第32話 決着

 爆発で発生した白煙が、風で流されていく。


 真っ二つに折れた禍々しい剣の持ち主は、地面に大の字に寝そべっていた。


「……オレは、負けたのか?」


「そうだな。この勝負に勝ち負けがあるなら、お前の負けだ」


 俺は持っていた大剣を、ピエスから見える位置に突き刺した。


「その剣、斬られたときに思い出したぜ。勇者が使っていた剣だよな……」


 その通りだ。


 この大剣は、勇者がかつて魔王討伐の際に装備していたものだ。


 そのため、『ヴレイヴワールド』にある装備の中で、かなりの高ランクに属している。


 だから元『魔王軍』四天王のピエスが持っている剣にも、勝つことができた。


 ゲーム的な表現をするなら、こっちの剣のほうが優先度が高かったってことだな。


「なんでそんな剣が、こんな辺境の地にあんだよ……?」


「ヘイムダル王国は、勇者の装備を奉ることで建てられた国だからだ」


 最初の町に、伝説の勇者の剣があるって最高じゃね?


 それでストーリーの終盤で町に戻ったとき、お姫様から渡されるって展開にしたら激熱じゃね?


 ……そう言ったのは誰だったか。


 ゲームの制作に入る前の楽しいネタ出しの時間は、もうずっと前の出来事みたいだ。


「……そうだったか。人間のことも調べて、知っていたつもりだったが……」


「魔王討伐から200年。勇者と魔王の戦いは、物語での出来事になった。勇者の権威は形骸化しつつあるが……剣はこうしてここにある」


「なるほどな……やべぇところにちょっかいを出しちまったようだ」


 ピエスは薄笑いを浮かべていた。


 ここで倒されると思っているんだろう。


「おい、感傷にひたってないで、さっさとどっか行け」


「はぁ?」


「防御力とか自動回復とかぶっちぎってHPを全損させたけど、お前は死なんだろ? 不死の呪い持ってて、勇者が討伐したのに、今まで生きてたんだからな」


「テメェっ!? なんでそのことを……」


「わけあってな。さすがにお前を呪いをどうにかして倒す手段は、持ち合わせてない」


『ヴレイヴワールド』ではピエスが魔王として覚醒したあとに、魂を浄化する手段を入手する必要がある。


 それがわかるのは、ストーリーの終盤。


 最初の町ではその条件もアイテムもあるわけがない。


「だからさっさと行け。それとも、呪いだから、時間経過で勝手に消えるのか?」


「……チッ。まあいい。こんな得体の知れねぇ奴に会ったのは、勇者以来だ。その面、覚えておいてやる」


 いや、さっさと忘れてくれ。


 チート使ってやっと倒したのに、ラスボスに追い回されるとか、どんな難易度だよ。


「じゃあな………300年後にまた会おうぜ」


「ん? 300……ってのはなんだ?」


「オレが復活するまでの時間だ」


「そうか。呪いとはいえ、復活するにはそんなに時間が……」


 あれ?

 

 ってことは、ピエス、『ヴレイヴワールド』のストーリー中には復活できないんじゃね?


 プレイヤーは人間って設定だし、仮にストーリー中に出てくる神様の加護を受けても300年は生きられない気が……


「うぉい! マジかよ!」


「次に会う時は負けないぜ」


「待て待て! 『再戦が楽しみ』みたいな雰囲気で消えるんじゃない! このままだと、ストーリーが……」


 そうこうしているうちに、ピエスの体が黒い炎に包まれ……


 そして、消えた。


 黒い影と折れた剣だけ残して。


「…………」


 ゲームのラスボス、最初の街で倒しちゃった……


 俺は頭を抱えた。


 精神的に、物理的に。


 そうしてしばらくすると……


 周囲にいた冒険者の誰かが声を上げた。


「勝った……? 勝ったのか、『魔王軍』に」


「やった……やったぞ! 助かったんだ!」


「ヘイムダルは守られた!!」


 うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!


 誰かが吠えた途端、周囲の感情が爆発した。


 ところどころで、叫び声や笑い声、鳴き声なんかが聞こえてくる。


「ミツキ!!」


 声のしたほうを振り向くと、ルナとマイアとリーゼが駆け寄ってくる。


 みんなフラフラだった。


 限界まで戦ったからな。


 仕方ないだろう──


「「「ミツキぃぃぃ」」」


 3人が抱きついてきた。


 ぎゃぁぁぁっ!!


 痛い、痛い!


 右腕がめっちゃ痛い、ちぎれそう!!


 今まで我慢してたけど、もう無理……!


 倒れる。


 3人はそのまま倒れた俺の上で泣きじゃくっている。


 ああ、怖かったよな。


 いきなりラスボスと戦ったんだもんな。


 ルナたちを落ち着かせるように、順に頭をなでる。


 もちろん、左手で。


 右手は痛すぎて動かせん。


 くっつけてもらったのに、その腕でステータスを超える剣を持って、さらに風とか爆発で無理やり動かしたんだから、当然といえば当然だけどさ。


 でも、これでよくわかった。


 ここはゲームの世界じゃない。


 この痛みも、ぬくりもりも、仮想世界ではなしえないものだ。


 だから、ここはきっと……


 まあ、いいや。


 今はとりあえず、喜ぼう。


 イベントクリアを。

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