第5話 突然の訪問者
日が落ちてくる中、近場にある宿へと案内された。
この宿をタダで使っていいとのこと。
プレイヤーは、しばらくこの宿で寝泊まりしてゲームが進行していくことになる。
少女たちはこの宿に案内したあと、引き上げていった。
特にマイアは俺と話がっていたが、俺が疲れているだろうからと帰っていった。
疲れるも何もゲームの中だけど……
まあ、そう思うのはナンセンスだな。
さて、この宿だが、王都の中では、かなりいい分類に入る。
調度品はそろっているし、用があれば、宿の人が部屋まで来てくれる。
ただ、通りすがりの旅人であるプレイヤーを泊めるには、いささか高価な宿である。
馬車を守ってくれた礼、というのもあるが……俺をこの宿に泊めて、後日、話を聞き出すことになっているのだ。
簡単に言えば、先ほどの盗賊の仲間ではないか、と疑われている。
唐突に出てきて、盗賊をやっつけたからな。
裏で繋がって一芝居打ったと思われているのだ。
窓の外を見ると、国の兵士と思われる者たちが近くにいるのが見えた。
この部屋から逃がさないようにするためだな。
実際は盗賊ではないわけだが、その誤解を解いていくのも、ストーリーのひとつに組み込まれている。
寝てしまえば、自動的に翌日のストーリーに進行するのだが……その前にいろいろ確認しておこう。
「『オープン』…………は、やっぱりダメか」
『プレイヤー情報』の仮想タッチパネルが開かない。
ログアウトしたら調整が必要だな……
「って、ちょっと待て……!」
そのログアウトのボタンが表示されるのは、『プレイヤーの情報』の仮想タッチパネルなんだが!?
「うそぉん……」
ゲームに閉じ込められた?
いやいや、物語の中じゃあるまいし。
他の方法を探そう。
開発者の権限が使えれば……
あ、それも『プレイヤーの情報』だ。
ゲーム内から、ゲーム外に何かを知らせる方法は……
うーん……なかった気が……
開発チームの誰かが作ってくれていれば、あるいは……
いや、それを俺が知らないなら、結局使えないのと同じじゃん。
……いや、諦めるのは早い。
探し出してみせるぞ!
………………
………………
なかった。
どうするんだよ……俺、ずっとゲームの中か?
待て待て。
そんなことはない。
気づいたメンバーが、起こしに来てくれるだろう。
俺の体は、ゲーム会社の一室にあるんだからな。
あと数時間もすれば、体が目を覚まして……
「って、そうだ! あの機能があったら……」
ちょっとまずいことを思い出した。
この『ヴレイヴワールド』には、試験的に『仮想世界加速度設定』を追加している。
普段は休眠状態になっている脳の一部を使って、処理能力を何倍にも加速して行おうといったものだ。
思考だけなら、一日を三日や、それ以上に引き延ばすことができるらしい。
仮想世界では、一か月が過ぎていても、現実世界では一日しか過ぎていないなんてことも理論上は可能という話だ。
まさに、現代人にとっては夢のようなシステムと言える。
幼少期に行えば、義務教育期間なども短縮できるだろう。
だが、問題もある。
大きな問題は、できたばかりのシステムで、臨床実験が進んでおらず、使用した際のメリットとデメリットを正確に把握できない点だ。
使用する際の基準なども、決まっていない。
仮想世界での時間の引き延ばしが、どれくらいの期間なら大丈夫なのか。
それによって脳に悪影響は出ないのか。
体全体への影響はどうなっているのか。
人の脳に働きかける、倫理的な面でも懸念がある。
なので、夢の技術ではあるが、ゲームが販売されるときには、削除される可能性がとても高い。
人体や時間に関係する法の整備なんかも必要になるだろうしな。
そんなシステムが、実は、この試作段階の『ヴレイヴワールド』には実装されていたりする。
なーんで、そんなのがついてたりするかと言うと、元々意識離脱型VRというのが、ゲーム目的で作られたものではないからだった。
「いや~、せっかく使えるんだから、なんでも詰め込んでみようよ~」
当時のゲームの責任者がそんなこと言ったため、この『時間延ばしシステム』は、ついたままになったと俺は聞いている。
おお、すげぇ!
一日が一か月になるなら、ゲームし放題じゃん! やったぜ!
なんて、そのときは、心の中で盛り上がっていたが……
まさか、こんなことになろうとは……
たぶん、あの部屋にいたプログラマーもすぐにログアウトすると思って設定を切ってないよな。
まさか、ログアウトできなくなっているとは思わないもんな。
これもまた、次世代ゲーム開発の難しさか……
ともあれ、このテスト段階で、時間の引き延ばしは、無茶苦茶な加速度には設定されていないだろう。
たぶん……そうであってほしい。
出社した誰かが起こしに来てくれるとして、計算すると……
長い場合は一か月をゲームの中で過ごすことになりそうだな。
テストプレイには十分だ。
むしろ、一か月分のテストプレイができると喜ぶべきか。
──コンコン。
ん……ノック?
もう完全に日が落ちているが……こんな時間に誰だ?
俺は扉を開けた。
するとそこには……
「夜分遅くに失礼します」
全身をすっぽり覆う外套を着た二人組が、ドアの外に立っていた。
「ミツキ、様ですね」
「そうだが……」
あれ? こっちの世界で名乗ったのって、あの三人組だけだよな。
だとすると、この人たちは……
「主から、一言お礼を申し上げたいと……」
すると、外套の二人組が傍に避け、後ろから小柄な人物があらわれた。
外套の二人組と同じように、ローブのような服で姿は隠しているが……かなり小柄な人物のようだ。
それと……金色の髪がフードから出ているな。
気づいていない?
いや、わざとか……
ゲームの序盤に出てくるキャラクターで、金髪なのは、とある一族だけ。
ヘイムダル王国……今いる国の王族だけだ。
「……この度は、助けていただきありがとうございました」
透き通るような少女の声。
ピンと来た。
アレクシアだ。
アレクシア・グレイス・ヘイムダル──ヘイムダル王国の姫だ。
ボイスの設定で聞いたので間違いない。
後々プレイヤーに開示される情報だが……ログインした直後に、盗賊に襲われた馬車に乗っていたのが、アレクシアだ。
馬車を助けたので、それのお礼といったところかな?
あれ?
でも、お姫様が非公式ながら会いに来るイベントなんて、ゲームの仕様書にはなかったはずだけど……
誰かが追加したか、クエスト自動作成用のAIが考えて作成したか……
とはいえ、ここでのサプライズ登場は問題ないだろう。
「あのとき来たのってお姫様だったんだ!」と、後になって判明するのもまたゲームの醍醐味だ。
しかし、このイベントはどうやって返答すればいいんだ?
より面白い展開にしたいんだが……
「……では、失礼します」
あ、帰っちゃうのね。
俺が返答に困っているのと思ったのか、外套の人がアレクシアを連れて去っていってしまった。
ま、正式な訪問じゃないので、時間がなかったのかもしれないが。
だが、俺が設定していないイベントが出てきたのは面白い。
一か月、ただのテストになるかと思ったが、楽しんでプレイできそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます