第6話 宿屋でのひと時

 問題が発生した。


 ログアウトできないのは、相変わらずだが……


 朝起きて、部屋の鏡を見て気づいたことが一つ。


「キャラメイクできてねぇ!」


 本来なら、女神のところで発生するイベントなのに、すっ飛んでしまっている。


『ヴレイヴワールド』での俺は、現実と同じか、やや若い……いつも目の下にあるクマもない。


 というか、本当に童顔だな、俺。


 今年の春に高校卒業したって言っても通じるんじゃないか?


 なめられると困るから、もう少し渋めの顔がいいんだが……


 身長も現実と同じで平均よりちょい低め。

 

 着ている服は、初期装備の簡素な皮の服なので、ファンタジーっぽさは出ているが、顔や体が現実なので、ゲームへの没入感が削られる。


 キャラメイクがちゃんとできるように、ログアウトしたら修正しなければ。


 いったん、メモを残しておくか。


 あーでも、プレイヤー情報も開けないんだったか。


 ……一応、宿のメモ帳に気づいた点を書いておこう。


 データは、ログアウトしたあとに抽出できる……はず。


 朝からちょっと頭を痛める案件だな……


 ま、気を取り直していこう。


 ゲームはまだ続くのだから。


 

「わはぁ……おはようございますぅ!」


 部屋を出ると、廊下で掃除をしていた10歳くらいの女の子が俺に対して、ぺこりと頭を下げた。


 この子は……


 …………


「おはよう……えっと、宿屋の娘さんだったかな?」


「はいっ! メアと言います! よろしくですぅ!」


 よかった、合っていた。


 スカートの裾をつまんでお辞儀をしている。


 それに合わせて、ぴょこぴょことポニーテールが動いているのが可愛らしい。


 ゲームではモブキャラ扱いだったはずだが、細部まで作りこまれているようだ。 


「朝ごはんの準備はできています。どうぞ、こちらへ」


「ああ。ありがとう」


 ひょこひょこ揺れるポニーテールに連れられて、部屋に入ると、テーブル席に腰かけた。


 部屋の中を見渡すと、商人や冒険者のいでたちのような者が数人、食事をとっていた。


 加えて、メアと同じ格好で給仕をする女性も数人いる。


 皆、ゲームのモブキャラクターとは思えない表情が豊かだ。


 商人は頭の中で商売の勘定をしているのか気難しそうな顔をし、冒険者はこれから冒険へ行くようで顔を叩いて気合を入れている。


 女性は、「ありがとうございました」と言いながら微笑み、空いた皿を片付けをしていた。


 いいねいいね。


 本当にゲームの中で人が生きているみたいだ。


「お待ちどうさまです!」


 メアが、料理をお盆にのせて戻ってきた。


 俺の給仕はこの子が担当してくれるらしい。


 メニューは……パンと肉のかけらが入ったスープと果物。

 

 質素な見た目だが……匂いがうまそうだ。


 こんな匂いも収録されてるんだな。


「ありがとう。いただきます」


 意識離脱型VRでの食事は初めてだ。


 はてさて、どんな味か……


 あーん……ガキンッ!


「かったっ!」


 このパン、固すぎる!


 スープにつければ、やわらかくなるか。


 ……うん。


 いい感じだ。


 こういう食べ方なんだな。


 では改めて、いただきます。


 …………


 ……パンだ。


 味は薄いが、スープの塩味をつければ食べれないことはない。


 ゲーム開始直後の宿で食べられる料理ならこんなものか。


 ……そういえば、町にはそれなりおいしい料理屋を作った記憶がある。


 そこに食べに行けるまで、頑張ろう。


 その間に強制的にログアウトさせられるかもしれないけど……。


「ほぉ…………」


 ……メアがじっと見てくる。


 なんだろう。


 食べ方が間違っていただろうか?


「お兄さん、偉い人ですかぁ?」


「なんで?」


「お城の人に、いっぱい、お金もらいました」


「ああ、そういうことか。代わりに払ってもらってるからな。まあ、知り合いではあるな」


 感謝される、監視させる関係だ。


「じゃあ、いっぱい泊って行ってくれますか?」


「しばらくは」


「本当!? それじゃあ、あたし、お帰りを待ってますねっ!」


 メアはぱっと花が咲いたような笑顔になった。


 かわいい。


 小動物的なかわいらしさ。


 思わず頭を撫でたくなる。


 が、


「メアー、ちょっと手伝ってー」と給仕の女性に呼ばれたので、そちらに行ってしまった。


 むなしい。


 手が何もないところに伸ばしたままだ。


 城が代金を出してくれるとか、関係ない。


 ずっとここを拠点にしよう。


 


 ゲームの中でも、急に来るときはあるもんだな……


 俺は、先ほどまでこもっていた部屋のドアを見ていた。


 ドアにはWCと男性を表すマークがついている。


 ゲーム内では強い腹痛を感じたときは、目が覚める仕様なんだが、うまく機能しなかったようだ。


 こんなリアリティは必要ないと思うのだが……


 表現については、ログアウトしてから調整だな。


 ちなみに、ぼっとんだった。初めて使った。


 手を洗うのは、ドア横にある樽の水を柄杓ようなものですくうようだ。


 ……正月に行った神社を思い出す。


 あのときは、ゲームの開発成功を願ったなぁ。


 来年も同じことをお祈りしなくきゃいけないけど……


「……ミツキ、いますか?」


 誰かが呼んでる。


 宿の入り口のほうからだ。


 行ってみよう。


 すると……


「あ、おはようございます」


「迎えにきたよー!」


「フン……」


 ルナ、マイア、リーゼ……昨日の女の子三人だ。


「おはよう」


 けど、なんで宿屋に?


「依頼のお誘いに来ました」


「依頼?」


「冒険者の依頼です」


 あー、そっか。


 もう冒険者の話が出るのか。


 マイアが俺の反応に首を傾げている。


「あれ? ミツキって冒険者じゃないの?」


「違うな」


 すると、ルナもマイアも驚いたような顔になった。


「え……そうだったのですか? あの実力なら、てっきり冒険者登録は済ませているのかと……」


「それじゃあ……どこかで、魔法や体術を習っていたとか?」


「習っては……いたかな。戦いの日々を過ごしていたぞ」


 他のVRゲームの話だが。


「そっかー。そういうことかー」


「なるほど……」


 それぞれ思い当たることがあったのか、マイアとルナは納得したようだった。


「もっと興味がわきました。ついてきてくれますか?」


 もちろん。


 テストプレイをしているのに、断る道理はない。


 俺は三人についていくことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る