第3話 ファンタジーの世界
完全意識離脱型バーチャルリアリティー。
通称、PSPVR。
今までのVRとの違いは、人の意識を意図的に切断して、脳に直接電子信号を送るという規格が採用され、バーチャル空間の世界を五感すべてで味わえるところだ。
現実の体と意識が切り離されるため、現実では体は寝たままだが、バーチャル空間では空を飛ぶことができたりする。
技術自体は、5年ほど前に出始めてきたのだが、RPGのゲームに採用されたのは、『ヴレイヴワールド』が初だ。
なので、このゲームの開発には、いろいろと手探りなことが多い。
一応、PSPVR企画のゲームには、将棋やパズルなどといった動きの少ないものも出ているが……参考になるのかは微妙なところだ。
とはいえ、五感すべてでゲームの世界観を味わえるため、ゲームユーザーからは待ち望まれたシステムだと言えよう。
実際、俺もそんなゲームできてほしいとずっと願っていたし、開発に携われたのは、ラッキーとしか言いようがない。
異動になったときは、「よしゃあああああああああああっ!!」と人目も気にせず叫んだものだ。
今は、叫ぶ気力も出ないくらいになったけど……
おほんっ!
そういうわけで、この『ヴレイヴワールド』は、次世代のとんでもないVRゲームというわけだ!
…………
そして俺は、プラネタリウムのような場所……
『ヴレイヴワールド』の女神がいるところへとやってきた。
ここが、ゲームのいわゆるプロローグ部分だ。
プレイヤーは、女神によって召喚され、女神の世界……異世界を救ってほしいと頼まれる。
その際に、ユーザー名の登録などを済ませてゲーム本編へと向かう。
まあ、今はテストプレイ中なので、いろいろ試している。
女神の頬をつねったらどういう反応をするかとかな。
「……もういいです。あなたの名前を教えてください」
すねられた。
これは、失礼なことをした場合は、反応だな。
だが……意外とすぐにこの反応が出るな。
こんなものだったか?
帰ったら設定を確かめてみよう。
「あなたの名前は?」
「俺は……ミツキで」
本名のもじりで、他のVRゲームをプレイする際に使っていた名前だ。
「みつき……では、ミツキ、新たな世界での活躍を期待しています」
心なしか、ややおざなりに、女神が宣言する。
すると、その体から光が発せられ、俺の視界を埋め尽くした。
…………
そして、気がつくと……峠道にやってきていた。
幅は、軽自動車二台がすれ違えるくらい。
両側は切り立った崖のようになっており、崖の上には背の高い木々が立ち並んでいる。
道はアスファルトなどで舗装されていないが、しっかりならされている。
街道、ということだろう。
足で軽く砂を撫でてみると、現実と同じように「じゃりっ」とした感覚が返ってきた。
この再現度……!!
技術班はすごいなー。
「──っ!!」
人の声が聞こえた。
坂の上のほうからだ。
ドドドドド……と。
何かが走ってくるな。
……おお! 馬車だ!
白い箱っぽい形状の荷車を、馬が引いている。
データでは見たことあるが、こうして見ると迫力が違う。
馬車の後ろからは、馬に乗った三人の少女が現れた。
三人はしきりに背後を気にしている……
と思ったら、後ろから火球が飛んできた!
馬車への直撃コース……だったが、少女のひとりが盾を持ち、火球を受け止めた。
さらに二人の少女のうち、ひとりが火球を、ひとりがナイフを、その後方に放っている。
おお、すごい……あれが魔法!
それに、戦闘か!
少女たちの反撃にしびれを切らしたのか、馬車に火球を放った一団が、坂の上から姿を現した。
全員が、つぎはぎの布で姿を隠して、馬に乗っている。
あれは盗賊だな。
設定したので覚えている。
この辺りに出る盗賊で、主に馬車などを狙って、金品を搾取している連中だ。
プロローグ部分では、馬車に乗って逃げるお姫様を狙っている。
すごいな。
本当に設定どおりに、キャラクターが動いている。
それに、肌を伝わる振動の感触や、息遣いまで聞こえる音の感触は、現実そのものだ。
ゲームだと言うことを忘れそうになる。
「さてと、いよいよお待ちかねか」
このチュートリアルのシーンでは、プレイヤーはこの世界での分身であるアバターの操作を覚える。
まずは、初歩中の初歩。
『オープン』と発声することで、胸の前の空間に、アイテムや装備品やスキルなどのメニュー表示したパネルが現れる。
そのチュートリアルが神の声として流れるはずだ。
………………
……ん? 聞こえてこないな。
まだ設定してなかったっけ?
