第38話 バーラの異変

 倒したワイバーンは、騒動を聞きつけてやってきた冒険者ギルドの職員に任せた。


 住民への説明や、ワイバーンの処理など、うまくやってくれることだろう。


 俺とルナとマイアとリーゼは、着替えたあと、冒険者ギルドの建物に呼ばれた。


 俺から経緯を説明してほしいとのことだが……


「ワイバーンがバーラの街を襲ってきたので倒した」以上の話はないので、きっと、今回の襲撃の要因について、話をするためだろうな。


 大浴場で会ったアグハトも何か隠しているみたいだったし。


 冒険者ギルドに集まったときは、すでに夜も更けていたのだが、そこには俺やルナ・マイア・リーゼ、アグハトの他にも、バーラを拠点にする冒険者たち、それにこの件を担当するギルドの職員の姿があった。


 冒険者たちは、ワイバーンの襲撃に駆けつけた人らしい。


 ……援護、なかったんだけど?


「様子を見てましたから……」


 感謝の言葉のあとに、冒険者のひとりがワイバーンと戦わなかった理由を教えてくれた。


 バーラには『シルバー』ランクの冒険者もいるのだが、駆けつけたのは『ブロンズ』以下の冒険者が多かったらしい。


 街を襲ってきた奴を倒して一攫千金だ、ヒャッハァァァ!!──と、思って出てきたものの、討伐対象が強くて足踏みしていたようだ。


 そんな彼らだが、今は妙に大人しくしている。


 俺と目を合わせてくれない。


 なぜだろう?


「ワイバーンの強さと、それをやっちまったお前の実力にビビッてんだよ」


 アグハトは、やれやれといった感じで教えてくれた。


 ああ、なるほど。


 そう言われると、怯えているようにも見える。


 特に理由もなく、俺が力を振るうように思われてるのか?


 そんなパワハラ上司みたいなことしないのに。


「というか、兄ちゃん。

『グレイスウインド』のメンバーだったんだな」


「ああ。

 最近入ったんだ。

 成り行きみたいなもので」


「ミツキは、私たちの……いえ、ヘイムダル王国の恩人です」


 アグハトと話しているとルナが会話に割って入ってきた。


 俺が話してしまっていたが、ルナが『グレイスウインド』の代表だからな。


 説明や交渉は彼女に任せよう。


「王都に元『魔王軍』の四天王が現れました」


「らしいな。

 ちょっと別件で動いてて、駆けつけられなかった。

 すまない。

 王都にいる冒険者が総出で倒したと聞いたが──」


「ミツキが一騎打ちで打ち破りました」


「……ウソ、だと言いたいが……

 お前さんが言うなら、本当なんだな。

 マジかよ……」


 驚きがギルド内に広がっていく。


 いや、確かに俺がトドメをもらったけど……


 あそこまで持っていけたのは、王都の冒険者が協力してくれたからなんだが。


 というか、こんなところでそれを話すと……


 あ、ほら。


 バーラの冒険者たちがさらに俺から距離を取っている。


 俺、怖くないですよ。


「ワイバーンを倒したのは、まぐれじゃないってわけか……」


「ええ。なので、すべて話してください」


「……なるほどな。

 いや、今さら出し惜しみはせんさ。

 街を守ってもらったしな」


 アグハトは『ゴールド』の冒険者。


 下位である『シルバー』の冒険者の俺に依頼をしたとあれば、上位者の権威が下がる可能性がある。


 だが、ルナが補足してくれたおかげで話しやすくなっただろう。


 アグハトが、口を開いた。


「バーラは今、住民を人質に取られている」


「……人質?

