第8話 ランクスキップ申請

『ランクスキップ申請』は、言葉通り、冒険者のランクを上にするものらしい。


 本来は『ストーン』から『ブロンズ』に、『ブロンズ』から『シルバー』になるところを、『ストーン』から『シルバー』にできるようだ。


 言ってしまえば、冒険者の飛び級だな。


 そしてその申請だが、出されたらすぐにランクアップできる代物ではなく、特別な試験を受けて合格する必要があるらしい。


 当然と言えば当然だ。


 依頼をこなしただけで、冒険者のランクは勝手に上がっていくものではない。


 本来は『ストーン』と呼ばれる最下層ランクからスタートし、依頼をこなして実績を積んだ後、冒険者ギルドと面談、場合によっては試験をクリアして、ようやくひとつ上のランクになれるのだ。


 ……改めて考えると、冒険者のランクアップも会社の昇給システムみたいだな。


 ゲームなんだし、もう少し仕事のイメージを消したほうがいいかな。


 でも、これが一番わかりやすいんだよな。


「つきましたよ」


 試験の監督役となった受付の女性に連れてこられたのは、王都から少し離れた森……ここが、試験の場所のようだ。


 ヘイムダル王国は、どちらかというと辺境に作られた国で、少し街道を外れれば、手つかずの森が広がっている。


 そして、そんな森には、野生動物はもちろんのこと、強力な魔力を持った『モンスター』も生息している。


 そんな森で、はてさて、何をやることになるのか……


 受付の女性は、かけている眼鏡を手でくいっと持ち上げた。


「ミツキさんには、ホーンラビットを10体倒してもらいます」


 ホーンラビットは、角が生えたウサギのような見た目をしたモンスターだ。


 大きさは、小型犬から大型犬くらいサイズで、個体によってバラツキがある。


 全体的に気性が荒く、侵入者がなわばりに入ったとわかると、素早い動きで近づいてきて、長い角で突いてくる。


 中には魔法を使える個体もいるが、そうは言っても、見た目は大きめのウサギだ。


 現実世界ならいざ知らず、ゲームの中でも、序盤で倒すモンスターになる。


『ストーン』でも数人いれば、ケガの心配なく倒せるし、『ブロンズ』ならひとりでも倒せる。

 

 これで、ランクをすっ飛ばして『シルバー』になれていいのだろうか。


「陛下……姫様からのお願いですから」


 俺の疑問を察したのか、ルナが教えてくれる。


 なるほど、国の偉い人のお願いなんだから、難易度が下がっているわけか。


 俺のことはまだ警戒しているかと思ったが、お姫様のほうは、俺を信頼しているといったところか。


 いや、単純に俺の力量を見極めたいだけかも……


 お姫様が推薦したのに失敗したら、推薦してくれた王族の顔に泥を塗ることになるしな。


 俺も知らない……おそらくAIが作成したイベントだから、失敗したら何をされるかわからん。


 王族が借りてくれた宿を追い出されるとかな。


 本来のストーリーなら、今頃は宿屋で王城の兵士に事情を説明、その後は自分でギルドに向かい、ルナたちと再会する、といった流れになっていたはずだ……


 ゲームの実務を総括するアシスタントディレクターとしては頭が痛い反面、プレイヤーとしてはワクワクしている。


 やっぱり未知の体験を楽しむのが、ゲームの醍醐味だしな!


 ただ、大筋から外れすぎるとテストの意味が薄くなる。

 

 失敗しないように、頑張ろう。


「剣や魔法は、大丈夫だよな?」


「もちろんです。存分に腕をふるってください!」


 受付の人の確認は取れた。


「ミツキー、がんばってねー!」


「フン……見せてもらうわ、あんたの実力を」


 マイアがブンブンと手を振り、リーゼは腕を組んでこっちを観察している。


 ルナは、


「…………」


 何か探るように俺を見ているな。


 今まで丁寧な物腰で接してきたが、ルナもどちらか言うと俺を疑っているほうらしい。


 そこまで注目するなら仕方ない。


 プレイヤーとしての俺の実力を見せるとしましょう!


