第23話 凶神の使徒

 町を出て、フィールドを進む。


 向かった先は、王都から北の森……


 以前リーゼが勝負を挑んできた場所だな。


「……もうアンタと戦う気はないわよ」


 俺の視線を感じたのか、リーゼがバツの悪そうな顔をしていた。


 俺としては、もっと戦ってもいいのだが……


 NPCとのバトルは、モンスターとの戦いとはまた別の面白さがある。


 ログアウトしたら、ルナたちと戦うイベントももう少し入れておくか。


「ここで、スクラップベアと戦った話でしたけれど……」


「ああ。こっちの茂みから入ってきた」


 ルナたちを案内する。


 すると、その場所だけ5メートルほどの高さの木の枝が不自然に折れ曲がっていた。


 あのスクラップベア、ここに来たとき二足で走ってきたからな。


 こうして破壊された木々を見ると、その大きさがわかる。


 もうすでに、俺の財布の中に収まってしまったけど。


 素材で臨時収入、おいしかったです。


「この先に手がかりがありそうですね。警戒しながら進んでみましょう」


「おー!!」


「ミツキは後ろ見ていて」


「わかったよ」


 ルナ、マイア、リーゼ、俺の順番で進むことになった。


 

 スクラップベアと戦ってから一週間ほど経っていたが、その痕跡は思いの他、多く見つかった。


 巨体なので、移動するだけでも周囲のものに影響を与えてしまうようだ。


 木々のマーキングだけでなく、他のモンスターと争ったあと……それに、食べたり飲んだりしていれば、出るものもある。


 それらの痕跡をたどって、先へと進んでいく。


 途中で、ホーンラビットやランページボアも出てきたが、ルナとマイアがすぐに仕留め、大柄の個体はリーゼの炎魔法で対処した。


「ふふん、どうよ」


 大物を倒すたびにリーゼが胸を張っていた。


「えらいえらい」


「ふふん!」


 うれしそうだ。


 リーゼは、ほめて伸ばしていこう。


 さらに進んでいく。


 そして、森を抜けたところだった。


 それを見つけた。


「……っ! 止まってください!」


「どうしたの、ルナ?」


「あれを」


 ルナがマイアに示したのは、平地にぽつんと立つ巨木の幹。


 そこには、骨のドラゴンが虚ろな赤い眼孔で、こちらを睨んでいるかのような模様が刻まれていた。


 あれは……


「もしかして、『魔王軍』の!?」


 マイアと、そしてリーゼが顔をひきつらせていた。


 あー、そうか。


『魔王軍』の軍旗に採用した模様だったんだ。


 ゲームの中盤からしか出てこないので、忘れていた。


「ミツキ、『魔王軍』のことは知ってますよね?」


 ルナがこちらの様子をうかがっている。


 おっと、これは魔王軍の知識の確認チュートリアルかな。


 もちろん、知っている。


 ゲームの制作者だしな。


 その文章だって設定した。


 だが、NPCたちが伝えるとどういう印象を受けるのかは気になる。


 ルナたちに教えてもらおう。


「……『魔王軍』というのは、『魔王』と呼ばれる絶対的な力を持つ者を中心として、約200年前にこの世界を征服しかけた集団です。構成員は主に、各種族から異端として扱われた者とモンスター、それに魔族……」