 詳しく」


「数日前、『西の魔王』を名乗る魔族が現れたんだ」


「……魔王って200年前に勇者によって討伐された、あの魔王ですか?」


「いや、おそらく違う」


「本人なら余計なことを言わずに、『魔王』と名乗るだけでいいですからね」


「ああ。あえて『西の魔王』なんて言ってるところを見ると……

 魔王の威を借りたいだけだろう。

 だが、実力は本物だった」


 アグハトは装備を外して右腕を見せる。


 マイアとリーゼは、わずかに顔をしかめた。


 大浴場でも見たが、生々しい傷が腕を縦断するように走っている。


「回復魔法やポーションを使ってコレだ。

 何かの呪いが付与されていたのかもしれん」


 呪い……魔法や道具によって、対象者に付与されるバッドステータスの一種だ。


 種類にもよるが、呪いを受けた者は、ステータスの下方、もしくは状態異常になることが多い。


 時間経過で、相手の息の根を止めるものもある。


 アグハトにかけられた呪いは、自然治癒能力の減少と、回復効果の軽減だな。


 この呪いを付与されると、ヒールの魔法やポージョンでの回復が著しく悪くなる。


 これを使ったのが『西の魔王』か……


 なるほど。


 それなら俺の知っている相手だな。


『ヴレイヴワールド』では、アグハトを仲間にする際に、戦うことになる魔族だ。


 ただ、すでに交戦済みだというのがおかしい。


 俺の知る限りでは、バーラでのストーリーは、人質を解放するためにアグハトの招集に応じて、一緒に『西の魔王』を討伐するといったものだ。


 バーラの街にワイバーンが現れる展開もない。


 そもそも『西の魔王』の配下に、ワイバーンはいない。


『ヴレイヴワールド』での敵の配置も俺がやったので間違いない。


 ……王都のときと同じく、『ヴレイヴワールド』と違う展開になっている部分があるようだな。

 

「単独でも厄介な『西の魔王』だが、奴は取り巻きにモンスターを従えていた。

 少なく見積もっても、50。

 下手すれば、住み家にしている森のモンスターすべてだ。

 バーラの冒険者が全員で取りかからないとやばい案件だ」


 アグハトの言葉に、冒険者ギルドの職員がうなづいていた。


 冒険者ギルドも認識は同じで、アグハトが『ゴールド』ランクの冒険者なので、一任しているのだ。


「敵の強さはわかりました。

 人質はどのくらいですか?」


「バーラでの失踪者を考えると、数十人といったところだ。

 おそらくそれが、管理できる最大人数なんだろう」


「『西の魔王』の要求は?」


「バーラにある魔道具と金銭の譲渡と、定期的に街の人間をよこせと言ってきている」


「さらに人質を?」


「いや、おそらく魔法、呪いの実験だろう」


「…………なるほど」


 ルナの体から、ゆらりと赤い光が立ち上る。


 注視していないとわからないほどの光だが、間違いない。


凶神の使徒バーサーカー』発現の予兆だ。


 涼しげな顔をしているルナだが、怒っているみたいだな。


 街の人々が魔法の実験台にされるのが許せないのだろう。


 もっとも、赤い光はすぐに見えなくなったので、自制できたようだが。


「ということは、あのワイバーン……

 交渉が決裂した場合は、街を直接狙うということですか?」


「ああ、バーラの街を破壊するとさ。

 オレがしくじったばかりに、あんなことになっちまった……」


「アグハトさんは悪くねぇよ!!」


 ギルドにいた冒険者の誰かが叫んだ。


 他の冒険者も「そうだそうだ!」と声を上げる。


「敵がわからなかったんだ!」


「人質がいるから、ひとりで行ってもらうしかなかった」


「俺たちがいても足手まといだからな……」


 冒険者が口々に話す。

 

『ゴールド』ランクは、ただの強さだけの指標ではなく、『街の英雄』などと呼ばれることがある。


 まさしく、アグハトはバーラの英雄的存在なのだ。


「ありがとよ。

 だが、失敗は失敗だ。

 それを受け入れんことには、奴を倒すことはできん」


 アグハトがやんわりと、しかし威厳を持たせた声で冒険者をなだめる。


 憧れの『ゴールド』の言葉が響いたのか、冒険者たちは渋々といった感じの者もいたが、大人しくなった。


「状況について理解しました。

 ワイバーンの襲撃で街に被害も出ましたが、ミツキがすぐに討伐したので軽微なものです」


「ああ、兄ちゃんには感謝している。

 バーラの住民を代表して礼を言う。

 助かった、ありがとう」

 

 アグハトに合わせて、ギルドの職員や冒険者が頭を下げる。


「偶然居合わせただけだ。

 それにアグハトでも、あの程度のワイバーンならどうにかできただろう?」


「そんなことはない。

 オレでは、勝てるかもわからん相手だ」


 え?


