第85話 バーラで装備をととのえる
アンダイン泉で組手をした翌日。
俺たちは、バーラの街にある装備を扱う店へとやってきていた。
この店は、冒険者ギルドとも取引のある店で、俺たちが『堕天の魔塔』で倒したモンスターの素材で作った武具なども置いてある。
値段は……この辺りのモンスターで作った装備と比べて10倍以上か。
本来はこの辺りで手に入らない素材なので当然だろう。
値が張ってはいるが、事前に冒険者ギルドから『堕天の魔塔』のモンスター素材を換金した分の金銭は受け取ってきたので、問題はない。
しかしまあ……俺たちがギルドに素材を渡して、そのギルドが店に売って、その店が装備を作って、その装備を俺たちが買いに来ないといけないって構図は、正直回りくどいなーとは思う。
装備を取り扱う店に調節素材を持ち込んで、武具を作ってもらったほうが手っ取り早い気もする。
しかしそうすると、持ってきた素材すべてを店側が買い取ってくれなかったり、そもそもその素材の価値を店主がわからなかったりするので、確実にすべて売却するには、結局冒険者ギルドを通すしかなくなる。
それ以外にも値段の交渉とかもあるしな。
なので、まどろっこしいが、ギルドに素材を渡すのが一番なのだ。
そんなわけで、回りくどいことをしたものの、装備をしっかり揃えられるようになった。
ここでちゃんとしたものを買っていけば『ヴレイヴワールド』でいうところの中盤辺りまでは、装備を変えずに進めるだろうからな。
ルナ、リーゼ、マイアは、お店についた途端、装備を見て回り始めた。
それぞれ真面目な表情だ。
自分の命がかかっているので当然だろう。
ゲームと違って、各自の使いやすさもあるはず……3人の装備選びは各々に任せるとして、アイーダは……
「店の奥には普通の服があるんだ。
悪いが俺たちの買い物が終わるまでは、それを見ててくれ。
気に入ったのがあれば買ってやるから」
「わかったのだ!」
服が並べられた場所に案内し、俺も自分の装備を吟味することにした。
プレイヤー──この世界では旅人である『ミツキ』は、剣も魔法も使える万能タイプのキャラクターだ。
序盤・中盤・終盤と隙の無いステータスで、成長が少し遅い以外の弱点がない。
そのため、装備の選び方は、練術と魔法のどちらを主体で使うかによって変わってくる。
……とまあ、ここまではゲームでのセオリーの話だ。
この世界では、ゲーム上の演出ではなく、本当に命を落とす可能性がある。
攻略を進めたいからと、装備を軽装にして捨て身の練術特化にしようものなら、すぐにやられてしまう。
とはいえ、硬すぎる装備も問題だ。
魔法の固定砲台は攻めているときこそ強いが、守りに入ったときに小回りが利かなくて崩されやすい。
なので、その中間を狙いたいところだが……
耐久性ならば『ワンダーゴーレム』の防具一択なのだが、正直、重くて動きにくい。
だが、それ以外のモンスターの素材だと、耐久性がかなり下がる。
うーん……うーん……
…………
結局、軽さを重視することにした。
アイーダについて来たワイバーンの厚手のコートを新調し、物理への耐性が高い『アイシーシャドー』の一部を使ったシャツを内側に着込む。
『アイシーシャドー』自身は物理への完全な耐性を持っていたが、あれは『アイシーシャドー』固有の魔力も関係しているので、装備にした場合は耐性がかなり落ちる。
効果としては、斬撃にちょっと耐性がつくくらい。
それでも鎖帷子よりかは軽くて破れにくいのだから、充分だ。
防具はこれでよし。
次は剣についてだが……思わぬものが手に入った。
『ドラグーンブレイド』。
『ヴレイヴワールド』で、中盤以降に登場する竜騎兵が装備しているものだ。
