第12話 決闘への乱入者
「スクラップベア!?」
全長5メートルを超えるモンスターの名をリーゼが叫ぶ。
スクラップベアは、序盤の最後から中盤の森に出現する熊型のモンスターだ。
大木を一振りでなぎ倒す怪力を持ち、巨躯ながらもそれを感じさせない俊敏な動きもできる。
どす黒い体毛は、鉄の鎧を上回るほどの物理防御を有しており、初期装備や王都で買える武器では、ダメージが通らず、はじかれてしまう。
それなら魔法で対抗すればいいと思うかもしれないが、こちらにも耐性が備わっている。
強力な魔法でなければ、その体を打ち抜けない……そんな設定になっているはずだ。
『中盤への壁となるモンスター』がコンセプトなので、ステータスがかなり高くなっている。
間違っても、ログイン二日目で遭遇していいモンスターじゃない。
「負けイベントか? 企画の段階で全部やめたはずだけどな……」
残っていた可能性もあるが、この遭遇自体がAIが生み出したイベントという可能性のほうが高い。
現状は……わからん。
が、そんなことを言っても、モンスターは見逃してくれそうにない。
スクラップベアが、俺たちの存在に気づいた。
そして、リーゼを目指して駆け出す。
リーゼの動きが鈍いのを野生の勘で見極めたか。
「『フレア』……!」
リーゼが魔法名を唱えるが、発動しない。
さっきの決闘で魔力が完全に切れていたようだ。
このままだとリーゼがスクラップベアの餌食になってしまう。
「『ソイル・ブロック』」
俺は土の魔法を発動させた。
──ゴン!
拳大の石が、額のあたりに命中したが、巨体の動きはまるで鈍らない。
魔法耐性がきつすぎる。
やっぱりレベル1の魔法では、ダメージが入らないか。
「リーゼ、こっちに来い!」
魔法でけん制しつつ、リーゼを呼ぶが……
「あ、あ……」
リーゼは、顔を青ざめさせたまま動けないでいた。
魔力切れで疲れているところに、序盤ではお目にかかれない強敵が現れたからか……
しかし、ここで彼女がやられてしまったら、他のストーリーに影響が出るし、知り合った以上、ゲームのキャラクターとはいえ、やられてしまったら寝覚めが悪い。
「『ウインド・ウォール』!」
リーゼの足元に風の魔法を発生させる。
「……え、きゃぁぁぁぁっ!」
急に体が地面から浮かび上がったため、リーゼが悲鳴を上げる。
風の向きを調整し、こちらへ飛ばして、キャッチ!
2、3回空中で回っていた気もするが、許してもらおう。
それよりも、
「すごい作りこみだな。下着の質感も本物みたいだったぞ」
「へっ!? こ、こんな、なな、なにを……」
「それに、リーゼが軽くてよかった。これなら、動けるな」
「……ッ、アンタねぇ!?」
リーゼの顔は顔を赤くして、俺への抗議をしようとしたが、それよりも先にスクラップベアが咆哮を上げた。
リーゼを脇に抱え直す。
いくら軽くても、お姫様抱っこの体勢では戦いにくい。
「アンタ、戦うつもり!?」
「逃げるのがお望みだったか?」
「だって、勝てないでしょ……」
「かもな。でも、面白いじゃないか」
「何がよ! あのクマ、出くわしたら死ぬって言われてるのよ!?」
「そういうセリフを聞くと、ますます勝ってみたくなる。ゲーマーは、強い奴に勝ちたい生き物だからな!」
「……げーまー?」
『グオォォォォォォォォォォ!!!』
再度の咆哮が開戦の合図だった。
スクラップベアの進撃に合わせて、魔法を発動する。
「『アクア・フロウ』!」
幾筋もの水流が、四つ足で猛進してくる大熊の前足をを捉える。
だが、動きを鈍らせるには至らず、地面を盛大に濡らしただけだった。
「『アクア・ウォール』」
スクラップベアの前に水流の壁ができる。
小型動物なら水圧でつぶれるほどの壁だが、スクラップベアはあっさり通過してきた。
そのまま、俺に向かって巨腕が振るわれる。
「『ウインド・ウォール』!」
足元に風の柱を出現させる。
一度リーゼで試したので、風の威力の調整は問題ない。
俺はリーゼを抱えて、後方へと飛び退った。
「きゃぁぁぁ!」とリーゼが叫び声をあげるが、今は無視。
距離を取ったが、スクラップベアはまた向かってくる。
俺は再び水の魔法をぶつけた。
相変わらず、そのまま突き抜けてくる。
「効いてないわよ!? 水じゃなくて、別の属性を使いなさいよ!!」
「いや……これでいい」
魔法を普通に撃っても勝てない。
すべて毛皮にはじかれる。
だったら、毛皮のない場所を狙えるようにするしかない。
俺は、スクラップベアの足元に『アクア・フロウ』を打ち込んだ。
水を大量に含んだ泥がまき散る。
スクラップベアが構わずその上を突っ切ろうとした。
──ずるっ!
