第340話、かつての因縁


 汚染精霊を倒したことで、この巨大な汚染された精霊樹も終わったはずだった。


 だが現実には、まだ生きていて、黄金の輝きを放っている。


 まだ本体を生かしている汚染精霊がいるのだ。


 俺たちは、ダイ様の出したダークバードに乗って、内部から精霊樹の天辺を目指した。


『まあ、そりゃ、黙っているわけないわな』


 ダイ様の呟き。上から飛行型邪甲獣――アルバタラスがワラワラと降ってくる。


「雨じゃないんだぞ」

『まとめて吹き飛ばす!』


 真魔剣が灼熱の炎で、邪甲獣を薙ぎ払う。一国の軍隊をも粉砕する伝説の魔剣の力は、邪甲獣とてひとたまりもない。


『見たか、主様』


 神聖剣が言った。


『姉君の攻撃、上にある構造物が弾きおったぞ』

「なんだ、ありゃ……」


 何か蜂の巣みたいな巨大物がぶらさがっている。下から見て光っていたのはこれなのだが、これが精霊樹の核ともいうべきものなのだろうか?


『強い力を感じる。……精霊はあの中じゃろう』

「入るのか、嫌な感じだ」


 近づけば近づくほど不気味だ。本能的に嫌な形なんだよな。妙に模様入っているような外観だから、特に。


 入り口らしき穴に入る。これでも相当大きい。中は蜂の巣――ではなく、一層の広い建物のようだった。


 まるで神殿にでもきた雰囲気。そして奥に、光を発する黄金の女性像――?


『ヴィゴ、あれが力の源だ。精霊だぞ!』


 ダイ様が教えてくれた。そしてその周りに、複数の人影がある。


 俺たちはダークバードから飛び降りる。そこにいた奴らの顔を見て、俺はゾッとした。


「ルース……!」


 ホルバ屋敷で、半分怪物――ハイブリッドとなっていたルースと戦い、そして倒したはずだった。


 その彼が装いも新たに、俺たちの前にいる。


 だが最初に口を開いたのはルースではなく、その後ろにいた黒髪の少女だった。


「やあやあ、はじめまして、ヴィゴ。こうして会うのは初めてだね」

「……ウルラか?」

「ボクのことを知っているのかい? そう、ボクはウルラ。……魔王の娘だよ」


 黒髪の少女の頭に角が生えた。十代半ばの姿ながら、角と背中に翼が出た途端、妖艶さが増した。


「よくここまで来れたね。いや、言い直そう。よくもこれまで散々邪魔してくれたね?」


 ウルラはゾクリとくる笑みを浮かべた。


「でも、それもここで終わり。ボクたちは、かつてのウルラート王国を取り戻す! キミたちはここで終わりだ!」


 かかれ!――ウルラが右手を突き出せば、黒きモノが複数生えてきた。それは大型のゴーレムの姿になり、ノソノソと前進を始める。


 さらに人型精霊も複数現れて、浮遊しながら近づいてくる。


 そんなもの、ウルラごとまとめて! 吹き飛ばしてやる!


 俺は神聖剣を構えた。ディバインブラスト――!


 黒き甲冑を纏ったルースが、ウルラの前に立った。片手に剣を持ち、それを俺に向けて、黒き魔力の波動を放った。


 光に対して闇。


 二つの力がぶつかって、それは相打ちとなる。


「……!」

「残念だったね、ヴィゴ」


 ウルラは微笑んだ。


「ボクのルースは、キミに負けないくらい強いんだよ? ……ルース」


 一歩ずつ、ルースが歩き出した。俺への敵意、殺意をひしひしと感じる。ああ、やっぱりお前はルースなんだな。姿が同じってだけじゃなくて、前に会った時のそれと、同じものを感じた。


「ヴィゴ!」


 アウラの声がした。


「周りの連中は、ワタシたちで押さえるわ!」


 頼もしき仲間たち。黒ゴーレムや人型精霊を、リベルタの仲間たちが迎え撃つ。ルカが、シィラが、ヴィオが敵に立ち向かう。


 そして俺は、自然と向かってくるルースと歩調を合わせて歩き出す。周りも俺たちを避けているようだった。


 静かに距離を詰めて、お互いに睨み合う。


 お前は何でそこにいる? お前は死んだはずだ。それを投げかけていいものか。果たして、それに意味があるのか?


 話し合えば、奴は剣を引いてくれるだろうか? ……いや、それはない。


 表情はない。だがその目にギラついている殺意の色は、疑いようがない。俺を確実に殺そうとしている。


 寒気すら感じる視線。それだけで、俺の心を凍えさせそうなほどの冷たさを帯びている。


「魔王の下僕になったのか、ルース?」


 俺と奴は、自然に足を止めた。距離にして2メートルほどのところだ。


「……僕はお前のことをよくは知らない」


 信じられないことをルースは言った。


「お前と僕は、知り合いだったか?」


 新手の虐めか? パーティーを追放された時のことが脳裏をよぎった。追放したら、もう俺の記憶をきれいさっぱり忘れたフリして、他人のように接する。前回、すでに敵意剥き出しでぶつかった時のことがなければ、ガチでへこんだかもしれない。


「同じパーティーにいた。一応、幼馴染みだった」

「そうか。僕は覚えていない」


 ルースは手にしている剣を握り込んだ。黄金の柄、真っ黒な剣身には、炎のような模様が揺らめいている。――こいつも魔剣だろう。


「だが、お前はウルラの敵だ。ウルラの敵は、僕の敵だ……!」

「それが殺意の理由か」


 俺が憎くてしょうがなくて、殺したいほど憎んでいて、ではなくて、ただ今のご主人様の敵だから戦うか。


「……本当に死んだんだな、ルース」


 姿は、ハイブリッドとして灰色の肌を持つが、顔の形はルースそのもの。だが中身は別のモノだ。


「それなら、俺も、手を抜くことも、心が乱されることもない」

「――!」


 ルースが飛び込んできた。俺は真魔剣を振りかぶり、そして叩きつけた。


 響く金属音。6万4000トンの打撃効果は、おそらく奴の持つ魔剣がキャンセルしているようだった。まあ、そんな予感はしていたけどな!


 激突する剣と剣。ルースは両手で魔剣を素早く操り、俺は神聖剣と真魔剣の二刀流で応戦する。


 俺とルースの最後の戦いが始まった。

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