幕間 少女たちの思惑
時間は少しさかのぼる。
ミツキたちが、装備を買いに行く前日……組手を終えて宿に戻ってきたときのこと。
〇ルナ視点
私は、ルナ。
ヘイムダル王国で冒険者をしている。
女だけど、冒険者のランクで『シルバー』にもなった。
『シルバー』がどの程度なのかというと、街にいる冒険者のまとめ役や代表になれるほど。
実力的には、中型から大型のモンスター……この辺りで言うと、『ランページボア』という巨大なイノシシのモンスターを単独で狩れるくらい。
今となってはそこまで難しくないけれどね。
そんな私は、冒険者パーティ『グレイスウインド』のリーダーもやっている。
メンバーは、リーゼと、マイア、そしてミツキ。
リーゼとマイアは出会って5年くらいは経つのかしら。
出会いの経緯は……喧嘩していたら、いつの間にか一緒に冒険していた感じね。
それ以来、ふたりとはいつも一緒にいるわ。
ミツキとは一月くらいの付き合いだけれど、私のパーティでは欠かせない存在になっている。
それは私たちだけでなく、ヘイムダル王国から見てもそうだと思う。
冒険者としてはまだ駆け出しのはずなのに、すでに私たちどころか、この街の『ゴールド』の冒険者である、アグハトよりも強い。
200年前に大暴れしていた元『魔王軍』の四天王や幹部だって倒してしまった。
それほどの実力者だった。
そして、実力だけでなく、知識もある。
練術と魔法などの戦闘技能の知識はもちろんのこと、モンスターや地理、ダンジョンの構造などにも詳しい。
まるで、この世界のすべてを知っているかのように。
彼のおかげで私たちもかなり強くなれた。
私たちのパーティの自慢。
けれど、それがいつまで続くかという不安もある。
彼が私たちのパーティを抜けて、別のパーティに行ってしまわないか……
私たちは強くなったけれど、ミツキの足元にも及ばない。
組手をしてわかった。
全力で戦っても、軽くあしらわれてしまう。
『グレイスウインド』よりも強いパーティがあれば、そちらに行ってしまうかもしれない。
今はよくてもこれからはどうなるかわからない……
…………
どうしよう……
「何よ、そんなことで悩んでたの?」
ミツキと組手をした夜、そのことを話したら、イスに腰掛けていたリーゼに呆れた顔をされた。
リーゼとマイアとアイーダさんを招いて、私たちはお茶会を開いていた。
ミツキは不在。
彼がいてはこういう話はできないからね。
「『そんなこと』ではないわ。
ミツキがパーティにいなくなったら、リーゼだって困るでしょう」
「まあ……張り合いはなくなるわね」
リーゼは渋い顔になっていた。
マイアも悩ましそうな顔をしている。
「ボクもイヤだよー。
ずっといっしょに冒険したいもん!
アイーダちゃんもそうだよね?」
「我はもっと好き勝手にやらせてもらいたいのだが……
まあ、面白いやつではあるのだ」
アイーダさんはそう言いながら、テーブルの上にあるお菓子を口に運んでいた。
竜神という存在から見ても、ミツキは魅力的らしい。
となると、他種族から誘われる可能性もある。
この世界には、エルフやドワーフなどの人種も存在するから、そちらも気にしておかないといけない。
「だけどさ、一緒にいる気がないなら、あたしたちの力を調べるだなんて、面倒なことしないはずよ。
それに、価値のある装備だって渡さないわよ、普通」
リーゼはミツキにもらった『
でも……
「楽観視はできないわ。
私たちよりも強くて、装備をうまく扱えるパーティに誘われたら……
もしも私がミツキだったら、そちらに行くもの」
「アンタは冷たいものね」
近くにあった枕を掴んでリーゼの顔目掛けて放り投げた。
クリーンヒット。
枕がずり落ちて、現れたリーゼの額が赤い。
ナイス、ピロー。
「…………!」
目尻を吊り上げたリーゼが両腕を伸ばして迫ってきたので、私も両腕を伸ばす。
ふふふ、魔法使いなのに、私と力を勝負をしたいなんていい度胸ね。
軽くてひねってあげるわ──
「はーい、ストップ!」
ガンッ! と、思い切り頭を叩かれた。
痛い。
リーゼも同じだ。
伸ばした両腕で頭を押さえて、叩いた相手を睨んでいる。
「何すんのよ、マイア!」
「ケンカしている場合じゃないよ。
ちゃんと考えなきゃ」
「だって、コイツが枕をぶつけてきたのよ!」
「リーゼがからかうようなこと言うからじゃん」
マイアにたしなめられて、「ぐぬぬぬ……」とリーゼは口を噤んだ。
言い返すこともできただろうけれど、言葉の代わりに拳が飛んで来たら、リーゼにはどうしようもないからね。
……ま、それは私も同じだけれど。
肉弾戦だけなら私の『
「カッとなってしまって悪かったわ。
話を続けましょう」
「フンッ!」
私はベッドに、リーゼはイスに座り直す。
それで、どこまで話したのだったかしら?
「……そう、ミツキがいつかこのパーティを離れて行ってしまうかもしれないから、今からでも対策を考えたいのよ。
何か、いい案はある?」
「今よりも強くなればいいんじゃない?
そうすればアイツだって離れようとは思わないわ」
「だけどさー、この世界って強い人もいっぱいいるんだよ?
