幕間 少女たちの奮闘

〇ルナ視点


「そろそろよ、準備はできてる?」


 私は前方を警戒しながら、後ろの2人に声をかけた。


「うん! 元気の準備はばっちりだよ!」


「当然、一発ぶちかましてやるわ!」


 マイアとリーゼ……やる気は充分みたいね。


 それも当然か。


 先の戦いでは、私たちはまるで役に立たなかった。


 私たちが援護を……いえ、せめて逃げることができていれば、ミツキは腕を斬られるなんてことなかったはず……


 私が不甲斐ないせいで、ミツキは……


 彼の離脱は、私たちのパーティどころか、ヘイムダル王国にとっても痛手だ。


 その埋め合わせは、私たちでしなければ……


 そう思い、姫様に進言した。


 姫様は止めてくださった。


 お優しい方だ。


 冒険者のことも心配してくださるなんて。


 けれど、私たちにはミツキの邪魔をしてしまった責任がある。


 3人だけで、元『魔王軍』の四天王を撃退する。


 勝算はある。


 相手は強いけれど、ひとり。


 3人の最高火力で不意を打てば、手傷を負わせるくらいはできるはず。


 それで、王都から離れてくれば、私たちの勝ちだ。


 失敗は許されない。


 ミツキの代わりに、私たちが……


「ルナ」


「…………」


「ルーナッ!」


 ゴツン!


 私の頭に杖の先が降ってきた。


 イタイ。


「また気負ってるわね。真面目なのはいいけど。周りをちゃんと見なさい」


「……リーゼに言われたくない」


「はぁん?」


「姫様や私たちを無視して、ミツキに決闘を挑んだじゃない……」


「あれはアイツのことがまだよくわかってなかったらから……って、そんなことどうでもいいのよ! まったく……いつまでもそんなふうなら、あたしが臨時でリーダーやるわよ。逃げ道、考えてあるの?」


「大丈夫よ。絶対にアイツを追い払うから」


「……ダメだわ、コイツ。もう一発ぶっ叩いておこうかしら?」


「まぁまぁ、ふたりとも落ち着いて。そこまでー」


 マイアが「こんなときに喧嘩しないでー」と言わんばかりに入ってくる。


 大丈夫。


 私はいつだって落ち着いている。


 冷静、冷静。


 元『四天王』だってぶっ飛ばす自信がある。


「ルナ、そんな不満そうにしないでよ」


「不満じゃないわ。私は冷静」


「あたしもよ」


 リーゼもそう言っているけれど、違う。


 不満ですと言わんばかりに唇はとがっているし、目尻も上がっている。


 今すぐにでも魔法をぶっ放したいみたい。


「……あのさ、言っておくけど、二人とも同じ顔してるからね? すごい不満そうなの、隠しきれてないからね?」


「何を言っているの、マイア。私は冷静よ」


「そうよ。あたしも超冷静! ルナみたいに怒った顔してないから」


「怒った顔なんてしてないわ。怒ってるのは、リーゼ」


「なんでよ! あんた、今にも暴走して、アイツをぶん殴りたいって顔してるわよ」


「そんなことない」


「そんなことあるって!」


「はいはい、ふたりともそこでおしまい! あんまりやってると、ボクも怒るよ?」


 握り拳を作ってにっこりとしているマイア。


 あ、目が笑ってない。


 これ以上、続けると顔に拳が飛んでくる。


 最近はミツキにばかり驚いていたけど、マイアも相当なチカラの持ち主。


 拳だけで、木を倒せる女の子って初めて見たもの。


 ……この話はやめましょう。


 リーゼも赤かった顔を少し青くしている。


 さっきは口論みたいになっていたけれど、やっぱり私たちはパーティ。


 一番怒らせちゃいけないのが、誰だかわかっている。


「……逃げる手段は、リーゼの魔力が残っているなら、ミツキがやったのと同じ、霧の魔法をお願いするわ」


「……わかったわ」


「魔法が使えない場合は、マイアの分身スキルで相手をくぎ付けにして、その間に逃げましょう」


「わかったよ!」


「その分身を使えない場合だけど……」


 私は真剣に聞いているふたりの顔を見て告げた。


「私が囮になるわ。盾を持っているから、少しは時間を稼げると思う。その間にふたりは全力で逃げて。これはリーダーとしての命令よ」


「「わかった」」


 嘘ばっかり。


 そうなったら、自分も残るって、ふたりとも顔に書いてある。


 伊達に、パーティーを組んでいるわけじゃない。


 ふたりとも私と同じ気持ちなのだ。


 ミツキが目の前でやられたことを、自分のせいだと思っている。


 どうしても今回の任務を成功させたいんだ。


 それが、せめてもの罪滅ぼしになると考えている。


 まったく、それなら最初から逃げる手段なんていらないじゃない。


 いえ、私もわかっている。

 

 リーゼが逃げる手段なんて言い出しのは、私の緊張がわかったからだろう。


 その緊張をほぐしたくて、わざわざあんな回りくどいことを言い出したに違いない。


 普段は、はっきり物を言うのに……


 リーゼなりの気の使い方だったのかも。


 それとも……もしかして、リーゼ自身も緊張していたから、それを紛らわせたかったとか?


