第336話、いざ、汚染精霊樹へ


「申し上げます! 門が壁ごと破壊されました! 討伐軍、城内に侵入!」


 スヴェニーツ帝国特務団員の報告に、団長ボーデンは険しい顔になった。


「城門が突破された!」


 カパルビヨ城を守る結界を破壊され、外敵を阻む城壁も堀も、門さえも突破された。普通に考えれば、多数の敵兵が雪崩れ込んできて、城にいる側としては、いよいよ最後の時がきたと覚悟し出す頃か。


 ペルドル・ホルバは、まるで部外者のように平静だったが、現ウルラート王国にとって『敵』であるボーデンらスヴェニーツ帝国特務団にとっては、落ち着いていられる状況ではない。


「ハイブリッドを投入しても、守り切れなかったか!


 ボーデンは叫ぶ。


「精霊樹からの援軍は何をやっているのだ!?」


 ――空からの援軍は、阻まれているんだよなぁ。


 窓から外を見たが、討伐軍も、飛行型邪甲獣に対抗する準備をしていた。


 魔法武器と思われるが、聖剣級の威力をもった光が、アルバタラスをドンドン撃墜していった。


 あんな強力な武器を持っていたとは、敵もやるものだとペルドルは思った。


 地上戦も、何だかんだ上手く行っていない。黄金城は包囲された。町の中の防衛部隊も制圧されつつある。


 外壁で削れなければ、防衛側とはこうも脆いものなのか? ペルドルは不思議に思うのである。


「おのれ、ヴィゴ・コンタ・ディーノめ!」


 ――それは何度目ですか、ボーデン卿。


 しかし口には出さないペルドルである。聖剣を持つ我が古き隣人は、災厄を撒き散らすスヴェニーツ人を大いに苦しめている。


 ――結構結構、これもまた因果応報というやつだろう。


 さて、果たしてこの城はどれほど討伐軍の攻勢に耐えられるだろうか。


「ペルドル!」

「何です?」


 呼ばれたから振り返れば、苛々しているボーデンの目と合った。


「お前の作ったミュータントどもは、どれくらい戦線を維持できる?」

「さあ? 結界石の守りに出したハイブリッドたちですら、やられましたからねぇ……。それほどの強者がいれば、いかにミュータントといえど苦戦は免れない」

「……」

「しかし、それが精霊樹の方へ回ってくれたなら、まあ守り切れるかなー、とは思います」


 ――その場合は、精霊樹からの援軍が来るのもかなり先になるかもだけど。


 何とも他人事であるペルドルの態度に、ボーデンの苛立ちは加速する。


 だが怒りをぶつけることはしなかった。そんなことをしても事態は好転しないとわかっているからだ。


 ペルドルは皮肉げな顔になった。


「そんなに不安でしたら、アルバタラスを回して、精霊樹の神殿へと待避しますか?」


 汚染精霊樹内にある神殿。精霊樹であり、汚染精霊が宿りし、心臓ともいうべき場所。当然ながら、そこの守りは固い。


「いざとなれば、それもやむを得ないだろうな」


 ボーデンは思案する顔になる。


「お前はどうする? 先に行っているか?」

「いいえ。私はまだここにいますよ。何せ、ここは特等席ですから」


 城下町で起こることを見渡すことできるポジションにある。ボーデンは口元を歪めた。


「随分と余裕だな」

「探求者としては、やはり成否が見える場所にいたいものなのですよ。言伝で聞く報告は、見る価値のないものの場合だけにしたいですからね」

「見届けるためなら、命も惜しくない、と?」

「命は惜しいですが、まあ、死ぬ時は納得して死にたいですから」


 ペルドルは挑戦的な笑みを浮かべるのだった。



  ・  ・  ・



 カパルビヨ城の正面入り口をこじ開けたら、いよいよ精霊樹だ。


 俺たちリベルタは、黄金城の近くにそびえる巨大過ぎる大木へと向かう。


 メンバーは俺、ルカ、シィラ、ヴィオ、アウラ、イラ、ネム、セラータ、カバーン、ディー、トレである。


 負傷したガストンをメントゥレ神官長が手当し、ゴッドフリーが護衛に残ったので、この3人は同行していない。


「改めて見ると、デカいな……」


 もう何度同じ言葉を呟いたか。だが何度でも言う。やっぱりこの汚染精霊樹、大き過ぎる!


 あまりに大きいから、サイズ感もおかしい。城の裏手すぐ? 直線でも結構距離があるのな。


「これのどこかに、汚染された精霊が……?」

『うーん、よくわからんのぅ』


 オラクルが言えば、ダイ様も。


『精霊樹自体、魔力が強いというのもあるのだが……。うーむ』


 こりゃ、前もって話していた魔力ループ攻撃で燃やすしかないか?


『それよりも、邪甲獣どもが来たぞ!』


 精霊樹のほうからわらわらと敵がやってくる。領主町に入り込んだ討伐軍への対抗なんだけど、さすがに面倒だよな。


「焼き払う!」


 真魔剣のインフェルノブラストで、前方の敵をまとめて蒸発させる。地獄竜のブレスだ、食らえぇっ!


 圧倒的な熱が邪甲獣の集団を燃やし尽くす。表面が炭化しつつも、残った邪甲獣の装甲が落ちる。しかし生態部分は焼けて塵と化している。


「うわっ、熱っ!」


 アウラが抗議するように声を上げた。


「ヴィゴ! ちょっと! ワタシたちが向かっている先にインフェルノブラストはやめて!」

「凄い熱気ですね」


 ルカも苦笑している。俺は詫びる。


「ごめん」


 確かに熱風が吹いてきて、肌に熱を感じた。もうちょっと地面に近かったら、道が溶けて、歩くのも危なかったかもしれない。


『ここは、わらわを使うべきだったのだ』


 オラクルが呆れを露わにした。


「へいへい、次はそうするよ」


 俺たちはさらに駆ける。インフェルノブラストで道を切り開いた分、一直線である。


 そして木にたどり着く頃には、やはりというべきか邪甲獣がわいている。


 小型ナハル――それでも大蛇級とか、大獅子型とか。クソデカ邪甲獣を見た後だと、小物というか雑魚邪甲獣なんだけど、人間と比べれば大きく、熟練者でなければ対抗できない程度には強い。


「固まっているなら、あたしの出番だな!」


 シィラが風竜槍を構えた。


「風よ、吹き荒れろ……ぶっ飛ばせぇっ!」


 豪っ、と耳に残るほどの風が吹き荒れ、邪甲獣の巨体が複数まとめて宙へと舞い上がった。


 シィラがこじ開けた道を俺たちは進む。するとイラが叫んだ。


「ヴィゴ様、あれを!」


 彼女の指す先――汚染精霊樹に、中へと通じる通路らしきものが見えた。……中、だと?

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