第357話、暴食の弱点


「わかりました。命の保障がなされるなら、奴隷落ちもやむを得ないですね。その条件で、私たちはあなたに降伏しましょう」


 ペルドルは頷いた。


「命あっての物種ですからね」

「よし、投降を認める」


 俺が言えば、シィラやヴィオ、セラータは不満そうだった。だが口に出さないだけ、ここでは追求はしないつもりのようだ。それでいい、今はそれどころじゃないんだ。


 ペルドルは、ハイブリッド戦士の双子に、武器をしまうように指示を出した。俺は言った。


「とりあえず、ペルドル。この化け物スライム――暴食と言ったか。こいつを止められるか」

「それくらいなら、何とかできるかと」


 部屋をひとつ奥に行くと、そこには灰色の壁の間に糸を繋いでいる少女がいた。ルカとヴィオが武器を構えた。


「この子は!」

「知っているのか?」

「カパルビヨ城の結界を守っていたハイブリッドのひとりです」

「……サールお姉ちゃんを殺した女」


 少女ハイブリッド、フィーユは無表情だった。ペルドルが、ヴィオを見た。


「あなたがサールを仕留めたのですか」

「まあ、ね……」


 苦い表情を浮かべるヴィオである。俺はルカに小声で聞いた。


「彼女は?」

「確か、糸を使って人やモノを操るハイブリッドだったかと。私は直接戦っていないですけど……」

「フィーユ」


 ペルドルは呼びかけた。


「暴食を止めてくれ。我々はもう戦わなくもいいんだ」

「……わかった」


 フィーユと呼ばれた少女は、壁に伸ばした糸を少しだけ動かした。すると歩行による上下が止まった。


 アウラが口を開いた。


「それで、ペルドル。この暴食をどう止めるの?」

「うーん、そうですねぇ。ここまで大きいとなると、止めるというより倒してしまったほうが手っ取り早いでしょう」


 処分ね。まあこれだけ大きいと、存在だけで厄介だからな。


「フィーユ、この暴食のコアを、ここに持ってこれるかな?」

「……やってみる」


 少女は壁に向き直り、再び糸を操作する。……本当にこの娘、暴食なんて化け物を操っていたんだな。


「コア?」


 アウラが首を傾げるので、ペルドルが答えた。


「しょせんはスライムですからね。あまり発達しているとはいえませんが、一応思考を司る部位はあります。スライムにとっては脳であり、心臓でもあります」

「なるほどね。その急所をここに持ってこさせて、そこをザンっ、と」

「御名答。このスライムの壁にコアが来たら、どなたでもいいので処理をお願いします」


 何だかアウラとペルドルが、普通に仲間っぽく話しているんだが、順応早くない?


「……だめ」


 フィーユが振り返った。


「……拒否られた」

「はい?」


 怪訝な顔になるペルドル。フィーユは淡々とした表情で言った。


「この子、歩くのは好きだけど、それ以外はやりたくないって」

「あなたが制御していたのでは?」

「歩かせるだけ」


 フィーユが答えた。


「完全制御ではない」

「これは誤算でした。私はてっきり、完全にフィーユの制御下にあるものとばかり……」

「どういうことだ?」


 シィラがペルドルを睨む。


「つまりですね。暴食はフィーユに従っていたのではなく、自分もそうしたかったから一緒にいただけで、最初から我々の制御下になかったのですよ」

「だから?」

「フィーユでも、この暴食を止められません」


 その瞬間、暴食が動き出した。フィーユが糸を切断した。


「だめ。もう話もできない」

「困りましたねぇ……」

「いや、困りましたじゃないよ!」


 ヴィオが叫んだ。


「どうするのこれ!? 下にいる討伐軍が危ないってことじゃない?」

「そうですね。なにぶん、その名のとおり、食欲が旺盛ですから」

「ふざけるな! どうにかしろ!」


 シィラがペルドルの胸ぐらを掴む。……まあ、あれだろ。コアを破壊すればいいんだろう。


「そのコアって、どんな形?」

「スライムのコアと言ったら球形です。それ以外は見たことが――」


 などと締め上げられながら、ペルドルは言った。ルカと、双子ハイブリッドがシィラとペルドルを引き離しにかかる。


 アウラは俺に言った。


「どうするの?」

「コアを『持って』みる」


 俺は、先ほどまでフィーユが糸を繋いでいた灰色の壁――暴食に触れる。


「生身で触ったら食われますよ!?」


 ペルドルが警告した。それ、触る前に言うべきことじゃない? まあ、平気だけど。


「大丈夫よ。ヴィゴの手は無敵なんだから」


 アウラが腕を組み、自慢げに言う。


 攻撃魔法だって持ててしまう俺の手。スライムのブヨブヨした感触が手のひらに伝わる。だが溶けてもないし、食われてもいない。


「コア……」


 この巨大な暴食のどこかにあるという球形のコア。取り込み、消化してしまう暴食の中で、球体なんてひとつしかないだろう。それを、引き寄せる。よく投げつけていた魔剣を手に戻す魔法と同じ要領で……。


「来い……!」


 俺の手、何でも持てる手。スライムの中のコアだって――持てる!


 ズボッと、巨大な球体が壁から出てきた。それは俺の右手にあって、しっかり持つ。


「これがコア!?」


 ルカが息を呑み、仲間たちも呆然とする。真っ赤な球体。それも1メートルを超える大きな球だ。……まあ、あの巨大なスライムで見れば、爪の先くらいの小ささだろうけど。元はこの大きさなのかもしれない。


 俺は左手で神聖剣を抜いて。


「じゃ、これでおしまい!」


 オラクルセイバーで、暴食のコアを両断した。

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