 私、それでいきなり杖で叩かれたの……?


 まだジンジンするんだけど……


 ……まあ、いいわ。


 パーティのリーダーなんだから、メンバーのしたことは許しましょう。


 もうすぐ、会えなくなるかもしれないしね……


「それじゃ、私たちのパーティの実力を見せましょう!」


「「おー!!」」


 

〇マイア視点


 ふぅ、なんとかふたりとも落ち着いたみたい。


 喧嘩しながら、強い相手に勝つなんてできないからね。


 でも、息を合わせれば、なんとかなるよ!

 

「リーゼ、戦闘の指揮はあなたに任せるわ」


「ええ。ルナは力の操作に集中しなさい」


 ルナはリーゼの返答にうなずくと、その体から魔力の赤い光が放出され始めた。


凶神の使徒バーサーカー』だ。


 ルナが使える身体強化能力。


 すごく速くなって、そして、重たい攻撃を繰り出す。


 単純な力勝負だと、まだボクのほうが強いけど、ルナは魔法も使える。


 だけどその反動なのか、ルナはこの力を使うと、意識を失ってしまう。


 ボクたちは、それを暴走状態と呼んでいる。


 暴走状態になったルナは、敵味方構わず攻撃してしまう。


 止めるにはケガを覚悟しなくちゃいけなかったけど……


 ミツキが来てからは魔法でなんとかしてくれるので、力を制御するための修行ができるようになった。


 それでどうにか『凶神の使徒バーサーカー』状態になってすぐなら、こちらに意思を伝えるくらいにはなったけど……


 今回は……


「…………リーゼ、マイア」


 ……え?


凶神の使徒バーサーカー』状態のルナがしゃべった!


「合図よ! マイア、ルナの援護を!」


「う、うんっ!」


 リーゼは、ボクに指示を出すと魔力を練り上げた。


「『フレア・メテオ』!!」


 リーゼの魔法が具現化する。


 元『魔王軍』がいる開けた場所を焼き尽くす巨大な火球が空に現れ、落下した。


 すごい!


 あの魔法なら、ダメージを負わせられるはず……


「ああああああああ!」


 火球の落下地点にルナが向かっていく。


 走るというよりも、思い切り地面を蹴りだして、大きく飛ぶように移動している感じだ。


 ボクも足には少し自信があったんだけど、あんな移動のされ方でも追いつくのがやっとだ。


 先行するルナは、剣を抜いていた。


 今まで素手でしか戦ったことなかったのに……


 ルナもすごい勢いで成長しているんだね。


 ボクも負けてられないよ!


 ルナは、火球の落下地点にたどり着き……


 そして、煙の中にいた人物に剣を叩きつけた。


「おっと……」


 剣を受け止めた衝撃で周囲の煙が吹き飛ぶ。


 草原の緑は焼きつくされて、地面もクレーターのように陥没もしているのに、その人物には傷一つついていなかった。


「森の中からさえずりが聞こえると思ったら……本当に小鳥が出てきやがった」


 元『魔王軍』の四天王ピエスは、ルナの剣を指でつまんで受け止めていた!


「ほぅ……『凶神の使徒バーサーカー』か。その面相……懐かしいな」


 ピエスの意識がルナに向けられる。


 今だ!


 ボクは分身を作り出して、ピエスに斬り掛かった。


 3体の分身と、ボクの同時攻撃なら!


「おいおい。余興以下の手品だな」


「っ!?」


 ……空いたほうの手で、簡単に払われた。


 分身は爆発、しかしダメージはない。


 ここまで力の差が……


 ……わかってたけど、来るものがあるな。


 だけど、それでいい。


 少しでもボクのほうを向いてくれるなら……


「ああああああああ!」


 ルナがピエスの腕を蹴り上げ、剣の拘束を解いた。


 そのまま、再び斬りかかる。


「ジャジャ馬め」


 ルナの剣をさばこうとする。


 それを見て、ボクはピエスの顔めがけて思い切り剣を投げつけた。


「おっとっ!」


 ピエスがそれを弾く。


 剣はなくなったが、不意はつけた。


 本命はこっちだ!


「ああああああああ!」 


 ルナの一閃がピエスを捉える。


 そのタイミングで、ボクも深く腰を落として、右手を引き絞った!


 これが、全力の練術……!


 正拳突きだぁぁぁぁ!!


