第339話、巨大精霊に一撃を


 汚染精霊の直上から、最大火力をぶつける。


 冷静に考えたら無茶苦茶だけど、咄嗟にダイ様が提案した案がいけそうだと、刹那のあいだに反射的に判断して即決すれば、こんなものなのかもしれない。


 俺たちには勢いがあった。否、この僅かな間にあるものなど勢いしかなかったのだ。後から冷静になって考える時間があったなら、もっと他の手もあったかもしれない。


 だがそんなものは後知恵だ。現場での思考時間など、圧倒的に短いのだ。


 だからこそ正解もあれば、間違いもある。……そう、俺は正気じゃない! 絶対に正気じゃない!


 上から迫る俺がわかるのか、汚染精霊は、両腕を真上に向けた。


 防御魔法? それとも、あの腕を伸ばした攻撃? どっち!? んなもの、一瞬でわかるか! だから突っ込むんだよ!


「ダイ様!」

『魔力収束』


 真魔剣の剣身が白熱化するかのように光って見えた。みるみるうちに、汚染精霊の姿が大きくなっていく。ビュウビュウと風を切る。肌が急激に冷えていくようだ。


 もう数秒で終わる。一撃で、決める。


「行けっ!」

『インフェルノォォブラストォォォ!!!』


 視界が圧倒的な熱に満たされた。真魔剣が膨大なる熱を吐き出す。地獄もかくや、赤く、そして熱気が肌を焦がす。


 勢いが強い。わずかに下がるような抵抗を感じるが、減速するには勢いがつき過ぎているか? 俺は左手も前に突き出した。


「オラクル!」


 風の聖剣の力で風を前へと噴射した。真っ直ぐ伸びていた足が、上から下へと移動するのを感じる。うん、速度が落ちてきて、体が落下から上昇に変わってきたのだ。これで間違っても敵と衝突はない。


 そのまま熱量から逃れるように逆噴射。溶けたマグマを浴びたように真っ赤になっている汚染精霊。普通だったらあれは助からない。


 一瞬、くぐもった声が聞こえた気がした。それは汚染精霊の断末魔か。全身に熱を被せられ、燃えながら崩れていく汚染精霊。その凶悪な敵意、そして瘴気が消えていくのを感じる。


 クランの仲間たちが、人型精霊と戦っていた最初の場所に着地する。ちょっと転びそうになったが、何とか踏ん張る。久しぶりの地面だー。


「やったか?」

『たぶんな……』


 ダイ様が控え目に言った。


「ヴィゴ!」

「ヴィゴさん!」


 アウラやルカたちが来た。


「やったわね、ヴィゴ。さすがにあれは精霊も助からないでしょ」


 ドリアードの魔女さんが笑みをこぼした。同じ精霊樹の精霊であるアウラがそう言うのであれば、間違いないだろう。……そうか。


 俺はそこで気づく。汚染精霊って、あれも一応ドリアードだったんだ。アウラは元人間で転生ではあるが。


 邪甲獣の巣によって、汚染されて異常変化した精霊……。


 問答無用で襲われたけど、あれは汚染の影響だったのか、はたまた防衛本能だったのか。もうわからないが、少なくとも黄金領域の発生源である汚染精霊樹、その本体でもある精霊が倒れた以上、これ以上の瘴気の発生はないだろう。


 浄化すれば、元のラーメ領に戻る。……戻るのか?


 この領に住んでいる者はもはやいない。領主もおそらく死んでいる。失われた命が戻ることはない。元通りにはならないのだ。


「……皆は無事か?」


 人型精霊との迎撃も激しかっただろうと思う。シィラが笑った。


「あたしを誰だと思っているんだ?」

「もちろん、無事!」


 ヴィオもにこやかな表情になる。護衛騎士のトレも破顔し、ネム、イラも頷く。


「大丈夫だよー」

「ご心配なく。それよりも、ヴィゴ様は大丈夫でしたか?」


 俺は、一応自分の体が無事か触って確認してみる。途中から無我夢中だったから、自分でも気づかないうちに傷を負っていたり、どこかなくなっているかもしれない。


「大丈夫、そう……」


 インフェルノブラストの影響で、どこか溶けているとかもなさそう、だ。


「驚きました」


 セラータが俺の周りをグルリと一周した。


「ヴィゴ様が空を飛んだり、上から流星の如く落ちてきたりと……本当に大丈夫でしたか?」


 そんな心配そうに確認しなくても……。まあ、異常な光景だったとは思う。


「俺もよく生きていたなって思うよ」

「兄貴、凄かったっす!」


 カバーンが拳を握り、興奮を露わにする。


「あんな化け物、兄貴がいなかったら、勝ち目があったかどうか……」

「ダイ様とオラクルが力を発揮してくれたからな」


 俺は持っていただけだよ。振り回されても落とさないようにさ。


「お前たちが、人型精霊を押さえてくれていたからな。俺も汚染精霊本体に集中できた。……勝てたか?」

「もちろんっ……!」


 ポンと自身の胸を力強く叩いた時、カバーンは咳き込んだ。様子を見ていたディーが前に出た。


「もう、やっぱり無茶してる……。駄目だよ、カバーンは怪我人だから無理しちゃあ」

「なんだ、やられていたのか?」

「い、いや、あの精霊には全然やられてないですって!」


 カバーンはブンブンと首を横に振った。やられたのは、それより前のハイブリッドとの戦いでらしい。ディーが治癒魔法を再度かけている。


 和やかな雰囲気。全てが終わったような感じ。……いやいや、まだ終わってないぞ!


「外で戦っているラウネたちやユーニ、それにカパルビヨ城でも討伐軍が戦っているはずだ! そっちも片付けないと――」


 俺は言いかけ、ふと天井から黄金の光が差し込んでいるのに気づいた。何の、光だ?


「おかしいわ」


 アウラが空洞の上、精霊樹の天辺方向を見て眉間にしわを寄せる。


「強い魔力は消えていない。精霊本体を倒したら、魔力が抜けて、たちまち枯れるはずなのに……どうして――」


 どうして光っているの?――アウラはこの不可思議な現象に驚いている。


 これって、考えたくないけど……この汚染精霊樹、まだ生きてる?


「ヴィゴ様が倒した巨大精霊は、本体ではなかった……?」


 イラが口にすれば、ルカが険しい表情で、天辺を凝視する。


「何か、います。人型精霊と、それより強い光が……」

「本体がもう一体いた……?」


 やれやれ、なんとまあ……。汚染されて異常進化、巨大化した精霊樹。何だって起こりうるってことか。


「それとも、あっちが本当の精霊樹の本体か……?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る