃあ、この装備は式典とか、特別なときに着るだけってことで……」
「そうしよう。
だけど、万が一、そのドレスを着ているときに戦闘になるかもしれないから、そのドレスにあう装備も一緒に買っておこうか」
「え……?」
そんなことも想定するの?
ううん、それよりも……ボク、まだこの格好でいなくちゃいけないの?
また恥ずかしくなってきたんだけど……
「俺もいっしょに選ぶから、1番いい組み合わせになると思うぞ」
ミツキがちょっと嬉しそう。
ボクが思っている以上にこのドレスを気に入ってくれたみたい。
それなら……なるようになれだよ!
「それじゃあ、お願いしようかな。
キレイでカッコよくしてね!」
それからボクはミツキと一緒に、ドレスに合う装備を選んだ。
ずっとドレスを着ていたせいか、恥ずかしさはいつの間にかそこまで感じなくなっていた。
もしかして、ミツキもそれが狙いだったのかな?
式典のときにボクが恥ずかしさで緊張しないように。
だとしたら、嬉しいな。
ドレスの装備を揃えたあとは私服も見てもらったけど、そっちはボクの好みで選んだ。
一着だけ、ドレスに近いのを買ったけど……ミツキとふたりで出かけるときの楽しみにしよう。
ふふふふ……
また、『キレイ』って言ってもらいたいなー。
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ミツキ「レア装備に、他の装備を合わせないなんてもったいない!」
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