「どりゃぁぁぁぁっ!!」


 振りぬいた拳は、ピエスの脇腹に正確に打ち込まれた。


「ああああああああ!」


 ルナの一閃がボクの拳とは反対の脇腹へと突き刺さった。


 取った!


 これなら、いくら元『魔王軍』の四天王だって一たまりもない。


 この勝負、ボクたちの勝ち──


「………………え?」


 気がついたときには、ボクの身体が宙を舞っていた。



〇リーゼ視点


「ルナ、マイアっ!?」


 あたしは、ふたりの仲間が殴り飛ばされるのを離れた場所から見ていた。


 ありえなかった。


 ふたりの攻撃は、間違いなく致命傷を与えるのに十分だったはずだ。


「あれが魔王軍の四天王……!」


 あんなのに、いや、あれよりも強い魔王に、200年前の勇者は勝ったって言うの?


 ……ミツキもやばいと思ったけど、こいつはもっとやばい。


 ホント、あたしの強さへの自尊は吹き飛びまくりよ。


 だけど、ここで引き下がるわけにはいかない。


 ふたりが作ってくれたこの隙に、最大火力の魔法を狙う!!


「フレア・ランス!!」


 槍の形状をした炎の塊を、発射した!


 収束した炎はまっすぐに向かっていき、ピエスの身体を貫く。


 その瞬間、込めた魔力が一気に燃え広がり、貫いたままピエスを焼き尽くした。


 これが、ランク3に分類される魔法「フレア・ランス」!


 できるなら、またミツキと戦うときにとっておきかったけど……


 あたしだけじゃなくて、ルナとマイアが命をかけるっていうなら、出さないわけにはいかない。


「う……」


 くっ、急にめまいが……


 足が勝手に膝をついた。


 体だけはなんとか腕を地面に立てて、倒れないように。


 汗が止まらない。


 呼吸が早く、浅い……


 魔力切れの症状ね。


 ミツキと戦ったときよりも、しんどいけど……


 それだけ、威力を込めた。


 これなら、倒せないまでも、撤退させるくらいは……


「ふぅー、あっちーな。多少は威力の出る魔法を撃てる奴がいたか」


 無傷だった。


 まとっているローブが焼け焦げているが、それだけ。


 あたしの全力の魔法が……


「化け物め……」


 無理だ。


 もうどうしようもできない。


 頑丈なマイアは一撃でやられた。


 あたしはもう魔力切れ。


 ルナだって……


「ああああああああ!」


 剣が閃く。


 ルナが再びピエスに斬りかかっていった。


 無茶だ!


 アイツを撤退させるなんて、もうできない!


「フン、やはりこの程度だったか」


 ピエスはルナの剣を指で受け止め、そのまま砕いてみせた。


 ルナはすぐさま剣を捨て、殴り掛かろうとして、首を掴まれた。


「あぐっ!」


「あの男を呼ぶために生かしておいたんだがな……まあ、こんな辺境の地にいる者にしては、頑張ったほうか」


「ぐぅ……」


 ルナが身をよじって逃れようとする。


 そのとき、一瞬だけ、ルナと目があったような気がした。



 逃げて── 


 

 あの子、もしかして、あたしたちを逃がすため、囮に!?


 確かに、逃げる方法を考えてるのか、聞いたけど……!


 でもそれは、念のためというか、緊張を紛らわすためで……!


 誰かを囮にするとか……そんなことをしてほしいために、聞いたわけじゃない!


「フレ、ア……」


 くっ。


 初歩の初歩の魔法すら出ない。


 完全に打ち止めだ。


 それなら、杖で直接……


「ぐぅ……」


 ……ダメ、まるで足が動かない。


「じゃあな。勇者と同じ力を持つ者よ」


 ピエスがゆっくりと動く。


 早くしないと、ルナが……!


「ルナ……!」


 魔力を……


 あたしの生命力を使っていいから魔法を撃たせなさい!


 ここで使わなくていつ使うのよ!


 あたしだけ、命を賭けられないなんて、そんなこと許さないわ!


 だから、魔法を……


 なんでもいいから!


 ルナを、助けて……!



 ──ゴンッ!


「え?」


 突如、大地から生えた石壁が、ルナを掴んでいるピエスの腕に直撃した。


 そして、ピエスを囲むようにその四方を、高い石の壁が取り囲んだ。


「この魔法は……」


 ピエスがルナを放し、身構えた瞬間だった。


 その石壁の中に炎が沸き上がり、天まで届くかという火柱が局所的に出現した!


「あ、あああ……」


 あんな魔法の使い方をする奴は、ひとりしか知らない。


 腕を斬り飛ばされて落ち込んでいたくせに……


 あたしたちを助けるために……


「……ミツキ、来てくれたのね」


 あたしがつぶやくと、近くから足音が聞こえてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る