第369話、それは褒美?


 シンセロ大臣に会うのは久しぶりな気がした。


 俺とアウラ、ダイ様、オラクル、そしてカメリアさんは、ネズミのようにせわしない大臣と面談する。


 ラーメ領での顛末と領主町での戦い、汚染精霊樹と魔王の娘などなど――王都にいたのでは、正直驚きの連続で、にわかに信じられないことも多かったようだが、俺たちに同行したカメリアさんが頷いてみせれば、大臣も信じざるを得なかった。


「相変わらず、ヴィゴ殿の活躍ぶりは、こちらの想像を軽く上回ってくるな」

「ワタシたちだって、最初はこんな難題ばかりが降りかかるなんて思っていなかったわ」


 やんわりと、しかし負けじと返すアウラである。


 ほんと、精霊樹と魔王の娘は、最初の段階では知らなかったよな。


「報酬額を上乗せせんとな……」


 シンセロ大臣は唸った。


「あるいは宝物庫の解放も……。ああそうだ、ヴィゴ殿。報酬のひとつに、王女殿下と婚約できるというものがあるのだが、君はまだ結婚はしておらんかったな?」

「はい?」


 王女様と婚約? 何それ。


 俺が驚いたのは無理もないと思う。いきなりお姫様の話をふられてもね。……そりゃ、お伽話には、魔王を討伐した勇者はお姫様と結婚して――とかいうくだりがあったりするが。


 昔のモテない俺だったら、お姫様との婚約って聞いて舞い上がったかもしれないけど、今はなぁ。


「どうしたんだ、ヴィゴ殿?」

「言ってやりなさいよ、ヴィゴ」


 アウラが楽しそうな顔になった。


「もう3人と婚約したって」

「なんと!」


 大臣がビックリした。……いや、そんな驚くところ、今の?


「実は……ええ、リベルタクランのメンバーであるドゥエーリ族の族長の娘2人と、マルテディ侯爵の娘であるヴィオ・マルテディと」

「ドゥエーリ族族長の娘と、聖剣使いのマルテディと!」


 お姫様との婚約をちかつかされては、相手女性がどういう人か知らせておかないと、王族の力業で押し切られるかもしれない。


 たとえば、農民の娘とか平の冒険者仲間とか言ったら、失礼ながら、王女のほうがよいだろうと力説されたり不快な思いをしただろうから。


 立場をひけらかすみたいで好みではないが、シンセロ大臣も無視はできない。


「なるほど、つまり……そっちは間に合っている、というわけか」


 大臣の言葉に、俺は頷いた。複婚は問題ない国とはいえ、さすがにすでに婚約者がいるのに、全然知らないお姫様と婚約というのは遠慮したいなぁ、と。


「事前にしれてよかったかな。公の場で陛下が口にした後では、引っ込みがつかないところだった」

「……そうですね」


 諸侯らを集めた場で、国王陛下が姫との婚約を報酬として提示していたら、周囲の目もあって俺は非常に苦しい立場に追いやられるところだった。



  ・  ・  ・



 その後、王の間にて、諸侯を集めた討伐軍の報告会が開かれた。


 マルテディ侯爵率いる討伐軍の中で、中心的な役割を果たし、功績多大として俺も、その会に参加させられた。


 神聖騎士にして、勝利の貢献した俺は、国王陛下から直接お褒めの言葉を賜った。


「よくやってくれた、ヴィゴよ。お主は、我が王国の英雄よ」


 恐悦至極。こういう場で、陛下に相対した時の作法とか、正直自信がないから、平静を装ってもいっぱいいっぱいだった。


 だから、あまり覚えていない。なんか、爵位をもらって『伯爵』になった。……え、俺、貴族になった!?


 気づけば出番は終わり、後は終わるまで立っていただけ。


『お主への褒美は後日――』


 ウルラート国王は、そんなことを言っていた。シンセロ大臣と前もって話してなければ、ここでお姫様との婚約する権利を褒美として言っていたかもしれなかったわけだ。……こわっ。


 思い出したら、身震いしてしまった。王族とか貴族ってのは、褒美だとか言って娘を差し出すんだなぁ。


 これも一つの政略結婚。王族と関係が持てますよ、というのは、金もコネもない一般人にとっては悪い話ではない。身軽なら受けて損はないし、普通は断らないし、断れないだろう。


 よっぽど貴族や王族になりたくない、それで相手が怒ったとしても覚悟している、くらいでないと。


 それが身分の高い人たちの常識というやつ。これが理解できないというなら、それこそ身分が違うってことなんだろう。


 俺は、ちら、と国王の後ろ、段の高い位置にいる一人――お美しい娘は王女様を見やる。


 長い金色の髪。なるほど美少女。魔剣を手にする前に、『お前、王女と結婚できるぞ』と言われたら、万歳を叫んだだろう人だ。


 でもまあ、俺には釣り合わんだろう。美人過ぎる。


 受勲が一通り終わり、報告会は終了した。さあて、マルテディ侯爵とかシンセロ大臣に挨拶して、リベルタホームへ帰ろう――と思ったら、貴族たちに囲まれた。


「いやはや、さすがは神聖騎士、いやディーノ伯爵」


 あ、さっそく伯爵って……。違和感が凄まじい。貴族たち、たぶん同格の伯爵や下である子爵や男爵だちが、口々に俺を褒めちらかした。


 いえいえ、どうも……。成り上がりだぞ、ボロが出るから、家に帰してくれー。


「――独身とお聞きしましたが、どうですか? よければうちの娘を――」

「いやいや、私の娘など如何ですか」


 マルテディ侯爵が言っていたとおりになってきたー。貴族などから縁談が山のように……まさにこれ。


 神聖騎士との関係を結びたいからと、娘とモノのようにポンポン差し出して……。嫌悪感が込み上げてくる。俺がただの冒険者だった頃は、こんなことはなかった。そんなに地位ってものが大事なのかよ。


 立場も変われば、こうも変わるものなのか。釈然としない。欲しい時には全然なくて、いらない時には集まってくる。ほんと、馬鹿にしているのか。


「失礼、ヴィゴ・コンタ・ディーノ殿」


 声が割って入った。俺の周りにいた貴族たちが慌てて、道を作った。身なりのいい青年が、騎士たちに囲まれて近づいてきた。


 身分の高いのは間違いない。嫌味なほど凜々しい。こういう場にあって、全てを突っぱねるような強さ――場慣れ感が半端ない。


「こちら、サイナー王国、第二王子のライナル王子殿下」


 お供の騎士の紹介を受けて、俺は一礼する。サイナーと言えばウルラート王国の隣国だ。まさか、この場にお隣の国の殿下がいたとは。


「ヴィゴ殿、お初にお目にかかる。サイナー王国の王子、ライナルだ。……少し、時間をもらえないだろうか?」


 え、いきなり何? この展開、よくわからないんだけど、隣国の王子様が、俺に何のご用?

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