 4人から距離を取って歩く。


 成功条件は、ホーンラビット10体の討伐だったな。


 森を歩いていれば、見つけられると思うが、かなり時間がかかってしまう。


 となれば、多少楽をさせてもらおう。


「オープン、装備」


 すると、目の前の何もない空間に小さな割れ目が出現し、中からさやに入った剣が現れた。


「「収納魔法!?」」と、受付の女性の驚いた声が聞こえる。


 収納魔法じゃなくて、『プレイヤーの持ち物』を表現しているだけだが。


 ただ、ゲームのキャラクターに説明するのはすごく面倒だし、収納魔法の解釈でいいだろう。


 それはさておき、肝心なのは取り出したこの剣だ。


 鞘に入ったままなのがポイント。


 俺は手ごろな大きさの木に近づき、鞘に入った剣を打ち付けた。


 カッカッ。


 うーん、もう少し大きくかな?


 カッカッカァ!


 強めに叩くと、その分、大きな音が出る。


 これでよし……そろそろ。


 ガサガサッ!


「……来たか」


 周囲を見ると、茂みの奥から大型犬サイズの角の生えたウサギが、1、2、3……


 6匹か。


 結構釣れたな。


 ホーンラビットは、血走ったように赤い目でこちらを睨んでいる。


 心なしか、「フゥオー!」と荒くなった鼻息まで聞こえるような気がした。


「あ、あれ? ホーンラビットが集まってきたよ?」


「呼び出したんだよ。ホーンラビットは、なわばりを主張する際に、あの角で木に印をつけるんだ。で、そのときに、さっき俺がやったみたいな音が出る。すると、ここをなわばりにしているやつが、『侵入者だ、追い払え!』って向かってくるんだよ」


「へー……そうんなんだ。よく知ってるね、そんなこと……」


「ん、まあな」


 王都の冒険者ギルドの近くには、冒険者を引退した老人が住む家がある。


 そこで依頼をこなすと、王都周辺のモンスターについても豆知識を教えてもらえ、その情報は、この森での狩りなどの依頼を効率化するために、非常に重宝する。


 ま、今回は老人の依頼を受けたのではなく、俺が設定した内容を覚えていただけだけど……


 さて、おびき寄せたホーンラビットだが、どう仕留めたものか。


 この『ヴレイヴワールド』のプレイヤーのステータスは、高く設定されているわけではない。


 一応、火、水、土、風の初期魔法と、数種類の練術が扱えるが、どれもレベルが低い。


 攻撃力や防御力や魔力にいたっては、この段階ではルナたちNPCにすら劣っている。


 少しずつこの世界に慣れていく過程で、意識離脱型VRの感覚を掴む。


 その後はモンスターを倒したり、依頼やイベントクリア条件を達成したりするなどして、強くなっていく。


 ログインしてすぐに盗賊団を撃退したが、あれでもレベルが1上がる程度だ。


 序盤とはいえ、ホーンラビットの群れをひとりで倒すなんて不可能に近い。


 だが、それは何も知らないニュービー……初心者だ。


 このゲームのクリエイター……制作者である俺には、レベル差をもろともしないすべがある。


「フゥオー!」


 ホーンラビットの一匹が俺に向かってきた。


 1匹ならば叩き斬ることもできるが……


 できれば、こいつらの素材はなるべく破損させずに手に入れておきたい。


 細かい売値や、どんな武器に必要な素材だったかは忘れてしまったが、序盤においてはホーンラビットの毛皮と額にデカデカと生えている角は、かなり優秀な素材なのだ。


 火・水はNG。


 風もまだレベルが足りなくて、きれいに仕留められないだろう。


 となると……


「『ソイル・ブロック』!」


 俺は石の魔法を発射した。


 ──ゴキンッ!