王都にいた魔族くらい強い人だっているんじゃない?」
「そうね。
実際に、200年前の人々は、あの『魔王軍』を倒したんだもの」
「……むー」
「むむー……」
リーゼとマイアが唸ってしまった。
私も、いい案は出てこない。
うーん……
そんなとき、アイーダさんが口を開いた。
「お前たちが
「「「夫婦っ!?」」」
「うむ。
人間にもいたではないか。
この街で夫婦の関係になって、ずっと一緒にいると言っていた者が」
「アグハトとミーリアさんのことですね……」
そういえば、あのときアイーダさんも一緒にいたんだった。
果物を食べている記憶しかなかったけれど。
だけど、夫婦の関係か……
確かに、リーゼもマイアも、ミツキに対しては特別な感情を持っているなんて話も前にしたわね。
けれど、実際にそういう関係になれるかと言われると……
「そ、そういうのは、まだ早いんじゃないかなー?
出会ってそこまで経ってないし」
そう言ったマイアは顔を真っ赤にしていた。
夫婦なんて言われて、アレコレ考えてしまったのだろう。
この子は顔に出るのでわかりやすい。
「普通に考えれば、そうよね。
だけど、どうしても離したくないなら、いっそ婚約者みたいにしておく?」
リーゼは、顔を赤くしてはけれど、目が完全に泳いでいた。
以前どこかで、リーゼはどこかのいい家柄の娘だと聞いたことがある。
だから婚約者もいたのかもしれない。
けれど、それが自分の好意を寄せる相手となると、毅然としてはいらないみたい。
私も、内心ドキッとした。
だけど、この感情の揺らめきはふたりに悟らせるわけにはいかない。
「……婚約者も難しいのではないかしら。
私たちは、たぶんその前……
『そっち』でもミツキに興味を持ってもらう段階だと思うわ」
私たちは、冒険者の中では人気がある……ほうだと思っている。
これは自惚れではなく、実際に男性の冒険者に言い寄られたりもしている。
魅力はあるのだろう。
けれど、そこまで。
女性の冒険者としては魅力があっても、ミツキからそう思われているとは限らない。
魅力のある女性というのは、私の目から見てもキレイだったり、可愛かったりする人は存在する。
たとえば、ヘイムダル王国のアレクシア姫殿下だったり……
目の前にいるアイーダさんだったり……
「そういえば、ミツキってアイーダさんによく構っているわね……」
「言われてみれば……」
「けどそれって、アイーダちゃんが、何か壊したりしないように気にしてるだけじゃないの?」
「かもしれないけれど……別の理由がないとも言い切れないわ」
「そうね。
このチビ竜……角とか尻尾とか生えているけど、それさえなければ、あたしの次くらいには美少女だもの」
「リーゼのことは置いておくとして……
確かに、可愛くあるよね……」
3人で、アイーダさんをじっと見つめる。
今も私たちからの視線なんて気にせず、アイーダさんはお菓子を頬張っていた。
その姿も小動物のようで愛らしい。
むむぅ……
「ミツキは、こういう子が好みなのかしら?」
「コイツがよくてアタシにはない……
違いって何よ?」
「うーん……人と竜神?」
それは種族の差なのでどうしようもない。
私たちとアイーダさんと違い……
強さは、アイーダさんのほうが上だけれど、それも種族によるところが大きい。
精神年齢はともかく、外見年齢はそれほど離れていないので違う。
知識は……それも種族によるところが大きい。
あと、違いと言えば……
「もしかしたら、服装……?」
「「ハッ!?」」
私たちは顔を見合わせた。
「そういえば……あたしたちって基本的に冒険者の装備で一緒にいるわよね?
私服なんてミツキに見せたことあったっけ?」
「ない!
ちょっとはあったかもしれないけど、ほとんどない!
そもそもボク、カワイイ服なんて持ってない!」
リーゼとマイアも思い当たる節があったようだ。
「私たち、ミツキに女の子らしい服を見てもらったことがないわ……」
「キレイな花でもちゃんと飾らなきゃ、キレイには見えない……
まさか、そんな単純なことを忘れていたなんて……」
「ボ、ボク、似合うかどうかわからなくて、今までカワイイ服は避けてたけど……
ちょっと着てみたくなったかも!」
「そういえば、明日行く予定のお店って、服も売っていたわよね?」
「そのはずよ。
モンスターの素材って、服も作れるから。
ただ高価だから、冒険者じゃなくてお金持ちの商人とか貴族向けみたいだけど」
「カワイイ服もいっぱいあるってことだね!」
私は、リーゼとマイアと一緒に強くうなずいた。
「明日、服も買いましょう。
街の平和を祝いたいって話も出ていたから、祝いの席でのドレスを試着したいって言えば、ミツキも付き合ってくれるはずよ。
そうすれば、ミツキの服の好みだってわかるかもしれない」
「そうね。
ドレスにはあまりいい思い出はないけれど……
ふふふ、アイツが自分から跪きたくなるものを選んでみせるわ」
「はぁー……ボクにも似合うものあるといいなー」
それから私たちはどんな服にしようか、あれこれと3人で話し合った。
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アイーダ「本人に『ずっと一緒にいてほしい』と言えばよいのではないのか? 人間とは、回りくどい生き物なのだ」
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