第13話 ニャー

「もういいわ」と言われたので、目を開けようとしたら、慌てた様子で「ダメ!」と目を隠された。


 どうやら、「魔法はもういい」ということで、「目を開けていい」というわけでなかったらしい。


 数分後、今度はちゃんとお許しができたので、目を開けると……


 服を整え終えて、耳まで真っ赤にしたリーゼがいた。


「さ、さぁ帰りましょう……」


 男の前でスカートをたくし上げるのが恥ずかしかったようだ。


 仮想現実の中なのに、現実の少女のような感情表現だった。


 ちょっと気になったので、赤くなっている耳を触ってみたが、ちゃんと熱くなっていた。


 すぐに手で払われたけど。


「な、なにすんのよ!」


「照れてるみたいだったから、体温も上がってるのかと思って確認」


「は、はぁ!? 照れてないわよ!」


 こっちがおかしなこと言っても反応が返ってくる。


 イイ感じだ。


 これだけゲームの中のキャラクターとコミュニケーションが取れるなら、遊んでくれる方も満足してくれるだろう。


「帰るわよ! 連れていきなさい!」


「背負えばいいのか?」


「背中からでもアンタに抱きつくなんてイヤよ!」


「じゃあ、どうすれば……」


「……そんなの簡単よ」


 リーゼは両腕を前に出した。


 抱きしめてほしいのかな?


 ……すごい目で睨まれた。


 よくわからない。


 リーゼのマネをして、両腕を前に出す。


「屈みなさいよ。あたしが乗れないじゃない」


 はい、屈みます。


 すると、リーゼが俺の腕で寝そべるような姿勢になった。


 ああ、抱えてほしかったのね。


 これでも結構恥ずかしいと思うんだけど……


 まあ、リーゼが満足するならいいだろう。


 お姫様抱っこの形で帰ることになった。


 持ち方がどうとか怒られるかと思ったが、意外にもリーゼは大人しかった。


 疲れているだけかもしれないが。


「……そういえば、約束のことだけど」


「約束?」


「アンタ、言うこと聞かせるって言ってたでしょ」


 言ったな、戦う前に。


 リーゼが勝ったら何でも話す。


 俺が勝ったら1つ言うこと聞いてもらう。


 そんな感じだったはず。


「アンタが何を考えてるか知らないけど、約束は約束だからね」


 あのときは、リーゼがお決まりの言葉を使ったので、こっちもそれに返答しただけだったんだけど……


 リーゼは律儀に負けたときの約束を守るつもだったんだな。


「その約束って、何でもいいんだよな?」


「ええ……あたしの家名にかけてやってあげるわ!」


 そういえば、リーゼは貴族だったか。


 ただ、リーゼは王都では宿屋に泊まっており、ちゃんとした実家の話が出てくるのはゲームの中盤辺りのはず。


 それは置いておくとして……


 こういう約束を果たす系のイベントは、攻略に必要なアイテムをもらうのが鉄板だ。


 だけど、リーゼからもらえる序盤の重要アイテムはない。


 もらえるのは薬草くらいだったはずだ。


 だから、この一連イベント自体が、リーゼの好感度を上下させるお遊び要素の意味合いが強いのだろう。


 いろいろ試してみたいが……やりすぎると、AIによる受け答えで、弾かれるかもしれないな。


「そうだな。じゃあ……」


 キャラクターの言語表現のテストもかねて、俺は、リーゼに約束の内容を伝えた。


「あ、あたしにそんなことさせようっていうの!? く、ぁぁぁぁぁ……そんな、約束だからって……くっ……うぅぅぅぅぅ」


 かなり渋い反応をしていたが、否定はされていない。


 OKということか。


 これは楽しみだ。


 そして、そのまま王都へとたどり着いた。




 

 すでに日は落ちていたが、王都の街並みは、魔法や火によって暖色に照らされ、昼間ほどではないが、十分に明るかった。


 王都に入るとすぐに見知った顔が駆け寄ってきた。


「ミツキ! リーゼ!?」


「どこ行ってたのさ!?」


 ルナとマイアだ。


 2人とも、リーゼの姿が見えなくなったので、心配で捜しに行こうとしていたのかもしれない。


「ちょっと野暮用で外に出てたんだ。リーゼ、立てるか?」


「……」


 リーゼはうなずいて、ひとりで立った。


 また俺に寄りかかっているが、回復はしたようだ。


「魔力が切れたんだ。しばらく様子を見てやってくれ」


「……わかりました。けど……」


 ルナはうなずいたが、視線を俺とリーゼに行ったり来たりさせていた。


 俺をかなり警戒していたリーゼが、そんな俺にお姫様抱っこされて現れたら、困惑するのはわかる。


 その疑問はマイアもあったようで、


「リーゼ、ミツキと距離が近くない?」


「……!」


 リーゼが慌てて離れ、首を全力で左右に振っている。


 うーん……さっきのことで好感度は上がったと思ったが……まだそこまでだったようだ。


「けど、なんだか変だよ。全然しゃべらないし」


「……っ!」


 リーゼが痛いところを突かれたという顔をしている。


 確かに、しゃべらないのはちょっと困るな。


 これでは、テストの意味がない。


「リーゼ、約束」


「……!!」


 俺の言葉に、リーゼが全身を震わせた。


 そして、自分の中で踏ん切りがついたのか、ようやく口を開いた。


「ち、違う……ニャー!」


「…………」


「…………」


 そのときのルナとマイアの表情はすごかった。


 困惑、動揺……そして、恐怖か?


 パーティメンバーのあまりの変容に驚きを隠せないと雄弁に語っていた。


 技術力の進歩はすごい。


「リ、リーゼ……どうしたの? 何か変なもの食べた?」


 マイアが本気で心配している。


「精神操作を受けている可能性があるわ。王都だと治療できない。遠方の魔法国にいくしか……」


 ルナも本気で心配していた。


「ちょっ、ちょっと! やめて……ニャ、ニャー! あたしはそんなんじゃない、ニャー……」


 顔を真っ赤にしても、語尾はやめない。


 律儀な子だ。


 いや、意地になっているのかな。


 俺としては約束を守ってくれるので、ありがたい。


 これは、キャラクターの順応性のチェックだ。


 リーゼは、プライドの高い少女である。


 その子に、普段と違う「ニャー」なんて語尾を言わせたらどうなるか?


「無理よ、そんなこと!」と拒否されるか、それとも、こちらの要望通りに「ニャー」をつけてくれるか。


 どこまでやれるのかと思っていたが、結果はご覧の通りだ。


「こ、こうなったのは、理由があるニャー! だから……二人とも、落ちついてニャー!!」


「一番落ち着いてほしい子にそう言われても……」


「こっちが困ってしまうわ」


「ニャ、ニャー……」


 リーゼがちょっと涙目になりかけている。


 もう少し見ていたかったが、そろそろ2人に教えないとな。


「リーゼは俺との約束を果たしてくれてるんだよ」


「そうニャ! 全部、コイツのせいニャ!」


「何でも言うこと聞くって言ったからだろ?」


「こんなことやらされるなんて思ってなかったニャ!」


「いい実験になったよ。それじゃ、俺は行くから」


「……」


「リーゼ、最後に挨拶」


「……! お、おやすみなさいニャ……」


 俺はリーゼたちと別れて、宿屋に戻ることにした。


 スクラップベアの換金は、明日にでもしよう。


 宿屋にいるメアには、肉を渡してある。


 ウサギと猪の肉料理を味わいにいくとしよう。

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