 石の弾丸は、こちらに向かってきたホーンラビットの角の下に直撃。


「キキッ──」


 短い鳴き声とともに、モンスターは後方へと吹き飛んだ。


 だが、まだ死んではいまい。


 いくら序盤のモンスターとはいえ、ゲーム開始直後のプレイヤーの魔法一発だけでは、倒しきれない。  


 まずは気絶させて、その間に他のやつらを狩らせてもらおう。


 同じ魔法を二発放ち、こちらを警戒していたホーンラビットを気絶させた。


 残り三体になったホーンラビットは、1体では勝てないと察したのか、まとめて襲い掛かってきた。


 2体は、『ソイル・ブロック』で即座に気絶させ……


 しかし、残りの一体は、距離を縮めて飛び掛かってきた。


「よいしょ!」


 俺は鞘に入ったままの剣を持ちなおし、タイミングを合わせて、角の下の額に打ち込んだ。


「ギッ!」


 お、クリーンヒット。


 ホーンラビットは、草の上に転げ落ちた。


 動かない。


 うまく気絶させられたようだ。


「手際がよいですね……」


 声音からルナが感心しているのがわかった。


「習性を知ってれば誰でもできるよ」


「……そうですか。あ、回収は私たちがやっておきます」


「いいのか? 俺の試験だけど」


 ルナから提案が大丈夫なのか、受付の女性へ視線で尋ねる。


 コクコク!


 受付の女性が勢いよく首を振っている。


 目標が動かなくなった後の回収は、他の人の手を借りていいようだ。


 お言葉に甘えて、気絶したホーンラビットはルナたちに任せた。


 今ので、6体。


 残りは4体だな。


 カッカッカァ!


 さっきと同じやり方で、ホーンラビットを呼び出し、出てきた分を気絶させた。



 ──20分後。


「4、46体……この短時間で……それも素材が完全な状態です……」

 

 受付の女性は集められたホーンラビットを何度も確認しつつ、試験内容をまとめているであろう紙に結果を記していた。


 我ながら、倒しすぎてしまった。


 あまりにもあっさりやられてくれるもんだから、つい、素材集めに走っていた……


 ゲーマーのサガか。


 まあ、換金したり、素材にして装備を作ったりできるのでいいか。


「試験はこれで終わりだな」


「あ、はい! 問題なく! ギルドにはこちらから提出しておきます!」


 受付の女性が興奮していた。


 ギルドは、素材の買取もしているからな。


 大量に素材が持ち込まれて、嬉しいのだろう。


「でも、これだけ素材どうやって持って帰るの? みんなで手分けしても何体か置いて帰らないといけないわ」


「そうかな? 腰に結んでいけば、10体は余裕だよ!」


「それで大丈夫なのは、体力バカのあんたくらいよ……」


 リーゼとマイアが、運送方法について相談している。


 それなら、答えは簡単だ。


「俺が持って帰るよ。オープン、アイテム」


 すると、目の前に黒い渦巻いた穴のような空間が出現する。


『プレイヤー情報』の参照はできないが、装備やアイテムを出し入れはできる。


 ホーンラビットはすでにトドメを刺してもらっているので、入れておくことができる。


 46体すべてを空間に放りこみ、閉じる。


 これで問題ないだろう。


「……アンタ、いろいろとおかしいわね。どう修行したらそうなるのよ……」


 リーゼの顔が引きつっていた。


「まあ、他の町というか世界というか……でも別にステータスは、引き継いだわけじゃないから、修業とはちょっと違うか……」


「世界? 変なやつ……」


 警戒されている。


 ルナやマイアとは少し話せたが、リーゼとは、うまく距離が縮められていないからな。


 ま、これからストーリーをこなしていけば、大丈夫だろう。


 AIが面倒なイベントを作ってさえいなければな。


「……ホーンラビットを40体以上瞬殺……さらに収納魔法まで……担当のウチがギルドで大出世のチャンス……絶対に逃がさない……うふふふふ、ミツキさん……いえ、ミツキ様、これからもよろしくお願いしますねっ!!」


 ギルドの受付の女性とは、おかしな感じに距離が縮まったようだ……


 悪いことではない、と思うので、放っておこう。


 そろそろ町へ帰ろう。


 ちょうど昼時だし……何なら、さっきのウサギを調理してもらってもいい。


 食事は、意識離脱型VRの楽しみにひとつだからな。


 ──ガササッ!!


