第37話 夜の街を脅かす者

 脱衣所を素通りして、走りながら最低限の装備を身に着ける。


 入浴中の襲撃だったが、こういうとき、何もない空間から出し入れできる『アイテム欄』──この世界では収納魔法──は非常に便利だ。


 さすがにタオル一枚で戦うわけにはいかないからな。


 股下がスースーするが……普通の恰好をした冒険者に見えているはずだ。


 …………


 ……みんな、逃げるのに必死で俺なんて見ていなかった。


 街が襲撃されたなら当然か。


 さて、その襲撃者は……


 ゴワァァァァァァァァッ!!


 街の中央に黒い影。


 デカイ。


 周囲の建物を超えているから……5メートルはある。


 スクラップベアと同じだな。


 いや、でも、なんか……横幅が大きいような……


 そのとき、黒い影が口から炎の弾を吐き出した。


 コイツ、ワイバーンか!!


「『アクア・ウォール』!」


 即座に魔法で水の壁を生み出す。


 ワイバーンの吐き出した火球は、俺の生み出した水の壁を潜り抜け、湯気となって消滅した。


 火力はそれほどではない……


 姿はよく見えないが、『ヴレイヴワールド』のストーリー中盤に登場する下級ワイバーンだな。


 ドラゴン種の中では弱いほう。


 だが、ここら辺のモンスターが、数十体束になっても勝てないくらい強い。


 だからというわけではないけれど、ゲームでは、バーラの街に現れない種類のモンスターなのだが……


 ゴワワワァァァァァァァッ!!


 巨体が俺のほうを向く。


 ブレスを消したので、敵対者だと認定されたようだ。


 ひとりでワイバーンの相手……ステータスだけで考えるときつい。


 けれど、まあ……俺に意識を集中してくれるのは、むしろありがたいか。


 下級ワイバーンでも、空を飛びながらブレス攻撃もできる。


 今の『ミツキ』では、対空攻撃の手段に乏しい。


 空を飛ばれながら、俺以外を標的にした範囲攻撃をされたらどうしようもないからな。


 ワイバーンの口の周りが明るくなる。


 先ほどのように炎のブレスを吐こうとしているようだ。


 街に被害を出すわけにはいかない。


「『アース・ブロック』!」


 土の魔法を発動させる。


 ワイバーンの足元にある地面が伸び上がり、石柱となってその下顎を捉えた。


 ゴワッ!?


 いきなり下方向から攻撃され、ワイバーンがひるむ。


 さらに行き場を失った炎のブレスがワイバーンの口内で爆発。


 ……ゴウン……


 巨体がぐらつく。


 ここだ!


 使用するのは、水魔法から派生した氷の魔法。


「『アイス・バレット』!」


 発射した数十発の氷の弾丸が、ワイバーンの翼を貫通する。


 ゴワワァァ!?


 ズタボロになった翼を見て、ワイバーンが悲鳴に似た雄たけびを上げる。


 これで、空を飛べないだろう。


 炎も吐けず、空も飛べなくなったワイバーンが取る行動はひとつ。


 ゴワワァァ!!


 突進攻撃だ。


 5メートルを超える巨体に衝突されたら、人間なんてひとたまりもない。


 ぶつけることができたなら、な。


「やっぱり、行動パターンは『ヴレイヴワールド』のままなんだよな……」


 自分で設定したので、覚えている。


 100%の確定行動。


 その攻撃範囲も、威力も全部わかる。


 当然、攻撃の軌道もだ。


 近づいてくるワイバーンに、再び氷の魔法を発動する。


「『アイス・ブロック』!」


 魔法名を唱え終えると、ワイバーンの進路の上空に馬車サイズの氷塊が出現。


 ぴったりのタイミングで、その下を移動するワイバーンの首へと落下した。


 ギャガァッ!?


 ワイバーンが氷塊の重さに耐えきれず、地面へと標本のように縫い付けられた。


 ここまで来たらあとは簡単だ。


「『オープン』」


『アイテム欄』から剣を取り出し、構えを取る。


 狙うは、ワイバーンの首。


「『氷裂斬ひょうれつざん』!!」


 剣技タイプの『練術』は指定された動作と同じ軌跡を描くことで、威力が跳ね上がる。


 ゴワ──


 氷の力をまとわせた一閃。

 

 切り口から出るはずの体液すら凍てつかせ、ワイバーンの首が宙を舞った。


 ちょうどそのとき、誰かが駆け寄ってくる足音が近づいてくる。


 ルナとマイア、それにリーゼだ。


 全員が湯浴み着の上に何かを羽織ったような軽装だ。


 俺と同じく、ワイバーンの襲撃を察知してきたのかな?


「ミ、ミツキ!!

 敵は?」


「終わったよ」


 落ちてきていたワイバーンの首をルナたちに見せる。


「わ、ワイバーン!?」


「なんでこんなところにいるのよ!!」


 マイアとリーゼがびっくりしている。


 まあ、本来はこの辺りにいない種類のモンスターだからな。


 俺も驚いたし。


 しかし、そんな2人のさらに後方、マイアたちよりも驚いた顔をしている人物がいた。


「マジかよ……!?

 ワイバーンをたったひとりで仕留めたってのか……!」


 腰にタオルを巻いただけのアグハトだった。

 

 大浴場にいたときはつれなかったが、これでお眼鏡にかなっただろうか?


「それじゃ、この街で起こっていることについて教えてくれ」

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