第40話 人質の女性
逃げてきた女性の案内で森を進んでいく。
「……モンスターが出てこないですね」
「人質になった人たちを助けるチャンスだね!!」
「そんなうまくいくといいけど……」
ルナたちが言うように、今まで襲ってきていたモンスターは、どうぞ通ってくださいと言わんばかりに、ぱたりと姿を見せなくなった。
『ヴレイヴワールド』の設定と同じなら、あと数分も歩けば街の人々が囚われている洞窟に着く。
そこでは、ちょっとしたイベント戦闘が発生する。
内容は、助けた人質を守りながらモンスターたちとの戦う、といったものだ。
勝利条件は、すべてのモンスターの撃破か、もしくは時間経過。
この時点でプレイヤーを始めとするキャラクターたちのレベルが高ければ、モンスターの撃破を狙い、難しければ持久戦をする形になる。
ここでの戦闘は、加入したアグハトの『タンク』としての役割を見せるための、いわゆるデモンストレーションとして設定されているのだ。
だけど、そのアグハトがいないんだよなー……
いないとなると、持久戦はきつい。
じゃあ、すべてのモンスターの撃破を目指せばいいかというと……
そっちも人質を守ってくれるアグハトがいないため、かなり難しい。
最悪、ルナたちの誰かがやられる可能性もある。
しかし、それはあくまでもゲームでの話。
この世界は、『ヴレイヴワールド』のようでいて、違う世界。
わざわざ、危険なイベント戦闘を、そのとおりに攻略する必要はない。
俺はリーゼを手招きした。
「何よ?」
「秘密の作戦会議だ」
「……なんであたしだけ?」
「訳あってな。
それに、この作戦はリーゼにしかできない」
「ふーん……ま、いいわ。
アンタがそこまで言うなら付き合ってあげる」
リーゼはなぜか嬉しそうだった。
俺から期待されたのが嬉しかったとか……いや、それはないな。
秘密の作戦と聞いてワクワクしているんだろう、たぶん。
「それで、何をすればいいの?」
「この先に開けた場所がある。
そこについたら、こっそりとレベル3炎魔法の準備をしてくれ。
狙いは……そのときになったらわかる」
「なんで……って、
ま、アンタが言うんだから、何か起きるのね?」
理解が早くて助かる。
「わかったわ。
これでチャラだから」
「何の話だ?」
「馬車でのこと。
わざわざちっちゃな村に寄って、あたしの薬を買ってきてくれたでしょ?」
ああ、そんなこともあったな。
あの薬は別に用途があるから買ったものだが。
「ありがと。
助かったわ」
「どういたしまして」
「それじゃ、やっておくから」
「よろしく頼む」
これで手はずは整った。
あとは……
「見えてきました!」
逃げてきた女性が前方を指さす。
そこには周囲を木々に囲まれた小さな公園くらいの開けた場所と……奥には洞窟が見えるな。
俺の知っているとおりだ。
あの場所で、モンスターに囲まれ、持久戦になる。
洞窟の人質を解放したのちに守りながら。
しかも、そのあとは『西の魔王』が姿を現して連戦に突入する。
アグハトがいなければ、戦い切ることも難しい。
だから、それを回避するため、開けた場所についたときに提案した。
「洞窟には俺たち4人で進もう。ルナとマイアとリーゼは、先行していてくれ」
「え、えっと……私は?」
不安そうな素振りを見せる女性に、俺は洞窟を背にすると、アイテム欄から袋を1つ取り出し、投げて渡した。
「それを体に振りかけてくれ。周囲の目を欺ける」
「えっ!?
そんなものが……わかりました」
女性は袋を開けると、すぐさま中の粉を体に振りかけた。
すぐに変化が起きる。
女性の体が一瞬見えなくなり……
そして、鱗を持つ体があらわになった。
「な、なんだこれは!?」
驚く女性の顔は、すでに人のものではなかった。
小さかった目はぎょろっとした黒い目に変化し、耳まで避けた巨大な口があらわれる。
「もしかして……魔族!?」
魔族とは、強い魔力を持つ者たちの総称だ。
『ヴレイヴワールド』では、魔王に従う者たちを指すこともあった。
「変身が解けているだと!?
バカな……!」
「お前にさっき渡したのは、周囲の目を欺けるアイテムじゃない。
すべてを白日の下にさらす薬だ」
そうは言ったが、実際の効果は酔い止めであり、幻影魔法を無効化するのは副作用によるものだ。
あの薬自体、ヘイムダル王都からバーラに向かう途中にある名もなき村の薬師から期間限定で売ってもらえるもので、時間を過ぎると村自体がどこかへ消えてしまうという……
『ヴレイヴワールド』ではそういう設定になっている。
なぜあの村にそんなものを売る薬師がいたのか、またなぜあの村は期間限定で消えてしまうのかについても設定があるのだが……それはまた機会にしよう。
今は、この目の前にあらわれた魔族を倒さないとな。
「本当にミツキは、よく気づきますね」
「ボク、ぜんぜんわからなかったよ!」
ルナとマイアが武器を構える。
それを見て、魔族の女が裂けるような笑みを浮かべた。
「ふっふっふ……
いつから気づいておいでで?」
「最初からだよ」
「そうですか、街の娘に変身して
あわよくば首を取ってやろうと思ったのですが……
人質が逃げてきたときには疑われていたのですね」
いえ、この世界に来てから知ってました。
そうなるように設定したのは、俺なので。
「ミツキ」
リーゼはまっすぐ杖を魔族の女に構えていた。
先ほど伝えた魔法を放つタイミングをうかがっているのだろう。
「まだだ。
そのときになったら合図する」
こくりとリーゼがうなずいた。
「侮っていたようです。
しかし、あなた方は知ることになるでしょう。
正体を暴かず、一思いに命を奪われていたほうがよかったとね!」
魔族の周囲に黒い光が渦巻いたかと思うと、街娘の服がはじけ飛んだ。
浅黒く染まった鱗のような体があらわになる。
「我は『西の魔王』エンプサ・タンタシオン!
その名において命ずる!
眷属たちよ、その冒険者を殺せ!!」
魔族の女性──『西の魔王』エンプサの周囲に、モンスターたちが現れる。
砂の中から、森の中から、そして空から……
総勢50体を超えるモンスターが集まってきた。
「この数は……!」
「囲まれちゃったよ!」
ルナとリーゼに動揺が走る。
「フハハハハ!
その命を散らすがいい!」
さぁ、ここからが、イベント戦の本番だ!
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