竜種の牙を混ぜているため、頑丈で攻撃力も高い。
この剣は、『堕天の魔塔』のモンスターの素材で作ったものではなく、『ソルジャーゾンビ』が持っていた剣を鍛え直したもののようだ。
なぜそんなものを『ソルジャーゾンビ』が持っていたのかというと、『ソルジャーゾンビ』には生前の装備をそのまま使う生態があるためだ。
おそらく、この『ドラグーンブレイド』も、『ソルジャーゾンビ』の生前……竜騎兵か、それに準ずる立場の者が使って装備なのだろう。
大切に使わせてもらおう。
能力としてはピエスの剣には遠く及ばないが、中盤までなら問題なく使えるからな。
あとはコートと同じ素材のブーツを買って、俺の装備はおしまいだ。
他のみんなは、どうだろうか……
「ミツキ、ちょっといいですか?」
ルナが手招きしていたので、そちらに行ってみる。
「防具のことで少し悩んでまして……」
ルナが見ていたのは、『ワンダーゴーレム』の鎧だった。
「耐久性と重さってところか?」
「はい」
ルナもさっきの俺と同じことで悩んでいたらしい。
「盾を持って戦うことを考えると、多少重くても問題ないと思うのですが……『
そうだろうな。
『
あの素早さと攻撃力を活かすのに、重たい装備は不要だろう。
『
それを考えるなら……
「鎧よりも、簡単に取り外しできるチェストプロテクター……胸当てにするべきだろうな。
それで下に『アイシーシャドー』のシャツを着ておけばいいだろう」
「なるほど……ゴーレムの素材の胸当てと、影のモンスターのシャツですね」
「ああ。
シャツのほうは、俺も買うことにした。
結構、使い勝手がいいぞ」
「ミツキの愛用……!
では、私も同じものにします!!」
装備が決まって嬉しかったのか、ルナは顔をほころばせて会計をしにいった。
『ワンダーゴーレム』の盾と胸当てと手足のプロテクター、『アイシーシャドー』のシャツとスカート、そしてスクラップベアの牙が使われた片手持ちの剣。
ルナの新しい装備だ。
「ミツキミツキ!
ジャーン!」
ルナを見送っていると、マイアがやってきて装備を見せてくれた。
『スティックバット』の素材で作られた袖が短めのジャケットとパンツ、そして手には『クライミング・グラトニーローズ』のグローブをしている。
どちらも軽い上に柔軟性に優れた素材だ。
身軽さを重視するマイアらしい装備だな。
「いいと思うぞ。
見た目も様になっているし」
「そ、そう?
えへへ……装備を新しくしたからか、なんだか気合も入っちゃってるんだ」
その気持ちはよくわかる。
「装備が新しいと意味もなく、わくわくする感じがするよな」
「うんっ!
早く試したいなー!」
「──そうやってはしゃいで、すぐに装備を壊すんじゃないわよ」
リーゼもやってきた。
杖は『魔鏡の杖』だが、ローブが新しくなっている。
あれは、ワイバーンの素材が使われたローブだな。
ところどころに『スティックバット』の素材も見えるので、動きやすさも兼ね備えたものらしい。
「そう言うリーゼだって良さそうなの買ってるじゃん!
一緒に試しにいこうよ!」
「イヤよ、これ以上のローブなんて、そうそう手に入らないんだから。
いきなり汚すなんてしたくないわ」
「ちょっとだけ、ちょっとだけだから!」
「イーヤ」
腕を引いて連れていこうとするマイアを、リーゼがあしらっている。
仲いいなー。
「何をしているの?」
ルナが会計をすませて戻ってきた。
しかしマイアやリーゼと違ってその場で装備ではなく、買ったものは専用のカゴに入れて抱えている。
戦闘中じゃないから、わざわざ身に着ける必要はないもんな。
「この戦闘狂が新品の装備を早速汚したいって言いだしたのよ」
「そんなこと言ってないもん!
