第2話

「ずっと前から、好きだった。お前のこと、いいなって、そんな風に思ってた」

「え……」


 ベッドと上に覆い被さる彼とに挟まれているせいで身動きが取れない。所謂、"押し倒されている"という状況。


「ねえ、俺じゃ、だめ…?」

 

  捨てられた子犬のような目を向けたってダメなものはダメだ。

だって俺たちは、男同士でメンバー同士。許されることは、きっと一生ないと思う。


「だめって言うか、だって俺たち、男同士じゃん…」

「それでも好きなの」

「うーん」


 至近距離で真っ直ぐと見つめられていては、いくら俺でも、ばっさりと無理とは言えなかった。

 どうにか諦めてはもらえないものかと、とりあえず口を開いてみる。


「だいたい、そんな事言うキャラじゃなくない?」

「真面目で努力家だったらこんな事しないとでも?」

「あのさ、疲れてるんだよ、忙しそうだったし」

「え、疲れてるように見える?」

「いや、いつも通り……」

「なにそれ」


 そう言ってすこし口を尖らせる。本当に、いつも通りなのだ。いつも通りに見えるのは、疲れてるのが常だからか、本当に疲れてないのか、それとも隠すのが上手いだけなのか。

 そんなことをぼんやり考えていると、不意に髪の毛を撫でられた。


「もしかして、本気って思ってない?」

「んー……嘘、だったらいいなって……思ってる……」

「はは。正直……」


 弱々しく呟いて、倒れこんでくる彼をなんの抵抗もなく受け止める。すると、首の後ろで彼の指が絡まった。

 もぞもぞと体制を変えられ、真上にあった彼の顔はいまは、すぐ真横にある。ふわりと、シャンプーの良い香りがした。

 なんか言ったらいいのか、フォローしといた方がいいのか。そんなことを考えていると、俺が口を開くよりも先に彼が口を開いた。


「良い匂いする」


 首筋に鼻を寄せて彼はくすりと笑った。


「俺も、同じこと考えてた」


 手持ち無沙汰になっていた俺は、空いていた手で彼の髪の毛を撫でる。指に絡まることなく滑る感触が気持ち良い。


「もう。そんな気ないなら、そんなことしないでよ。期待させて楽しいの?」

「ごめん」


 俺は、慌てて手を離す。そんな俺のことをくすりと笑った彼は、真っ直ぐに目を合わせて短く呟いた。


「好き」


 本日2回目の告白。どんな顔をして言ってるのかわからないけれど、声は震えてないから、泣いてはないんだと思う。

  ……本当に、どうしよう。なんて答えるのがベストなのか。ぐるぐると考えていると、ほっぺたを軽くつねられた。


「顔色ひとつ変えないで、なに考えてるの? ちょっとくらい、意識してくれても……」

「……明日の……朝ごはんのこと考えてた……」

「はあっ?このばかっ」

「ばっ……」


 突然飛んできた暴言に驚いて、彼の方を向く。思ったより近くにいたようで、もう少しでキスするところだった。


「事故ちゅー狙っただろ」


 もぞもぞと後ろに下がりながら言うと、悪戯っぽく笑って「そんな訳ないじゃん。おれ、事故ちゅーはキスとして認めてないから」なんて言われた。


「ねえ、今日はもうここで寝て良い?」

「なんで」

「いーじゃん。なんかもう、夢心地なの」

「……変なこと、しないなら?」

「変なことってなに?」

「……いーよ、もう。寝ればいいよ」


 実はというと、俺ももう眠かったんだ。


「掛け布団、半分こだからね。取らないでよ」


そう言いながら寝るポジションを整えている彼は、ここが俺のベッドだと忘れているのだろうか。


「居候のくせに!」


 そう言いながらも二人で敷布団と枕と掛け布団を半分こして眠りにつく。俺が眠りに落ちるよりも先に、隣からは早速寝息が聞こえてきた。


「疲れてたんじゃないの……やっぱり」


 きっと、人に甘えたかったんだろう。たまたま居たのが俺だっただけで。実際、誰でも良くて。


「たまにならさ、いいよ。甘えにくればいいよ」


 次第に、目を開けているのも辛くなって、そっと瞼を閉じた。

 まぶたの裏に浮かぶのは、隣にいる彼の顔。

 自分の体温だけじゃない温かい布団が心地よくて、いつもよりすんなりと眠りについた。



 目を覚ますと、隣にはもう誰もいなかった。まだ早朝と呼べる時間だからトイレか何かで起きて、多分そのまま部屋に戻ったのだろう。

 その代わり、まだ温もりが残っていて、微かに彼のシャンプーの香りが漂っていた。

 全然そんなつもりはないのに、彼の温もりが名残惜しくて、全てを閉じ込めるようにして掛け布団にくるまった。まどろみの中、俺は昨夜のアイツことばかりを思い出していた。


「おはよ。寝坊?」


 呆れた顔で、そう笑うのはグループの最年長。俺の部屋のドアにもたれかかって腕を組んでいた。

 身なりを整えている彼とは対照に俺はまだパジャマでベッドの中だ。ごめんなさい、普通に二度寝しました。

 二度寝からの寝坊をした俺は、髪のセットもそこそこに集合場所のロビーに走った。まだボサボサの髪の毛を整えながら「ごめん。寝坊した」とメンバーに向かって頭を下げる。


「まっ、全員揃ったし、行こっか?」


 メンバーのうちのひとりがそう言うと、俺の寝坊はなかったことになったような雰囲気になる。有り難いやら、申し訳ないやら。


「ねーえっ」


  一番後ろを歩いていた俺の隣にやってきたのは、二度寝の原因。つまり、昨晩のあいつ。


「寝坊したのって、俺のせい?」

「……そーだよ」

「ドキドキしてた?意識しちゃった?」

「んなわけないでしょ」


 本当にドキドキしてもなければ意識してもないから、そう答える。これは本心だ。


「そっかー……でもさ、優しいよね。たまになら甘えてもいいんでしょ? そういうのほんと、ずるい」

「なっ……」


寝てたんじゃなかったのかと問い詰めようとするが、彼はもう他の奴のところに行っていた。その気まぐれさは、まるで猫のよう。


「……まあ、嫌、ではなかったし……?」


 けれど、これは恋じゃない。断じて。

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情愛 なずな @nazuna_SR

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