第36話 アンダイン大浴場

 2時間ほどするとマイアが俺を呼びに来た。


 リーゼが起きたので、出かけようとのこと。


 行先は……


 予想通りの場所だった。


 というわけで、一緒に出掛けた。



「はぁぁぁぁ、生き返るぅ……」


 自然と声が出てしまった。


 俺がいるのは、だだっ広い枠の中に大量のお湯が注がれた場所……


 なんて言い方せずに、普通に言おう。


 大浴場だ。


 40人くらいが同時に入れる巨大な湯船に、首から下まで浸かっていた。


 湯船の周囲には洗い場に、サウナに、水風呂……


 さらに壁に描かれた大きな山の絵まである。


 描かれた山は、富士山に似ているが、まったくの別物。


『ヴレイヴワールド』では、竜神の住み家と言われている山だ。


 竜神は、水を司っている設定なので、浴場をデザインする際にお願いしたんだよなー。


 まあ、竜神の一族に会うのは、ストーリーの後半も後半なんだけど。


 でも、序盤の街に、後半の情報を匂わせるものがあってもいいんじゃないか……というわけで、竜神の山を描いてもらった。


 って、少し話がそれたな。


 現代と同じ雰囲気を醸し出すこの浴場だが、名前もちゃんとある。


 アンダイン大浴場。


 周辺にある川と無限に清水が沸き続ける泉を使い、大衆向けに作られたバーラの観光名所だ。


 使われていると水も上質で、一定時間浸かっていると、わずかながら魔法の攻撃力を上げるバフ効果もつく。


 しかし、何よりもこれ……


「ふぅ、あったかーい」


 体がとろけそうになる。


 普段は、桶の中にお湯を入れただけのような簡易風呂か、シャワーだけだから余計に気持ちよく感じる……

 

 やっぱり大きなお風呂はいいなー。


「……ルナたちも楽しんでるかな」


 女湯もこの男湯と同じ構造になっている。


 これだけ大きな湯船なので、浸かれないことはないだろう。


「ああ、でも……プライベート風呂を予約しようとしてたっけ……」


 アンダイン大浴場には、十人ほどで入れる小さめなプライベートな風呂もある。


 割高だが、見知った者たちだけでこのお湯を堪能できるのだ。


 冒険者のパーティ単位でも使用可能で、だからルナたちも予約しようとしていたわけだ。


 湯浴み着を着用して混浴にもできるため、俺も誘われたが……


 辞退しておいた。


 気を遣ってくれたのだろうが、リーゼの部屋で配慮を欠いたことをしてしまったしな……


 少女3人で気兼ねなく入ってきてほしい。


 俺はこのだだっ広い湯船で手足を伸ばそう。


 はぁぁぁ……お湯が本当に気持ちいい。


 この街でやらないこともあるけど、この瞬間だけはゆっくりしよう。


 ごくらくごくらくー。


「──兄ちゃん、見ない顔だな」


 誰かの声。


 いつの間に閉じていた目を開けると、ムキムキの褐色の肌を傷だらけにした男が、そばに立っていた。


 どこかで見たことが……あっ。


「アグハト!?」


「なんだ、オレを知ってんのか? ま、有名人っていう自覚はあるけどよ」


 大きな傷の入った頬を張って笑っているこの男は、ヘイムダル王国内では数少ない『ゴールド』ランクの冒険者だ。


 ついでに言うと、俺がこの街で仲間にしよう考えていたキャラクター。


 なんで、ここにいるの?


 このキャラの初期配置は、宿屋か冒険者ギルドに詰めているはずなのに……


「どうした?」


 アグハトが不思議そうな顔をしている。


 いかんいかん。


 思わぬ場所と恰好だったから考えこんでしまった。


 ええっと……


「まさかこんなところで会うとは思わなくてな。冒険者ギルドにいなくていいのか?」


「うん? 冒険者だからっていつもギルドにいるわけじゃないぞ」


 アグハトが俺の隣に座るように湯船につかる。


 デ、デカイ。


 体格だけならピエスよりも大きい。


 設定だと、2メートル近いんだったか。


 腕も丸太みたいに……


 ……あれ? 


 コイツの右腕にこんな一直線の傷なんてあったか?


 しかもまだ赤くて痛々しい。


 最近できたようだが……


「ふぅ……効くなぁ……」


「ここにはよく来るのか?」


「まぁな。冒険者やってると生傷が絶えねえもんでよ。っていっても、最近は休みすぎだが……」


「どういう意味だ?」


 アグハトが休んでいる?


 そんな設定は『ヴレイヴワールド』にはなかったはずだ。


 王都の時と同じように、俺の知っているものと、違う展開になっているのか?


「あー、すまん。兄ちゃんには関係ないことだ。忘れてくれ」


 ふむ。


 さすがに初対面では、腹を割って話すことはないか。


 ゲームだと、彼と一緒に依頼をこなすことで、パーティに加わるからな。


 しかし、この世界だとそれとは別に解決しないことがありそうだ。


 どうしたものだろう。


 そのときだった。



 ──ゴドォォォォォォォン!!


 水面が突然大きく揺れた。

 

 大浴場も、揺れているな。


 なんだ、何が起きた!?


「チッ! 街まで来やがったか!?」


「何がだ?」


「襲撃だよ。クソッ、こっちが回復するのも待ってくれないようだな……」


 アグハトが生傷の残る右腕が押さえて湯船から出ていこうとする。


 バーラの街が襲われている?


 そんなストーリー展開は、なかったはずだ。


 だが、これはチャンスだ。


「俺がいく。お前は休んでいてくれ」


「……いや、待て。兄ちゃんも冒険者なのかもしれんが、アイツは強い。せめて『シルバー』でないと……」


「なら大丈夫だ。最近なったばかりだけど、俺も『シルバー』だからな」


『シルバー』の冒険者で、最低限の対応ができるなら、脅威的にはスクラップベアと同等か少し強いくらいだろう。


「最近って……まさか、兄ちゃん、王都に現れたっていう──」


 アグハトが何か言っていたが、俺は最後まで聞かずに大浴場から飛び出した。

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