第2話 新作のゲーム
『BW開発チーム アシスタントディレクター 神多勝城(みわかつき)』
俺は自身の名前の書かれたネームプレートをかざして、部屋に入った。
100人くらいは入れそうな広さのオフィスには、机が何本もの川のようにきれいに並んでいる。
その大半の席で、チームメンバーが机に突っ伏して寝ていた。
床で寝ている人もいる。
またか。
他のチームの人が驚くからやめてって、総務の人から言われていたはずなんだけど……
とはいえ、今は朝の6時。
起こすのはかわいそうだ。
あとで注意しておこう。
床で寝ている人を避けて、自席へ。
イスがきしむのもおかまいなしで深く腰掛ける。
手にしていたエナジードリンクを、グッとあおる。
あー、甘い。
でも、目はあんまりすっきりしない。
徹夜3日目だもんな……。
さすがに限界か。
飲み干した缶を机の上に置く。
同じラベルの缶で、ボーリングができそうになっている。
机の上も掃除しないと。
パソコンをつけると、他のメンバーから『要確認』のチャットが数十件来ていた。
飲み物を買いに行っただけでコレとは……
毎日見ているが……この量は見ただけで疲れが来るな。
あ、また一件増えた。
新しいゲーム、それも特殊なゲームを作ってるんだから、これが当たり前なのかもしれないが……
『ヴレイヴワールド』
それが、俺たちの作っているゲームの名称だ。
略称は、BW。
『ヴレイヴワールド』のアルファベットの頭文字を取っただけなのだが、覚えやすいし、頻繁に使うので、そのほうが楽だということらしい。
このゲームはVRゲーム……いわゆるバーチャルリアリティーのゲームで、専用のマシンを使うことで遊べるものだ。
ただ、従来とは違う機能がついていて、それが今回の開発の障壁になっている。
開発計画自体は、5年以上前からスタートしている。
正直、俺もいつからこの計画がスタートしたのかよくわからない。
わかっているのは、ゲームを遊ぶ部分の立案・制作だけでも、1年を超えているということだ。
かけた時間だけを見ても、超大作になる。
とはいえ、本物の超大作になるかどうかは、俺たち制作チームにかかっている。
だからこそ、社内に寝泊まりしているわけだ。
俺も頑張らないとな。
仕事を再開する。
自分宛てに来ているメッセージに返答していく。
ちなみに俺の役職は、アシスタントディレクター。
カンタンにいうと、ディレクターを補佐する役目だ。
ゲームに限らず、プロジェクトというのは、大きくなればなるだけ、決定事項や確認事項が多くなる。
始めは『ヴレイヴワールド』のディレクターも1人だけだったが、さっきの新着メールの量を見てもわかる通り、1人でさばききれる仕事量ではなくなった。
そこで、その決定事項や確認事項の権限をある程度与えられて仕事をこなせるやつとして、俺が呼ばれたわけだ。
まー、やっていることといえば、キャラクターやアイテムなどの原案を考えたり、それを元にしてできあがったデザインやシナリオなど確認したり、ゲームバランスを考えて、実際にゲームに入力してみたり……
言ってみればゲームを作る際の何でも屋だ。
そのおかげで、世界で1番『ヴレイヴワールド』に詳しくなってしまった。
俺より上の決定権を持つディレクターよりも。
それがよいことなのか悪いことなのかわからないが、この仕事自体は楽しんでやれているので、気にしてはいない。
だけど、もう少し家に帰る時間がほしかったなー。
仕事のしすぎで、急に倒れでもしたら、シャレにならないし……
「……ん? おお、やっと来たか」
モニターを見ながら、次の休みはいつだっけ? と考えていると、新着メールの中に俺の望んだ情報が来ていた。
『ヴレイヴワールド』のプレイが可能になった連絡だ。
ログインして、実際に遊べる。
今まではデータを入力して、パソコンの画面上でチェックするだけだった。
実際にゲームへログインして確認できるようになったのは、ありがたい。
いや、それは建前だな。
俺は、開発中の新作ゲームを真っ先にプレイできるのが、楽しみだった。
チームのみんなには悪いが、最初に使わせてもらおう。
席を立って、マシンの置かれた部屋へと移動した。
その部屋には、ごちゃごちゃした配線のつけられたベッドと、ゲームプログラマーの姿があった。
「お疲れ様です」と挨拶して、「すぐに起動できますか?」と尋ねる。
「今すぐ? 働きすぎじゃない?」
「計画がだいぶ遅れてるんですよ。予定だともうベータ版発表してたらしいし」
「それが3日も徹夜してた理由?」
「そんなところです。俺はまだ経験が浅いし……自分から動かないと」
「若さってのはいいねぇ。ふぁぁぁぁ……僕はもう年だから、ちょっと夜更かししただけでもきつい。動かしたら寝させてもらうよ」
あくびをしながらも、俺よりもかなり年上のゲームプログラマーは、準備を始めてくれる。
ありがとうございます。
「そこに寝て。ヘッドギアをつけて」
「はーい」
俺はスリッパを脱いで、ベッドのような装置に横たわった。
おお、意外とクッションがあってやわらかい。
油断したら寝そうだ。
あくびをこらえながら、バイクのフルフェイスヘルメットのようなヘッドギアを装着した。
重っ……
新作のヘッドギアなんだけど、この重さか……ゲーム機として売れるのか?
まあ、そこは別部門が担当だから、そちらの人に任せよう。
俺たちは、ソフトを面白くするのに全力を注ぐのみだ。
「じゃあ、ちょっと仮眠がてら、テストしてきます」
「はいはい。わかってると思うけど、脳は動いてるから、完全に寝られるわけじゃないよ。リフレッシュにはなるかもだけどね」
「バグだらけじゃなければ、ですけどねー」
「それ、作った本人の前で言うか?」
「こういうのはきっちり伝えたほうがいいって習いました」
「まったく、若いってのは……まあいいや。何かあったらすぐにログアウトすること。じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
俺はヘッドギアの正面、仮想ディスプレイのメニューにある、ログインボタンを押した。
これで、『ヴレイヴワールド』の世界へ行ける。
そう思った瞬間、俺の意識は途絶えた。
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