第370話、モテる男?


 俺は、サイナー王国の第二王子、ライナル王子殿下と個室で話をすることになった。


 ラーメ領での武勇伝を聞きたい……とか、そんな楽しい話ではないだろう。王子は緊張しているのか表情が硬いし、護衛の騎士たちも物々しい。

 とはいえ、さすがに王子との会話には、一人だけ残り、後の護衛は退席した。……何だ何だ、隣国からのスカウトか?


「単刀直入に言おう、ヴィゴ殿」


 美形の王子は、真剣そのものだった。


「貴殿は、エミーユ姫のことをどう思っておられる?」

「エミーユ姫……ですか?」


 えっと、確かお姫様がそんな名前だったな。あれだ、国王陛下が俺と婚約させようとして、だが俺がフリーじゃないと聞いて遠慮されたやつ。


「どう、と申しますと……?」


 返事に困るな。美人と評判は知っているが、かつての俺ならともかく、今は相手がいるし、特に何も感じていない。


 王子は、ウルラート王がエミーユ姫と俺と婚約させたかったことについて、俺に考えを変えさせようというのだろうか? いや、隣国の王子が、そんな口出しをすることにメリットがあるか? むしろ逆では――


「貴殿は、エミーユ姫に対して、好意的な感情を抱いていないのか?」

「……自国の姫として、一臣民としての敬愛は抱いています」


 さすがに何も感じていない、どうでもいい的な言い方は不敬であろう。


「ただ、恋愛を絡めた話としては、ありません」

「そうか。……そうなのか」


 安堵したような顔になるライナル王子。……うん。


「陛下は、エミーユ姫のことを」

「……貴殿は知っているのか?」

「何をです?」


 そういう言い方されると反応に困る。王子殿下が、うちの国のお姫様に恋愛感情を抱いていたのでは、という話? 今この場で思っただけだよ。


「私とエミーユ姫は、幼き頃よりお互いに好いていた」


 ライナル王子が語り出した。


「もちろん、歳の同じ、国は違えど王族同士。将来は、両国の友好のためにも、と婚約が囁かれていた」


 エミーユ姫に婚約者がいたって話、聞いたことないけど、ウルラート国民は知っているのかそれ?


「私も彼女も、そうなることを望んでいた。だがここにきて、急に婚約しない方向へと変わった。私もエミーユ姫も、それを聞き心底がっかりした。何があったのか、その理由を聞いたら、姫には別の婚約者ができたらしい」


 じろっ、と王子は俺を見た。


「察しているかもしれないが、国王陛下は姫を貴殿と婚約させようとしていた。魔剣使い、神聖剣の勇者……なるほど、わからんでもない」

「……」

「だから、貴殿と差しで話をしようと思って、今日はここにきた」


 でもその件は、なかったことになったのでは――俺が口を開きかけた時、ライナル王子は言った。


「だが先ほど、エミーユ姫が私のもとにきて、貴殿との婚約話はなくなった、と言っていた」


 俺が大臣に打診され、そこで相手がいるから、と答えたせいだな。国王陛下もそれを受けて、まだ正式に発言しないうちに取り下げた、と。


「……つまり、それを直に確かめに、私に会われたのですね」

「そういうことだ」


 どうなのか、とライナル王子は、俺をじっと見つめる。


「姫殿下は大変素晴らしいお方だとは思います。しかし、私は、王子殿下ほど姫殿下のことを知りませんし――」

「そうだろうな」

「――私にも結婚を決めた女性が3人いまして。それもここ最近のことなので、さすがに無理があるかと」

「婚約者がいるのか……それは、おめでとう、ヴィゴ殿。3人?」

「ウルラート王国は複婚が認められていますので。みな、私と共にラーメ領ではよく戦ってくれました」

「貴殿は、戦える女性が好みなのか?」


 はい? 別にそういうわけではないが……まあ、ここで違いますというのも、面倒になってきたので、それは言わないようにしておこう。


 ともあれ、俺が、エミーユ姫に民としての敬意はあれど、婚約を考えていないと知って、ライナル王子は納得して、この場は収まった。


 ……何だったのだろうなこれ。ルカたちと婚約しなかったら、俺、自国のお姫様と隣国の王子の恋愛の邪魔をして修羅場になっていたかもしれないってことか?


 魔剣や聖剣を手に入れる前の俺だったら、お姫様との婚約と聞いたら喜んでその気になっていたんだろうけど……いやまあ、魔剣も聖剣もなければ、そういう立場にもならなかっただろうが――人生ってのは、何か一つ違うだけで、色々変わってくるもんだな。


 王子様とお姫様の恋愛の邪魔をしなくて済んでよかった、なんて寛大な気持ちでいられるのも、それだよな……。



  ・  ・  ・



 王子との非公式会談の後、王城ではラーメ領の魔物討伐を労っての祝勝パーティーが開かれた。


 そこでは俺の他、リベルタメンバーも出席を許されて、討伐軍に参加した貴族や武勲著しい騎士や冒険者たちも少なからず参加した。


 飲み食いできるのかと言われれば、実はそんなこともなく、貴族たちやその令嬢たちから、ラーメ領での活躍について話をせがまれたり、案の定、婚約話をもちかけられたりと、とにかく疲れた。


 まあ、こっちはマルテディ侯爵がいて、俺をそっちに引っ張ってくれたから、やりやすかったんだけどね。侯爵は、何かと俺たちの貢献具合を吹聴した。少し盛っている気もするが、だいたいあっているから語るのは任せた。


 俺はあまりお貴族様のような流暢な話術は持ち合わせていないから、とりあえず助かる。


 リベルタメンバーたちも、騎士や冒険者にうざくない程度に絡まれたり、貴族からスカウトされたりしたようで……まあ、落ち着いてお食事どころではなかっただろう。……誰だよ、俺の断りもなしに、引き抜こうとした不逞ぇ奴は?


 そこはカバーンが番犬よろしく、メンバーに邪な近づき方をする奴を追い返していたけどな。


 狂犬注意。でもそんな彼が、仲間に注意されると大人しくなるから、リベルタのメンバーが只者じゃないって、変に持ち上げられていたけど。

 アウラとラウネが、大事になる前に上手く牽制したり、やり込めたりしてガードしていたのも大きい。


「さすが、神聖剣の勇者殿だ!」

「ウルラート王国に貴殿がいてよかった!」


 周りからの賞賛の声。ちょっと酔いがまわってきたのか、悪い気はしない。


 目立たない、代わりはいくらでもいる。そんな普通過ぎて、ありふれた下っ端冒険者だった俺だけど、魔剣を手に入れてから、人生変わった。


 いや、正しくは、何でも持てるスキルのおかげだ。


 信心深いことはよいことだ。神様もちゃんと見てくれていたのだろう。


 所属パーティーから追い出されて、持てるスキルを授かったら、ここまでこれた。

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