情愛
なずな
第1話
「あのさあ、俺たち、仕事とかで結構ずっと一緒にいるじゃん?」
俺たちの冠番組の収録前、楽屋に行くと、メンバーの一人がそこに静かに座っていた。
なんとなく魔が刺した俺は彼の隣に座り、そう言葉を投げかけた。
「そうだね」
「心理学的にはさ、たくさん会う人のことを好きになるんだって。だから、俺が今ここでお前に好きだって言っても間違いではないよね?」
「んー……」
読んでいた雑誌をぱたんと閉じて上を向く彼。俺が思っていたよりもずっと真剣に悩むその横顔に、そんなつもりなかったのに、やばい、めちゃくちゃ悩ませてる。そう思った。
「あのさ、そんな悩むことだった?」
このまま放っておいたら、なんだか永遠に悩み続けられそうで、慌てて声を掛ける。
彼は、俺の声に反応し、こちらを見て大きな瞳を二度ほど瞬かせた。
「おれ、好きな人、いるんだけど」
「あー、わかるよ、言わなくても。誰か」
もはやメンバー公認じゃない?なんて、余計なことは言わない。彼は苦笑いを浮かべて、だよね、なんて呟く。
「なんでそいつのこと好きなんだろうって考えたんだけどね、辛かった時、ずっと隣にいてくれたからだなって。だから、ただ一緒にいるだけじゃなくて、タイミングも大切だと思うよ、おれは」
「そっかあ、だよね」
「そんなこと言っても、おれ、メンバーみんなのことちゃんと好きだからね」
「……ありがとぉ」
これ以上はなんだか照れくさくて、逃げるようにして外に出た。と言っても行くあてなんかないけど。俺は、ふらふらと吸い寄せられるようにして楽屋近くの自販機でコーヒーを買い、ベンチに座った。
「はは。あそこまで言われたらもうなんもできないじゃん……」
ずっと一緒にいると好きになる。なんて、誰が言ったんだろう。
好きになったのは俺だけで、あの子はもうきっとあいつのもんで、つまりこれはただの行き場のない片想いで。
「はー、つら」
「おい、背中丸いぞ!」
背後から声をかけられて振り向く。そこに立っていたのは、所謂シンメトリーの俺の相棒。
「なんか落ち込んでる?」
「…お前にはなんでもわかっちゃうんだなぁ」
流石、相棒。心の中で呟く。声に出したらきっと調子に乗るだろうから。
「そりゃあ、そうだよ。だってずっと隣でやってきたんだから」
そう言うと彼は、俺の手に握られていたコーヒーをひったくった。抗議の声をあげる暇もなく封を切られたそれは、彼の喉を通って胃におさめられていく。彼のよく目立つ喉仏が、上下している。まるでビールでも飲むかのようにごくごくと音を立てながらコーヒーを半分ほど飲み干したところで、彼はそれを俺の座っているベンチに置いた。
「それ飲んで元気出せよ」
「いや、元々これ俺のだし!」
彼は楽しそうに笑って背を向けた。そんな彼のうしろ姿に俺は抗議の言葉を言い放つ。更に楽しそうに笑って去っていく彼の顔が嬉しそうに綻んでいたのを、俺は知る由もなかった。
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