建物一階分の高さに匹敵する巨体が盛大に足を滑らした。
ドゴォォォォ……と地鳴りのような鈍い音が発生し、大地が大きく震える。
「グォォォン!?」
スクラップベアが戸惑ったような声を出した。
意外と感情の起伏が豊かなやつだ。
だが、容赦はしない。
即座に魔力を込め、魔法を展開する。
「『ソイル・ストーム』!」
クマの頭ほどもある岩が、スクラップベアの直上に複数出現した。
「ォン!?」
何をされるのか、スクラップベアは本能で察したようだ。
すぐに起き上がろうとするが、泥のせいで遅い。
俺はもがいているスクラップベアの頭に、空中に生み出した無数の岩を落とした。
──ガガガガガガガガガガガガン!!
道路にドリルで穴をあけるような音が鳴り響く。
岩がすべて落ちきると……
スクラップベアは動かなくなった。
「や、やったの!?」
やめてくれ、リーゼ。
その反応は、仕留め切れてないシーンによく使われるやつだから。
………………
……よし、なんともないようだな。
念のため、『ソイル・ブロック』を撃ってみるが、スクラップベアは動かなかった。
泥に足を取られないように、注意して近づく。
岩が直撃した頭は……うん、見ないほうがいいな。
毛皮のない部分を狙おうと思ったら、必然的に目や口を狙うしかなかったんだ。
リーゼがそんなスクラップベアを驚いた目で見ていた。
「すごい……本当に倒しちゃった……『ゴールド』が束になっても勝てないモンスターを」
『ゴールド』ランクの冒険者ってそんな弱かったっけ?
もう少し強く設定してあったはずだけど……
いや、NPCにとっては、命がけの戦いになるから、パーティの誰もやられないことが前提だと、そうなるのか。
ライターの作ったシナリオではそうだった記憶がある。
とにかく、勝ててよかった。
「町まで運ぼう。リーゼ、立てるか」
「えっと……まだきついけど、木のところなら……」
言われた通りにすると、リーゼは木を支えにしていた。
魔力の回復はまだかかるようだな。
そういう俺も魔力をかなり消費したのか、体に倦怠感がある。
『プレイヤー情報』を参照できれば、数値化されているので、消費魔力も一発でわかるんだが……出てこないんだからしょうがない。
俺は泥まみれになっていたスクラップベアを水の魔法で洗い流し、炎と風の魔法で乾燥させた。
たった1日だが、魔法の出力の操作はうまくなったな。
意識離脱型のVRだからと追加された、意識による魔力調整は、今のところ大成功だ。
本当に異世界を冒険している感じがする。
スクラップベアを持ち物空間へと押し込み、リーゼのもとへと戻る。
まだ歩くのは無理そうだから、背負って帰るとしよう。
「ま、待って!」
背中を向けようとしたら、ストップがかけられた。
「さっきの、スクラップベアを乾かしてたの……まだできる?」
「できるけど……」
「だったら、あたしの服を乾かしてよ。さっき、アンタが水の魔法をまき散らしたから、濡れちゃったのよ……」
「そうなのか? 俺は全然濡れてないけど……」
リーゼの服を確認する。
リーゼはスカートの端を両手で握り締めながら、なぜか顔を赤くしていた。
妙にもじもじしているが、どこも濡れている様子はないような……
………………
あ、そういうことか。
……うん、まあ……凶悪なモンスターが突然襲われたら、そうなっても仕方ないな。
「アンタの水魔法のせいなんだから!」
はいはい。
「乾かせるけど、俺もあんまり魔力が残ってないから長い時間はできないぞ。やるなら、直接熱を当てるしかない」
「直接っ!? くっ……目を閉じて魔法を使いなさい。あたしがアンタの魔法に濡れた場所を近づけるわ」
はいはい。
俺は目を閉じて、魔法を発動した。
「ちゃんと閉じてるでしょうね!?」
「閉じてるって」
炎と左手に、風を右手に。
目をつむってるから、感覚だけで魔法制御する。
なかなか難しい。
リーゼが、目の前でもぞもぞと動く気配がした。
多分、スカートを上げてるんだろうな。
そうしないと、下着を乾かせないし。
「レーティング大丈夫かな」
そんな心配をしながら、俺はリーゼの下着が乾くのを待っていた。
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