「魔族ってのは、魔力が高い人ならざる者だと思ってくれればいいわ」


 ふむふむ、注釈はリーゼがしてくれるようだ。


「とにかく、とっても強い人たちでね! 一気に、わーっと来て、人の暮らしてるところを滅ぼしかけちゃったの!」


 ふむ……マイアの教え方は、ゲームのキャラクターならではだな。


「けれど、そんな折に勇者が現れました。そして、魔王軍との激しい戦いの末に、魔王と、それを守護する四天王を倒し……世界に平和をもたらしました」


 それが『ヴレイヴワールド』の世界の根幹にある歴史であり、神話にもなっている設定だ。


 ……うん、問題なさそうだな。


「ありがとう。俺の知っているものと、同じみたいだ」


 ルナたちに礼を言いつつ、先ほどの木に刻まれたものを見る。


 かつて存在した魔王軍の軍旗。


 そんなものがここにある……


 俺が考えたイベントではないから、AIが作ったルートか。


 何が起きるのかな。


 そう思っていると、俺たちの周りを囲むように、人影が現れた。


 総数にして30人くらいか。


 風体の悪い男ばかり。


 じりじりと距離を詰めてくる。


 ルナたちも俺に遅れて気がついた。


「……私たちに何か御用ですか?」


「まぁな。ちょっと俺たちに付き合ってくれよ」


「……断る、と言ったら?」


「その選択肢は存在しねぇ」


 男は、服の袖に巻かれた腕章を見せてきた。


 そこに描かれているのは、骨のドラゴン……『魔王軍』の印だった。


「……!」


「あれを身に着けられる……ってことは、魔王軍の残党!?」


「生き残りが徒党を組んでるのは聞いたことあったけど、まさか……」


「お、詳しいじゃねえか。わかったら、大人しくついてきてもらおうか」


 男が親指で奥の道を指す。


 なるほど、そっちにアジトがあるようだ。


 さて、どうするか。


 ちらりと、ルナを見る。


 ルナはパーティの中ではリーダー格だ。


 彼女が、緊急時のパーティの指針を決める。


 ルナは、交渉役の男を睨んだまま。


 しかし、横顔には汗がにじんでいる。


 そのまま、周囲を見渡した。


 どこか抜けられる場所がないか探したのだろう。


 だが、30人の男たちは、しっかりと俺たちを逃がさないように陣取っている。


 それがルナにもわかったらしく、すぐに交渉役の男のほうを向き直った。


 マイアとリーゼも警戒はしているが、『魔王軍』と聞いて、暴れる気はないようだ。


 まあ、相手が『魔王軍』の兵士なら、スクラップベアと対峙しているようなものだからな。


 その設定がストーリーにも反映されているなら、きっと倒せない相手としてルナたちには刷り込まれているはずだ。


 無茶なことはできないよな。


「…………」


 ルナが俺のほうを向いた。


 そして、そのまま抜けてきた森のほうへ視線を投げる。


 ふむ……


 なんだったんだ……


 ルナは何かを決意したかのように、男のほうへと一歩進もうとしている。


 よくわからんが……


 とりあえず止めたほうがいいだろう。


「『フレア』」


 俺は男に向けて炎の魔法を放った。


「ほわっちゃぁぁぁぁっ!?」


 男は大昔の香港映画の掛け声みたいな悲鳴をあげた。


 傍にいる者たちに「消せ、消せっ!」と助けを求めている。


 ルナも慌てていた。


「ミツキ、何を!?」


「あれ? 攻撃しろって意味じゃなかったのか?」


「私は、包囲網を突破して、助けを呼んできてほしかったんです!」


「あ、そうだったの?」


 アイコンタクトを思い切りミスったようだ。


「相手は『魔王軍』です。こんなことしたら……」


「いや、でも別に逃げることはないと思うぞ。だって……」


「て、てめぇ……この印がわからねぇのか!」 


 俺の声を遮って、男が『魔王軍』印の腕章を見せてくる。


 もう焦げて半分以上見えてないけどな。


「『魔王軍』に逆らう奴には、むごたらしい死が待っている! てめえの未来だよ!」


「ああ、うん。『魔王軍』に逆らうと怖いのは知っている。だけど、それとお前らを攻撃することと、何か関係があるのか?」


「……どういうことですか?」


 ルナが聞いてきた。


 あ、このことを、ルナたちは知らなかったのか。


「『魔王軍』の印は……魔法で体に刻むものなんだ」


「っ!?」


「そういう設定……じゃなくて、その魔法に耐えられることが、連中の誇りでもあるからな。そんな大切にしているものを、わざわざ布に刺繍するわけないだろう」


「なっ、なんだ──」


 叫ぼうとした男が吹っ飛んだ。


 遅れて銀色の髪が舞っている。


「え──」


 さすがに驚いた。


 だって、さっきまで俺の目の前にいたルナが、一瞬で男のところまで行って、ぶっ飛ばしていたんだから。


「マイア、まずいわよ!」


「う、うん! さがるよ、どいて!」


 リーゼとマイアがそろって、後方を囲んでいた者たちに攻撃をしかける。


 なんでいきなり?