 そのとき、森の奥の草むらが不自然に揺れた。


 その先から、でっかい影がこちらに向かってきていた。


 あれは……イノシシ?


「ランページボアよ!」


 ルナが叫ぶと、マイアとリーゼがすぐに身構えた。


 おお、さすがは冒険者。


 緊急時への反応の速さが違う。


「木の少ない場所へ。燃やすわ!」


 リーゼが叫ぶ。


 だがその間にも、ランページボアは猛スピードで迫ってきていた。


 俺や冒険者の3人はともかく、受付の女性が逃げ切るのは難しい。


 それに燃やすってことは火の魔法を使うのだろうが、そんなことをしたら素材がもったいない!


「ここで処理しよう。4人は離れてて」


「何言ってるのよ! アイツはさっきのウサギとは違う! 『シルバー』のチームでも被害を出さずに倒せるかどうか──」


 リーゼの抗議の声を浴びながら、俺は足元に手をついた。


『プレイヤー情報』で調べることはできないが、『ソイル・ブロック』をたくさん使ったので、魔法の熟練度はたまっているだろう。


 土系の別の魔法も使えるようになったはずだ。


「『アース・ブロック』」


 魔法名を告げると、ランページボアの進行方向の土が盛り上がり始める。


「土の壁!? 無理よ! そんなのじゃ、あの突撃は……!」


 わかってるって。


『アース・ブロック』は土の壁を出現させる魔法。


 防御に使われることは多いが、本質は「土の壁を出現させる」ところにある。


 俺は、30センチほどの高さまで土の壁を出したところで、一度魔法を止めた。


 ランページボアはもうそこまで来ている。


 大きさは……体高が1メートル、全長が3メートルくらいか?


 確か1.5メートルを平均値に設定したはずだから、かなりの大物だな。


 森の主かな?


 関係ないか。


 ここで倒すし。


 変わらず、突進を続けるランページボアが、俺の作った土の壁を飛び越えようとした。


 ──今だ!

 

 一気に魔力を注ぎ込み、土の壁を巨大化させる。


 ガッ!


「ぶひっ!?」


 ランページボアの悲鳴。


 後ろ脚が急に3メートル近く持ち上げられたからな。


 巨大な体がバランスを崩して盛大にひっくり返る。


 しかし、突進してきた勢いは止まらず、空中で回転しながら……


 ガゴンッ!!


 近くにあった木の幹に激突して、やっと止まった。


 衝撃で木がへし折れてる。


 まともに突進を食らったらやばかったな。

 

 ランページボアのほうは……ぴんぴんしている。


 しかし、すぐに起き上がれない。


 大きい牙が木に刺さっているせいだ。


 お腹を見せたままもがいている。


 ちなみに、ランページボアの弱点は腹部だ。


 集中攻撃すれば、弱い打撃でも倒せる。


「『練術』……乱舞」


 というわけで、『練術』……剣(鞘付き)を使った剣術で倒させてもらった。

 

 思わぬ収穫だ。


 ランページボアは序盤の森に出現するが、これだけの大物はレアだからな。


 金策にもなるし、序盤では強めの装備にもなる。


 しばらくは俺のメイン装備になってくれるかもしれない。


 でも見た目がそのまま毛皮なんだよな。


 ちょっとイマイチ。


 せっかくの仮想世界なんだから、もっとカッコイイ防具をつけてみたい。


 年齢とか関係ない。


 男はいつでもカッコイイ装備にあこがれるものだ。


 中二、最強!


 ……おっと、イロイロと思考が飛躍しすぎた。


 先に町へ戻らなくちゃな。


 倒したランページボアを、先ほどのホーンラビットと同じ場所にしまった。


 これでよし。


 ここに入れておけば、腐ったり、壊れたりしない。


「じゃあ、帰ろうぜ」


 4人に声をかける。


「「「「…………」」」」


 4人はなぜか硬い表情のまま、じっと俺のほうを見ていた。


 なんだろう。


 よくわからないが、聞きたいことがあるなら、帰りながら話せばいいだろう。


 さぁ、町に戻って、ウサギと猪肉でパーティをやろうじゃないか!

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