第41話 『西の魔王』エンプサ・タンタシオン戦

 エンプサが眷属に命令を下そうとした瞬間、俺は叫んだ。


「リーゼ、今だ!」


「『メテオ・フレア』!!」


 リーゼがレベル3の炎魔法を発動させる。


 その瞬間、上空に無数の炎の塊が出現し、エンプサを含むモンスターの群れに降り注いだ。


「ギャァァァァァァ──!!」


 着弾地点にいたエンプサの悲鳴が聞こえる。


 効いている。


 リーゼはこの魔法をピエス相手に放ったそうだが……


 本来は大群相手に効果を発揮する広範囲魔法だ。


 まさに今、エンプサが呼び出したモンスターが焼き払われている。


 便利なこの魔法だが、当然、弱点もある。


 広範囲に炎魔法を展開するため、洞窟に囚われている人質を解放してから戦闘になっていた場合は、その一部が人質に当たってしまう可能性があった。


 ひとりでも人質がやられれば、救出イベントは失敗となる。


『ヴレイヴワールド』であれば、強制ゲームオーバー。


 この世界でイベント失敗によるゲームオーバーはないが、誰かがやられるのは寝覚めが悪いし、アグハトが仲間になってくれない可能性も高い。


 だから、ちょっとズルをして、先にエンプサの正体を見破らせてもらった。


 人質の無事が確認でき、広範囲魔法が使えるこの場所で、確実にエンプサを仕留めるために。


「へへん!

 どんなもんよ!」


 魔法を放ったリーゼが得意げに笑っている。


 が、その顔には無数の汗が流れていた。


『メテオ・フレア』は、魔力をかなり消耗する。


 俺がピエス戦の際に駆けつけたときにリーゼが倒れていたのは、『メテオ・フレア』を使って魔力切れを起こしていたからだった。


 あのときからは、内部のレベルも上がっているようで、倒れることはなさそうだが……


「リーゼ、大丈夫か?」


「平気……と言いたいところだけど、魔法は残り数発で打ち止めね。

 だから、あとは任せたわよ、みんな……」


「ああ」


「ええ、やってみせるわ」


「ボクたちで一気に決めてくる!」


 リーゼにうなずいてみせたあと、俺、ルナ、マイアは、エンプサに向かっていった。


 エンプサの攻撃パターンは、西の森への道中である程度伝えてある。


 魔法使いタイプの敵で、幻術や毒や呪いの魔法を使う。


 眷属を盾にして、後方から魔法を使っているときは厄介だが、接近すると途端に手数が減る。


 そのため、チャンスになったら一気に詰めて叩けと言っておいた。


「おのれ!!」


 ダメージから立ち直ったエンプサが魔法を放つ。


「『ミラー・ミラージュ』!!」


 エンプサの体がブレ、1、2、3……合計で5体の新たなエンプサが現れる。


 この魔法の効果は知っている。


「幻惑の魔法……

 本体そっくりの魔法を使える分身だ!

 叩けば消える!」


「それなら、ボクの出番だね!

紅蓮分身ぐれんぶんしん』!」


 マイアが『練術れんじゅつ』で分身を生み出す。


 こちらも5体。


 以前、ルナの特訓に付き合った時よりも、増えている。


 マイアもレベルアップしているようだ。


「行って!」


 マイアの5体の分身が、エンプサの分身へと殴り掛かる。


「チッ、コイツ!」


 エンプサが分身を前に出し、自身は後方へと下がる。


『ミラー・ミラージュ』の分身は、魔法を使えるのに対して、『紅蓮分身』は攻撃も防御もできないが、触れた瞬間に爆発を起こす。


 エンプサとマイアの分身がぶつかり、その直後に爆発。


 両名が生み出した分身が一瞬で消え去る。


「ヤァッ!!」


 マイアはその爆発を突っ切って、エンプサに殴り掛かった。


「『ウインド・ブラスト』!!」


 エンプサは即座に風の魔法を発生させ、マイアを吹き飛ばした。


「わぁぁぁぁぁ……」


 マイアが俺たちの後方まで吹っ飛んでいく。


『ウインド・ブラスト』は、風の属性のレベル2魔法。


 攻撃力よりも、相手を吹き飛ばすことに長けたもの。


 今のマイアなら回復もいらないだろう。


 エンプサに接近戦を挑めば、再び『ウインド・ブラスト』を使ってくるだろう。


 だが……


「フッ!」


 ルナの剣が魔法を撃った体勢で固まっているエンプサに迫る。


「このっ!」


 エンプサは咄嗟に爪を伸ばして剣を弾いたが、バランスを崩している。


 これなら、決め切れる!


「『剛炎斬ごうえんざん』!!」


 炎の力を借りた『練術』の一閃の剣技は、エンプサを斜めに切り裂いた。


「ぐぉ……のれぇっ!!

『ベノム──」


「『フレア・コフィン』」


 エンプサの魔法をつぶすように、俺は魔法で炎の柱を生み出し、その中にエンプサを閉じ込めた。


「ぐぎゃああああぁぁぁぁぁっ!!」


 エンプサの絶叫が森に木霊する。


 レベル3の炎魔法。


 ピエスにはまるで効かなかったが、彼よりもはるかに弱いエンプサには効果が高い。


「くっ、あ……」


 炎の棺から解放されたエンプサは、体中から黒い煙を出し、その場に倒れこんだ。


 リーゼの範囲魔法から始まり、炎の『練術』と魔法を食らった。


 そう簡単には回復できないだろう。 

 

 ここで一気にとどめを──


「お前らぁぁぁぁっ!!」


 突然、エンプサが上を向いて叫び出した。


 お前ら?


 俺たちのことか?


 いや、それにしては視線の方向が……


「見ているのだろう!?

 我がやられれば、困るのは貴様らの主だぞ!!」


 誰かに助けを求めている?


 しかし、『ヴレイヴワールド』の『西の魔王』には、協力者はいなかったはず……


「上っ!!」


 ルナの叫ぶような声に、顔を上げる。


 そこには……巨大な影!?


 つぶされる!!


「っ!!」


 慌てて回避行動。


 危ない。


 もう少し遅れていたら、今頃雑巾みたいにぺちゃんこになってた……


 しかし、ここからも大変だ。


「警戒はしてたけど……バーラの街にいたのだけが全部じゃなかったか……」

 


「「「ゴワワワァァァァァァァッ!!!」」」


 エンプサを守るように3体のワイバーンが現れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る