「ミツキ、あんたも離れなさい!」


「何かあるのか?」


「ルナが……暴れるわ!」


 リーゼが焦っている。


 男たちに囲まれたときよりも。


 ……あー、そういえば。


 ルナには、彼女自身でも制御できない『特殊なスキル』があったんだった。


 後ろにいた男たちを水の魔法で押し流してから、ルナを確認する。


 その体からは、赤い光が湯気のように立ち上っていた。


「な、なんだ、てめ──」


 声をかけた男の体が宙を舞っていた。


 ルナが、殴り飛ばしたのだ。


 その陶器のように白い顔には、煮えたぎったマグマのような赤い筋が幾本も走っている。


 あの人相で、完全に思い出した。


 ログインしてから、落ち着きのあるルナしか見ていなかったから忘れていた。


 ルナは……


凶神の使徒バーサーカーだぁぁぁぁ!?」


 男たちの誰かが叫んだ。


凶神の使徒バーサーカー』。


『ヴレイヴワールド』で信奉されている『凶神』と共振することで、その力の一部を現世に顕現する特殊スキル……という設定だ。


 共振すると、どうなるかというと……


「はぁぁぁぁぁぁっ!!」


 ルナは声を張り上げ、すぐ近くで成り行きを見ていたやつに殴り掛かった。


 その衝撃で男の体が「く」の字に折り曲がり、草の上を数メートル転がると動かくなった。


「ば、化け物ぉぉぉ……!?」


「び、ビビるな! やっちまえ!」


 仲間が2人やられたことで、残った者たちが武器を構えて、ルナに襲い掛かった。


 だが、遅い。


 ルナはすでに動いている。


 戦うことを指示したやつに近接し、蹴り飛ばした。


 それだけで、蹴られた男の体が森の中まで吹っ飛ぶ。


「こいつ!」


「なめんなよ!」


 2人の男が同時に斬りかかるが、ルナはそれを左右の手でそれぞれ受け止めた。


「なっ!?」


「剣が動か──」


「ああああああああ!」


 ルナが雄たけびのような声を上げ、剣ごと男たちを地面に叩きつけた。


 そのまま、動くのを許さず、2人を踏みつけ、意識をもぎ取る。


 ──十秒ほどで、5人をあっさりやっつけたか。


凶神の使徒バーサーカー』、やっぱり強いな。


 わかりすい効果として、身体能力が倍になる。


 これは破格の上昇幅だ。


 単純にレベルが倍になったようなものだからな。


 倒せない敵も倒せるようになる。


 ただ、その代償も存在する。


「攻めるな! 守ってれば、『凶神の使徒バーサーカー』は、もろい!」


 お、男たちの中に知っている奴がいたか。


凶神の使徒バーサーカー』は時間が経つごとに、ライフ……つまりHPが削られていく。


 それが一定以下になると、自動的に解除される。


 そうなってしまうと、キャラクターは極度の疲労状態になり、一撃でも攻撃を食らえば命を落とすところまで弱ってしまう。


 ルナも例外ではない。


 すでに、ルナの体からは赤い光に交じって、腕を伝った血液が、拳の先からぽたぽたと滴っている。


 あと1分、もしくは数十秒で『凶神の使徒バーサーカー』状態は解除される。


 男たちもその作戦でいくようだ。


 だが、その戦い方はルナには通用しない。


「……ヒール」


 ルナが回復の魔法を自分にかける。


 傷がふさがり、内部的にもルナのHPは回復しているだろう。


凶神の使徒バーサーカー』は継続。


「ひ、ひぃぃぃっ!」


 男たちは一斉に逃げ出した。


 立ち向かっても、時間切れを待っても勝てないからな。


 戦意を失ってからの勝負はひどかった。


 ルナは男たちの背中に高速で追いつき、殴り飛ばしたり、蹴り飛ばしたり……


 大の男を相手に、女子高生くらいの女の子が、一方的に戦いを進めていった。

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