ちょっと装備を試そうと思っただけだもん」
「ああ、そういうこと」
ルナは納得したようだった。
「マイア、残念だけど今日はやめておきましょう。
このあとも予定があるでしょう?」
「あっ、そうだった!」
マイアはルナの言葉に納得したようだが……予定?
予定なんてあったか?
「そういえば、ミツキにはまだ話していませんでしたね。
こちらに来てください」
ルナが店の奥へと入っていく。
「行こ行こ」
「…………」
どうやら、ついて来てほしいようで、マイアはニコニコしながら、リーゼは無言で俺の背中を押してきた。
この店の奥って……普通の服しか置いてなかったはずだが……
「おっ?
お前たちのほうは終わったのか?」
その奥の場所では、普通の服を選んでいたはずのアイーダがいた。
「うん、ばっちりっ!
ところでアイーダちゃん、その服は?」
マイアは答えつつ、アイーダの服に視線を落とす。
高級そうな生地で作られた細長い帽子に、袖や裾の長い服を着ている。
見た目は、飛鳥時代くらいの高官が着ていたような服だな。
すごく動きにくそうだ。
「うむ!
偉くて賢そうな人間が、こういった服を着ていたのを思い出してな。
我もとっても偉くて賢い竜神だから、人の姿のときはこういうものを着てみようと思ったのだ。
どうだ?
威厳がにじみ出ているだろう?」
「めっちゃおバカっぽい」
「なぬ!?
そ、そんな……」
俺が率直に感想を伝えると、アイーダはショックを受けていた。
もしかして、完璧なコーディネイトだと思っていたのか、この100歳児は?
「あははは。
そういう服もいいけど、アイーダちゃんにはもっとカワイイ服が似合うと思うよ。
いっしょに探そう!」
「む、そうか……
ならば、探すのを手伝わせてやるのだ!」
マイアがアイーダを連れて、服を探しにいった。
面倒を見てくれてとても助かる。
しかし、やはりこの場所には服しかない。
ということは、ルナたちの目的も……
「新しい服がほしくて……
アグハトが街をあげてお祝いをするって言っていたので……」
ルナの言葉で思い出す。
そういえば以前、スピーチをやってほしいと、俺も言われた気がする。
「あの筋肉のことだから、どうせあたしたちを前面に押し出すつもりでしょ。
冒険者の装備でもいいけど、せっかくのパーティなのにいつもどおりってのもね」
リーゼが補足してくれる。
それで、パーティに出られるようなドレスがいるってわけね。
ゲームのストーリーならいつもの服で出ても問題はないけど、ここは現実の世界。
確かに服装にも気をつけておいたほうがよさそうだ。
「教えてくれてありがとな
なら、俺も一着くらい持っておくか」
「えっと……それとは別に、私たちにもミツキにお願いがあって……」
なんだろう?
「よかったら、服を見てくれませんか?
普段、冒険者の装備ばかりなので、パーティで着るものに自信がなくて」
ああ、そういうことか。
問題ない。
俺の頭には服のデータも入っている。
ルナたちにはどれが一番似合うかアドバイスすることもできるだろう。
「わかった。
リーゼもか?」
「ま、まぁね。
あたしは服にも詳しいんだけど、アンタの意見も参考にさせてもらうわ。
ここで待ってなさい」
そう言いながら、リーゼは服を探しにいった。
「では、私も」
ルナも自分の服を探して店の奥へと入っていった。
そこからは、ルナたちのドレス選びに付き合うことになったのだが……
ドレス以外にも私服っぽい服も見せに来るのはなぜだろう。
選ぶのはドレスだったよな?
俺がいた世界の学生服を着ているが……
あー、似合ってないわけじゃない。
それはドレスじゃないと言いたいだけだ。
そこは勘違いしないでほしい。
うん、大丈夫だ。
どんどん着て見せに来てくれ。
ドレスじゃなくても、似合っているかそうじゃないかは教えるから。
俺でよければ、アドバイスはするぞ!
その日は1日、ルナたちのファッションショーを見て、まったりと過ごした。
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