 イレギュラーなモンスターとはいえ、ステータス的には、アグハトのレベルでも討伐はできるはずだが……


 あ、そうか。


 相性の問題だ。


 アグハトは、己の肉体のみを武器に戦う重戦士……ゲーム用語で言うところの、敵の注意や攻撃を引き付ける『タンク』と呼ばれるタイプ。


 持久戦もできるし、一撃も強いが、空を飛んで戦われたら、かなり不利だ。


 アグハトは大丈夫でも、街にかなりの被害が出るだろう。


「街を救ってもらった上で、不躾なんだが……

 兄ちゃんに頼みがあるんだ……」


 アグハトは先ほどよりもさらに深く頭を下げた。


「『西の魔王』を倒してくれ。人質を……ミーリアを助けてくれ!」


 ミーリアというのは、アグハトの幼馴染の名前だ。


 設定では、アグハトよりも年下で、妹のような存在の村娘。


 王都からの救援要請を無視して、敵地に潜入した経緯から、アグハトがどれだけミーリアを大切にしているかがわかる。


 それゆえに、この『西の魔王』討伐依頼は、ストーリー上では重要なクエストのひとつになる。


 幼馴染のミーリアを助けるため、一緒に『西の魔王』を退治することで、アグハトが仲間になってくれるのだ。


 アグハトは『ゴールド』ランクの冒険者なので、ステータスがかなり高く、この討伐依頼のイベントから、即戦力として、安心して前衛を任せられる。


 それだけでなく、今まで前衛をやっていたルナが中衛に回って、遊撃と回復をこなすようになるので、パーティメンバーの火力と持久力も底上げされる。


 前衛アグハト・マイア、中衛プレイヤー・ルナ、後衛リーゼ、といった具合だ。


『ヴレイヴワールド』では、序盤の鉄板な布陣だ。


 逆に、ここでアグハトを仲間にしておかないと、前衛が不安定になる。


 この世界は『ヴレイヴワールド』とは少し違うが、アグハトの加入がパーティの戦力強化につながることは間違いない。


 是が非でも仲間にしたい!!


「…………」  


 ルナに視線を送る。


 このパーティのリーダーはルナなので、彼女に依頼を受けるかの判断をあおぐ。


 あ、頷いている。


 よかった、オーケーだ。


「わかった。依頼を受けよう」


「っ!!

 そうか……兄ちゃん、ありがとな」


 無骨な男の顔が緩む。


「感謝はいいさ。

 どのみち、倒さなきゃならん奴だ」


「そうだな。

 街の平和のためにも……」


「大丈夫だ。

 アグハトがいれば負けはしない。

 頼りにしてるぞ」


「いや、オレはいかない。

 街に残る」


「………………………………え?」


 何を言っているんだ?


 街に残る?


「この傷だ。

 行っても足手まといになる。

 それに、また街が襲われんとも限らんしな」


「……アグハトがいないと『西の魔王』の居場所がわからないぞ?」


「場所はバーラから西の森だ。

 道案内に兄ちゃんたちと同じ『シルバー』をつける。

 手負いのオレよりも役に立つはずだ」


 いやいやいや!


 あなたが前で立っていてくれるだけで、討伐の依頼は捗るんだが!?


 ルナたちに「説得してー」と視線を投げる。


 頷き返してくれた。


 任せた!


「道案内は不要です。

 私たちだけで討伐に向かいます」


「王都にいた魔王軍より弱いなら、やっつけられそうだよ!」


「面倒な連中なんてさっさと焼き払って、お風呂に入り直しましょう」


 ぬわぁぁぁぁぁぁぁ!!


 まったく伝わってなかった!!!


「なんて頼もしい……

 兄ちゃんたち、任せたぞ!!」


 アグハトは、大きくてゴツイ手で、俺の手を握った。



 どうしてこうなった……

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