まあいいや。
知っているところは進めよう。
「オープン」
………………
あれ、仮想のタッチパネルが出てこないんだけど……
「……初っ端からこれか」
こっちは設定した覚えがある。
戻ったら調整しないとな。
次。
「装備、オープン」
「オープン」の単語の前に、取り出したいものを告げることで機能する。
すると、一拍置いて刃が白く磨かれた一振りの剣が、手元に現れた。
よし、装備は問題なく取り出せた。
防具は……今着ている服がそうだから、出てこないのだろう。
俺は剣を握ってみる。
ずっしりと重い。
通常のVRだと剣の重量は、手に持ったデバイスの重さくらいだが、意識離脱型だと重みもしっかり感じられるみたいだな。
刃も光を反射してるし、本物を持っているかのような気になるな……
「どいてぇぇぇぇぇ!!」
とかなんとか思ってるうちに、馬車が目の前に迫っていたようで、少女のひとりが俺に大声で報せてくれた。
うおっと!
危ない。
いくら初のテストプレイとはいえ、チュートリアルもクリアせずに、ゲームオーバーになったらつまらない。
馬車が通過し、その後ろで馬車を守っていた少女たちも通りすぎていく。
ここからが、戦闘のチュートリアルが入る。
本来はここにも女神の声が入るはずだが……
入らないようなので、知っている内容で対処しよう。
俺は、迫ってくる盗賊の一団の前に立ちふさがった。
「え……!?」と少女たちから戸惑ったような声が聞こえる。
さて、テスト開始だ。
「ソイルブロック」
剣を握っていない左手を盗賊に向ける。
すると、左手の平の前に、拳大の石の塊が出現し──発射された。
石の塊は、先頭を走っていた盗賊の一人に命中。
馬の上から吹っ飛んでいく。
おおっ、意外と爽快だ。
この魔法、レベル1の一番弱いやつなんだけど。
レベル1でこれなら、レベル7の魔法を使えるようになったら、かなり気持ちいいだろうな。
さぁ、どんどんいこう。
「フレア」
同じくレベル1の魔法。
ただし属性が違う。
こちらは炎だ。
拳大の火の玉が左の手の平から放たれる。
向かってくる盗賊の二人を巻き込んで、馬から払い落とした。
次だ。
「アクアボール」
今度は水の球が左手から発射され、盗賊の一人に直撃した。
「ウインドカッター」
左手を振ると、見えない刃が形成され、盗賊の一人を切り裂いた。
いい感じだ。
魔法は問題なく発動できているようだ。
チュートリアルとはいえ、これだけ盗賊をバッタバッタと倒せるのは爽快感があっていい。
我ながらうまく調整できたもんだ。
「くたばれぇ!」
うおっ! あぶなっ! 投げられたナイフが髪にかすったぞ!
魔法の出来に満足してる場合じゃなかった。
盗賊がひとりが急接近している。
それなら、魔法よりも、あれでいこう。
「練術──」
剣を構えると、剣が不自然に青白い光をまとう。
そのまま、頭の中で思い描いた動作通りに剣を振るう。
練術は、魔力で強化された体術だ。
剣技を放つときに特定の動作を意識して、自身の魔力をのせると、その分ダメージが加算される。
迫っていた盗賊に、袈裟斬りからの切り上げ……ちょうど「V」の字型の二連撃を浴びせた。
「グエっ!」
盗賊はその場に倒れこんだ。
ふぅ……今ので盗賊は最後だ。
「装備、クローズ」とつぶやくと、剣が空間に空いた隙間に吸い込まれる。
装備の出し入れは問題ないようだな。
「ちょっと、あんた……!」
馬車を護衛していた少女のひとりが近づいてきた。
「どこの冒険者よ。国は? 所属は?」
「リーゼ」
「ちょっと待ってよー」
遅れて他の少女ふたりも近づいてくる。
そのひとりである白色の髪の少女は盗賊の乗った馬を連れてきた。
「……旅のお方、御助力感謝します。それで、申し訳ありませんが、聞きたいことがあります。私たちと一緒に町まで来ていただけませんか?」
有無を言わさぬ雰囲気だった。
ここで断ってもいいが、それだとストーリーが進まず、限られた範囲をさまようだけのゲームになってしまう。
そんなプレイも悪くないが、通常プレイを優先しよう。
「わかった。先導を頼むよ」
馬を連れてきた少女から手綱を受け取る。
「ありがとうございます。では、私たちのあとに」
少女たちが先に馬に乗って移動を始めた。
倒した盗賊はこのままなのか?
あ、いや……少女たちが向かっている先から鎧を着た者たちが駆け寄ってくる。
町の兵士が、あとは引き継ぐようだ。
気にせずに、言われたとおりについていけばいいな。
俺が受け取った手綱を引くと、馬は簡単に言うことを聞いてくれた。
ゲームだと乗馬も楽でいい。
俺は馬に乗ると、少女たちについていった。
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