第30話 お姫様のお願い

 ヘイムダル王国のお姫様、アレクシアが俺の部屋へやってきた。


 以前、お忍びで現れたローブではなく、かといってドレスでもなく、村娘のような……と言っても品のある服を着ているので、良家のお嬢様のように見える。


 そんなお姫様が、従者を伴って……


 いや、従者は部屋の外に待機させるようだ。


 いいのか?


 数週間前にふらっと現れた、素性の知れない旅人のいる部屋に、お姫様が一人で来るなんて。


 それだけ、本気ということか。


 確かにお姫様の整った顔には、わずかに不安や焦りのような色がにじんでいた。


 どんなご用件かは、察しがつく。


 ……その前にベッドから降りるか。


「そのままで大丈夫です。負傷されたと聞いておりますので」


「……どうも」


 右腕の痛みは引きつつあるが、そう言ってもらえるとありがたい。


「時間もありません。挨拶などは抜きにして、本題に入らせていただきます」


 お姫様は部屋にあったイスに腰かけるなり、そう切り出した。


「ミツキ様には、元『魔王軍』四天王を倒していただきたいのです」


 やっぱりか。


「お恥ずかしながら、我が国には『魔王軍』……いえ、それどころか、スクラップベアを、ひとりで討伐できる者はいません」


「王宮の兵士団でもですか?」


「はい。少なくとも、小隊規模は必要です」


 クマ一頭に、兵士団の小隊か。


 兵士団の中には冒険者でいうところの『シルバー』ランクもいたはずだが……


『ゴールド』はいなかったか……


 それだと確かに『魔王軍』と戦うのは厳しいな。


 元『四天王』のピエス相手なら、戦いになるのかもあやしい。


「……状況はわかりました。でも、俺が戦っても負けは確実です。一回負けてますからね」


「それは……ミツキ様おひとりだったからでは? 王都の冒険者と兵士団が、装備を整えてかかれば……」


「無理ですね」


「ミ、ミツキ様が、指示を出せば……」


「即席の部隊では一撃で終わりです」


 現段階でのピエスのステータスは覚えていないが、元『魔王軍』の四天王であれば、初期の町の冒険者や兵士が束になったところで勝てるわけない。


 まあ、それもゲームの話だが……


 ただ、これまでの経験から、この世界のステータス設定値自体は『ヴレイヴワールド』とほぼ同じだ。


 発生するイベントの難易度や敵の強さは、ベリーハードを通り越してインフェルノとかルナティックレベルだが。


 話が逸れた。


 今の段階でピエスをどうにかするのは得策ではない。


 奴の興味がなくなるのを待つくらいしかできない。


 もちろん、そのときには、腹いせに王都が平らになる可能性が高いが……


 それを予想できたからお姫様……アレクシアは俺のところへ来たんだろうな。


 そんなアレクシアはというと……


「…………」


 泣いていた。


「お姫様っ!?」


「え……あ、ごめんなさい……」


 謝りながらも涙の筋がいくつもできていく。


 一瞬だけ、ウソ泣きで気を引こうとか考えてるのかと思ったが……なんとなく、本気っぽいのは伝わってくるので、でそれはなさそうだ。


「その……王都にも被害が出るのは残念ですけど……」


「いえ、違うんです……王都じゃなくて……」


「?」


「ルナさんたちにもう会えないかもと思うと……」


「え?」


 なぜそこでルナ?


 まだ、ギルドで対策を話し合う段階だろ?


「3人だけで、『魔王軍』の者がいる場所へ向かうと聞いて……」


「なんで、3人だけで……!」


「……『魔王軍』の者と対面したのは、ミツキ様を含めて、ルナさんたちだけですので……ミツキ様が亡くなったことにして、なんとか説得できないか試してみるそうです」


「無謀すぎる! スキルでそんなウソすぐにバレるぞ!」


「ど、どういうことですか?」


「ルナたちは知らないだろうが、レベルが上がっていくと、周囲の様子を探れるスキルが手に入る。それは、敵側も同じだけで、当然ピエスも使える。俺が生きていることはすぐにバレるぞ」


 隠密系のスキルがあれば、ごまかせるかもしれないが、この初期ではそれも手に入れられていない。


「それじゃあ、ルナさんたちは本当に……ワタクシ、あの方々に助けていただいのに……!」


 アレクシアが顔を伏せる。


 顔に覆った手の隙間から、悲しみの雫が零れ落ちていく。


 ルナたちがピエスと戦闘になれば、命はない。


 向こうが遊んでくれれば1分は持つだろうが……


 それ以上は絶望的だ。


 とはいえ、ルナたちは、ゲームのキャラクター……ここで全滅しても本当に命を取られるわけじゃ……


 だが、もしもこの世界がゲームではなかったら?


 ルナたちはどうなる?


 ただのゲームのキャラクターとして接してきた彼女たちが……


 もしも、本当に生身の人間であったなら、もう二度と会えなくなるんじゃないのか──


「…………アレクシア」


 俺はベッドから立ち上がり、泣いているお姫様と真正面から視線を合わせた。


「3人と王都を助けるために、何でもやる覚悟はあるか?」


「……あります! だから、皆様を助けてください!!」


 泣きながらも、アレクシアははっきりとそう言った。


 ゲームとか現実とか……


 思うところはあるが、今はそんなもんどうでもいい。


 この世界では、冒険者ミツキなのだ。


 ならば、どうするべきか。

 

 もう答えは出ている。

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