第35話 交易都市バーラ

 俺たちを乗せた馬車が目的の街に到着したのは、それから1日後だった。


 予定よりも到着が遅れてしまった。


 途中の村で一泊したからだ。


「うっ……悪いわね。あたしのせいで……」


 途中の村に寄ったときのリーゼ。


 体調が悪いことも関係するのか、いつもよりしおらしかった。


「いや、リーゼのせいじゃないよ。

 元々この村には寄る予定だったからな」


 嘘ではない。


 この世界はゲームではなさそうだが、アイテムやモンスターの配置は『ヴレイヴワールド』と同じなのだ。


 となれば、店売りのアイテムも同じはずで……


 お、あったあった。


 やっぱりこの村で売っていたか。


「何に使うのですか?」


 ルナの視線は、俺が買った小袋に注がれていた。


「リーゼの酔い止めと、次の街でちょっとな」


 このアイテムがあるのとないのとでは、この先の攻略難易度が変わる。


 後々、きっと役に立つだろう。


 そして村で一泊したのちに再び馬車に揺られて……


 俺たちは目的の町に到着した。




「うわっ! いつ来てもすごい人だねー!」


 マイアが馬車の窓から外を眺めている。


 交易都市バーラ。


 ヘイムダル王国最大の街で、各国から商人や冒険者などが訪れる。


 レンガや石造りの建物が立ち並び、中央の広場ではバザーなども多く開かれている。


 ヘイムダル王都以上に人の流れが多く、人やモノを乗せた馬車とも先ほどから多くすれ違っていた。


 俺たちの乗った馬車は、その往来を避けて冒険者ギルド専用の停留所へ。


 御者に「到着しました」と言われたので、すぐに降りる。


 ふーーーうぅぅうぅぅぅ……。


 体が固まった。


 4人で乗っても狭さは感じなかったが、体を自由に動かせないのはやはり窮屈だったな。


 冒険者ギルドに行って、簡単な依頼で体を動かそうか……


 とか考えていると、ルナが荷物を持って近づいてきた。


「宿を探しましょう」


 宿か。


 日も傾いてきているし、動くのは明日からでもいいか。


「さ、賛成……うっ」


 リーゼもまだ体調悪そうだしな。


「どこの宿にするの?」


「表通りがいいけれど……この時間だと、もういっぱいよね……」


「高いところしか残ってないかも」


「お金はあるけれど、旅のことを考えると余計な出費は抑えたいわね。不便だけど、裏通りの宿にしましょうか……」


「イヤよ! あのあたり治安も悪いし、部屋も汚いじゃない……うっ!」


 マイアとルナが話しているところに、リーゼが乱入。


 表通りというのは、バーラの主要地区を結ぶ大通りのこと。


 裏通りは、大通りから少し外れた細い道のこと。


 それぞれの通りの特徴は、ルナたちが話していた通り。


 表通りの宿はキレイで防犯性も高いが料金が高い。


 裏通りの宿は見栄えが悪くて防犯性も低いが、料金が安い。


『ヴレイヴワールド』の設定だと、裏通りの一部の宿は、就寝中に強盗に入られる判定があるくらいだ。


 撃退すれば、反対にメリットもあったりするのだが……


 リーゼの体調のこともあるし、しっかり休めるところがいいだろう。


 ルナたちは知る由もないだろうが、『ヴレイヴワールド』の開発者創造主である俺は、この街の穴場の宿も知っている。


「それなら、いいところ知ってるぞ」


 俺が提案するとルナが不思議そうな顔をした。


「……? ミツキ、バーラに来たことがあるのですか?」


「ないけど、噂は聞いてる。ついてきてくれ」


 俺はルナたちを連れて、穴場の宿に移動した。



「わぁぁぁぁぁああああ…………」


 マイアが部屋を見た途端、小さな歓声を上げた。


 部屋の主に案内されたのは、シングルベッドと調度品がそろった小部屋。


 一人部屋なので大きくはないが、手入れがしっかりされており、清潔に保たれている。


「表通りにこんな宿があるなんて……」


「下が喫茶店だからな。普通はわからんだろう」


 そもそも泊れるようになるのは、イベントをクリアする必要があるしな。


『ヴレイヴワールド』では、1階の喫茶店で休んでいると、店主が困っている現場に遭遇する。


 話を聞くと、どうやら料理に出すホーンラビットの肉が足りなくなったので、困っているとのこと。


 その悩みを解決することで、喫茶店の上にある宿に泊まれるようになる。


 そういったイベントだ。


 部屋の数は4つ。


 ちょうど、プレイヤーとルナたち3人の合計数だ。


「値段は他の表通りの宿に比べて安い上に、ホーンラビットの肉を店主に渡せば、いつまでも泊れるように契約済みだ。食事も下の喫茶店にいけば、すぐに食べられるぞ」


「よい部屋です、こんなところがあったんですね……」


「ここならぐっすり眠れるよ!」


 ルナとマイアも満足してくれたようで、先ほどから部屋の中を見渡しながら、調度品などを触っている。


 俺が抱く部屋のイメージとしては、少し小さめのビジネスホテルといったところだが……この世界の宿は、王都で俺が使っていたような、ベッドが置かれていて鍵がかけられるだけでも高級な部類に入る。


『シルバー』ランクの冒険者のルナたちにとっても、悪くない部屋だと思う。


 ルナとマイアが部屋をあちこち見て回っていると、


「じゃあ、お休みー」


 小さな影──リーゼがベッドの上に倒れこんだ。


 まだ体調が悪いようだな。


 まあ、部屋は人数分頼んであるので、この部屋をリーゼが使っても問題はない。


 すでにリーゼも私室として扱い始めたようで、ベッドに寝ころびながら、ブーツを脱いで、ローブを脱ぎ始め、レースをあしらった高そうな下着があらわに……


「リ、リーゼ!!」


「わわわっ! ミツキ、出ていって!」


 ルナとマイアに部屋から追い出されてしまった。


 ふむ。


 まだ部屋の説明は終わってなかったのだが……


 ま、シャワーがついてないって言うだけだったからいいか。


「それに、この街にはあの施設があるからな」


 この宿に来る途中に確認したが、『ヴレイヴワールド』同様にこの世界にも実在した。


 そのうち行ってみよう。


 しかし、女性ばかりのパーティに男ひとりだけだと、いろいろと気をつけないといけないな。


 先ほども、自分から出ていくなどできれば……


 配慮が足らなかったな。


 この世界は『ヴレイヴワールド』のようで、また違う世界。


 開発者だった俺は、どうしてもルナたちをゲームのキャラクターとして見てしまうので、そのことで彼女たちを不快にさせないようにしないとな。


 パーティメンバーとは仲良くやりたい。


 そういった意味でも、新しいメンバーが欲しい。


 気軽に話せて、この世界の常識を教えてくれたり、キャラクターの態度を指摘してくれる、そんな男のパーティメンバーが。


「やっぱり、あのルートで進むか」


 俺はゲームの設定を思い出しながら、自分用に確保した部屋へと向かった。

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