第356話、一人の命と多数の命
「ペルドル、こっちの望みは、あんたの降伏。そしてこの化け物を止めて処分することだ」
俺が言えば、ペルドル・ホルバは笑みを浮かべた。
「おや、問答無用で私を殺さないのですか?」
「そのつもりなら、乗り込まずともやっていた」
天守閣に真魔剣か神聖剣のブラストを撃ち込んでな。
「あんたには、色々やってもらうことがある」
「色々、ですか。……人のいう色々とは、口で言うほど色々ないものですが、具体例をあげてもらってもよろしいですか?」
不遜な言い回しに、シィラが眉をひそめる。
「こいつ……!」
「口の回る男だこと」
アウラの声にもトゲがこもっている。俺は言った。
「先にも言ったが、この城を乗っけている化け物の処分。……もしあんたの手に余るなら、弱点を教えろ。俺たちで処分する」
次に――
「あんたがここにいた理由と、今回の騒動を引き起こしたスヴェニーツ帝国との関係。……何であんたがここにいるんだよ」
「なるほど、それはあなた方も知りたいところかもしれませんね」
「ルースを蘇らせたのもあんただろ?」
「ガワはそうですが、中身については、自信はありませんね。ルース本人なのか、彼の記憶がそうさせたものなのか、私にもわからないのでね」
スラスラと語るペルドル。でもあんまり時間ないんだよな。定期的な揺れの中、時々、大きな破砕音が外から聞こえてくるのだ。
「王国に尋問されるだろうが、それはそれとして、セラータ――彼女の体を人に戻してやってほしい」
あんたがやったんだからな。
ペルドルは、アラクネを一瞥した。
「ふむ……できないと言ったら、どうします?」
「俺としてはどうもしない。あんたの最終的な処分を決めるのは俺じゃなくて、王国だからな。……まあ、引き渡す前に、あんたは何発か殴られて、腕や足の骨を折られているかもしれないが、それは俺も知らない」
復讐に燃えるセラータや仲間たちが、可愛がってくれると思うよ。
ペルドルは考える仕草をとって黙り込む。こちらの話を聞いて、乗るかどうか考えを巡らせているのだろう。
「早く降伏するんだ!」
ヴィオが声を荒らげた。
「どうせお前は罰せられる人間なんだ。引き伸ばしても結果は変わらないぞ!」
「やれやれ、せっかちな方だ。……まあ、気持ちはわかりますよ。いつこの天守閣が崩れるとも限りませんからねぇ」
わざとゆっくりとした調子になるペルドル。
「では、交渉しましょうか。お互いにとっての妥協点を探ろうじゃありませんか」
「お前っ!」
ヴィオが怒り、アウラも言った。
「アナタに交渉する権利があると思う?」
「ありますよ。私としては、別に交渉に応じてもらえようが、決裂しようがあまり関心がないんですが、あなた方はそうではない」
ペルドルの両側に、灰色肌の人間――青年型ハイブリッド戦士が現れた。瓜二つの顔は、双子のようだ。……まだハイブリッドを手元に残していたのか。
「ここが崩壊して皆仲良く死ぬまで時間稼ぎしても、私としてはいいんです。……だって降伏したとしても、結局私は罰せられる側……おそらく死罪でしょう」
堂々とペルドルは告げた。
「つまり、この交渉はあなた方こそ望むべきことだ。私としては、どちらでも結果は変わらないのだから」
よく喋る男だ。始末が悪いのは、彼の言うとおり、問答無用で討てないことだ。
「手短に。ワタシは気が短いの」
アウラが手を振った。ペルドルは目を伏せる。
「わかりました。では手短に。あなた方に降伏するのはいいのですが、王国に引き渡さないでいただけませんか? つまり、命の保障です」
「!?」
「見逃せというのかっ!」
セラータが怒鳴った。ペルドルは肩をすくめる。
「もちろん、タダでとは言いません。あなた方の望みどおり、このスライム兵器『暴食』というのですが、それの倒し方をお教えします。ボーデンらスヴェニーツ帝国特務団について、私の知っていることは全てお話ししましょう。そしてもちろん――」
ペルドルは、セラータを見つめた。
「あなたのその体を、元の人に戻して差し上げましょう」
つまりこれは……そう、王国に引き渡して、処罰されるのを回避する以外は、概ねこちらの要求に従うってことか。
「あ、それとすみません。私からのお願いなのですが、この城にいるハイブリッドたちも殺したりせずに、助けてやってもらえませんか?」
ペルドルが追加した。
「彼らは、もはや人間ではありませんが、かつては人間でした。いうなれば、そこのアラクネと立場はさほど変わりません。ハイブリッドだからと処分するのは、人道的にみて如何なものかと」
「お前が人道を語るか!」
「抑えてください、セラータ!」
今にも飛びかかろうとするセラータをルカが押しとどめた。
ああ、このペルドル・ホルバは、人道なんて口にしていい人間じゃない。死体を弄び、実験のためなら、親や兄弟だって素材にしてしまう外道だ。こいつが生み出したモンスター、キメラなどを見ても、嘘くさくてたまらない。
「確かに、私が人道を語るのはおかしいですね」
しかし、当の本人は言ってのける。
「正直に言って、私は人から外道と呼ばれます。まあ、考え方は人それぞれ。私はそうは思いませんが、世間的にはそうではないのでしょう。それはそれで構いません」
私の本音は――
「好きな実験や研究を続けられること。それさえ満たされるなら、どこでもいいですし、誰が上司だろうが関係ないんです。……そう、ヴィゴ君が私に研究の自由をくれるなら、喜んで仕えもしますし、命令にも従いましょう」
「アナタ正気?」
「狂ってる……」
アウラ、そしてシィラが絶句する。そうでしょうか、とペルドルは首を傾げている。
「ヴィゴ様」
セラータは言った。
「やはり、ここで彼を仕留めましょう。私の体は、元に戻らなくていい。私のせいで、この男を見逃すなんてことは、あってはなりません!」
そう、この交渉は……セラータの体を元に戻すという条件は、言ってみれば人質のようなものだ。
だけどな、セラータ。これは、お前だけの問題じゃないんだ。人質というなら、下にいる討伐軍の騎士や兵士たち、ラウネやマルモといった仲間たちの命も掛かってるんだよ。
「わかった、ペルドル。ここで降伏したら、あんたの命の保障はする。王国にも引き渡さない」
「ヴィゴ!?」
仲間たちの驚きの声。俺は彼女らを見なかった。
「ただし、命は助けるが、あんたには奴隷落ちしてもらう。口約束だけじゃ信用できないからな。それが、あんたの交渉に乗ってやる条件だ」
それを受け入れたら、さっさとこの化け物の処分方法を教えやがれ! 数千人の命が掛かってるんだ!
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